長男の宿命
「よっ、帰ってきたか」
ケインが寮に戻り部屋のドアを開けると、すでに戻っていたルームメイトに迎えられた。
「戻ってたのか……」
「長期休暇だからってぎりぎりまで実家にいたら疲れちまうからな。実家を出発してここに到着するまでまる一日かかるからさ、移動の疲れを残したまま授業が再開したら、授業中寝ちまうよ。だから前日に帰ってきてたんだ」
ケインの実家は学校からさほど遠くないが、話を聞く限り、彼の実家と学校ではかなりの距離があるようだ。
一日中移動し、夜に帰りついて、翌朝からあの訓練と授業を受けることを想像すると、初日からかなりきつそうだ。
「じゃあ、今日は一日寝てたのか」
「ああ、ゆっくり休めたよ」
「それはよかった」
ケインは中に入って自分の荷物をベッドの脇に置くと、自分の身はベッドの上に投げ出した。
「で、そっちはどうだったんだ?」
「どうって……」
「いや、クリス様だよ!会ってきたんだろう?」
ルームメイトはよほどクリストの話が聞きたかったのだろう。
そしてゆっくり休んで元気が有り余っているのか、随分と声が弾んでいる。
「クリス様は……特に変わったことはなかったけど」
「俺は普段のクリス様を知らないからさ」
「公務とあまり変わらないと思うけどな……」
「そうか、相変わらず麗しいんだな」
ルームメイトはクリスに幻想でも抱いているのだろうかと思いながら、ケインは曖昧に答えた。
「麗しい……まぁそうだな」
「まぁって何だよ……」
「いや、見慣れちゃってるからあまりそういう意識をすることがないんだよ」
「うらやましい話だな……」
「言われてみればそうかもしれないな」
クリスと親しいという理由でケインに近づいてくる人間もいないわけではない。
彼がそういうことを言っているわけではないことは分かっているが、時々この環境が特別なものであるということをケインは忘れがちになる。
気を引き締めなければと考えていると、ルームメイトがベッドサイドに来て急にケインの顔を覗き込んだ。
「なぁ、実家に帰ってたんだよな?」
「そ、そうだけど……何かあるのか?」
ケインは驚いて思わず体を起してベッドサイドに座った。
「ああ、起こすつもりはなかったんだ。悪い。実家でゆっくりできなかったのか?すごく疲れているように見えるんだが……」
意識はなかったが顔色でも悪いのだろうか、ケインは両手で思わずこめかみを押さえて表情を隠しつつ言った。
「……実家でいろいろあったからな」
「へぇー。いろいろなー」
「連日会食させられてたんだよ。次の長期休暇もあれがあるなら帰る期間を短くしてお前みたいにここで休む時間を作らないといけないくらいだ」
「それは、よっぽどだな」
頭を抱えながら答えるケインに、ルームメイトは軽く言ったが、ケインには毎日違う客人を相手にする会食は精神的なダメージが大きかった。
実家は休まる場所ではなくなってしまったと感じるほどだ。
「夜の会食のない日が数えるほどしかなかったよ。毎日違う客と食事とか、思い出すだけで疲れる」
唸るようにケインが言うと、さすがにルームメイトは驚いた。
「マジか!」
そして少し考え込んでから静かに尋ねる。
「そういや長男だっけ?」
「ああ」
「じゃあそれは宿命だな」
「そうなのか?」
そんなものがあるのかと思わず顔を上げたケインに、彼は言った。
「家督を継ぐなら跡継ぎのことがあるから相手を決めないわけにはいかないだろう?」
「……そうだな」
「うちの兄がこの時期に同じような目にあわされてたんだ。俺も家族として同席してたけど、まぁ、メインは俺じゃないからとっとと食事したら部屋に戻ることが許されたけど、兄はどうでもいい女性も相手にしなければならないから辛かったって言ってたな。結局そこに来た一人と婚約して落ち着いたんだけどな」
「なるほどな」
通常であれば相手が見つかるまでこの状況が続くということだ。
そして場合によっては夜食の後に二人で話す時間なども設けられるらしい。
「俺たちが将来をかけて騎士として入団試験を受けるように、彼女たちは永久就職試験を受けているようなものだから、真摯な対応をって両親が言ってて、その結果、何人かの女性がすがってくるような事態になったんだけどな」
「俺はそんなことはしてないが……」
「それが正解だと悟ったよ。真摯な対応、誠実な応対ってさ、相手に期待させるみたいなんだ。可能性がないのにあるように見せられたら、そこに希望を持ってしまうだろ?彼女たちも諦められなくなってしまったんだろうと思う」
「そうか」
そういう意味ではあまり取り合わなくていいと言った両親に感謝しなければならない。
「でもさ、いずれは誰かを選ばなければならないわけだけど、いい女性はいなかったのか?」
「……会食の女性に関してはあまり覚えてない」
「本当か?」
「本当だ。興味がないからな。それにそういう説明があって会食をしていたわけではなかったから、単なる両親の客人として扱ってた」
ケインの話にルームメイトは衝撃を受けていた。
相手は間違いなく気合を入れて会食に臨んでいたはずである。
しかし当人はその気もなく、そうとすら知らされずに会食に参加していたということだ。
「……すまん、ちょっと女性たちが哀れに思えてきた。そこまで徹底しているなら期待されることはないんだろうけど」
「そうであってほしいな」
ケインはそれなら安心だと大きく息を吐いた。
「でも、年頃の女性が来てさ、まったく興味ないの?お前、もしかして男の……」
「そういう気はないな」
食い気味に否定したケインにルームメイトは突っ込んだ。
「じゃあ、すでに思う人はいるわけだ」
「……」
ケインがその質問に沈黙すると、ルームメイトは食いついてきた。
「うわっ、まじか。そうか、そういうことなのか……。両親非公認の彼女一筋か」
「……」
「ケインのお眼鏡にかなう女性っていたんだな。いや、よかったよ。お前も男だったんだな!」
ルームメイトが背中を力いっぱいバシバシと叩いた。
叩かれたケインはむせながら否定した。
「ちょっと待て!俺はそういうつもりで……」
「まぁまぁ。相手が誰でもお前がうまくいくように祈ってるからさ」
そう言って彼は自分のベッドに戻っていった。
ルームメイトの言葉に応えることなく、ケインは再びベッドの上に転がった。
そして彼の言葉を思い出す。
家督を継ぐために必要な相手を探さなければならない長男の宿命。
自分はエレナの側にいられればいいと思って近衛騎士を目指している。
エレナの側にいられれば何もいらないとすら思っているが、現実はそれを許してくれないのかもしれない。
エレナを大事にしたい気持ちはあるが、女性としてのエレナという意識をしたことがなかった。
自分がエレナというお姫様の側にいたいのか、エレナという女性と共にありたいのか、そこからも目をそむけてきたのだ。
今まで見ないようにしていた現実を突き付けられ、その日の夜はなかなか寝付くことができないのだった。




