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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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理想の新人

いくつかテントが用意されているが、それらを睡眠休憩時は自国の騎士たちと、彼の国の者たちで分かれて使用している。

だから今、このテントには同国の者たちしかいない。


「眠れそうにないな」


食事をそれなりに満足した形で終えた騎士たちだったが、緊張感が抜けないせいか睡眠を取るのが難しくなっていた。


「そうですね。こう、興奮しているのか、目を閉じると嫌な光景が蘇るからなのか、その両方なのか、何とも言えないですが……」


隣が起きていることを確認し、小声で話をしていると、そこに別の騎士が入ってきた。


「こっちも同じだよ」


その声を聞いた二人は気まずそうに彼に謝罪する。


「すみません、うるさかったですか?」


そして尋ねると、騎士も小声でそれに答える。


「いや、そもそも寝てなかった。こうして体を横にしているだけでも、目を閉じているだけでも、少しは違うというからな。おとなしく教本の教えに従ってただけだ」


周囲には寝ている人もいるだろうが、自分は眠れない。

けれどここでは静かにしていなければならないし、動きまわるわけにもいかないから、少しでも疲れが取れる方法があるのならと、学生時代に呼んだ教本に書かれていることを実践していたのだという。


「そういえばそんな話がありましたね」


騎士団に所属してから、教本など読み返す事もなかったし、学校の勉強の内容は実務によって情報が上書きいくものが多かったので、そこに立ち返ることなどしなかったが、言われて思い返せば、そんなことが書かれていた記憶がある。


「今までは疲れたら眠れるものでしたから、そんなことを意識したりはしませんでしたが、教本には役に立つことがたくさん書かれていたのかもしれませんね。心構えも含めて」


ケインが答えるともう一人が同意する。


「確かに、あれも軽んじてた部分があった気がするな」


学生時代は学業も実戦も、そこそこできればどうにでもなった。

学校内という狭い世界の中でしか成立しない発想だし、まさに若気の至りだと、今ならよくわかる。

そして最近の出来事に加え、ここに参加してまた、少し広がった世界の中で同じように胡坐をかいていたことに気付かされたと教本の内容を実践していた騎士の言葉を重く受け止める。



「それにしてもさっきは驚いたな」


一人が何かを思い出したように言うが、どれのことか分からない。

ケインが話の進み具合を見計らって会話に加わろうと沈黙していると、会話している他の騎士も分からなかったらしく、誰かが尋ねた。


「もうこれに参加してからというもの驚きが過ぎて、何の話だか」


この共闘に参加してから、目にするもの全てが別世界だった。

これでも戦場の惨状の中では軽微で、しかもほんの一部だというのだ。

平和の中で生きてきた騎士たちからすれば、それらを受け入れ、頭の中で処理するだけで精一杯だった。

だから驚かないことの方が少ないと乾いた笑いも聞こえる。

横になったまま周囲を見回すことはしていないが。他の騎士たちも眠れないのは同じのようで、体を横たえたままだからか、声のする方は分かるが誰が話しているか分からない状態だ。

しかし口を開く者が増えているのは間違いない。


「いや、食事の時に話しかけてきた彼らの好感度があんなに高いことだよ」


さっき驚いたと言っていた騎士がその質問に答えると、食事に同席していた一人が納得したように答えた。


「それは思ったな」


同意を得た彼は会話を続ける。


「食糧支援を決めたクリス様とか、皇太子殿下の元にお輿入れを期待されているエレナ様のことならわかるけど、自分たちなんてただの足手まといのはずだろう?」


彼らの能力の高さはこうして一緒に行動していればわかる。

それは自分たちが新人と言われても、納得するしかないくらいだ。

そして、これが我が国の騎士たちだし、それなりの人数が参加しているのだから、これら全員の面倒を彼らが見ている形になる。

新人をたくさん抱えて面倒をみる苦労は、ここに参加し部下を持つ騎士たちには理解できるのだ。


「ああ、確かに破格の待遇だよな。いくらクリス様やエレナ様と皇太子殿下の関係が良好でもここまでかってのはある」

「そうだな」


ケインはその言葉に過剰に反応しそうになるが、どうにかこらえる。

一方、ケインのことについて知らない他の人たちは彼の意見に同意する。

今の一般的な意見がそうなのだから仕方がないが、自分達が認められていないようで、ケインとしては少しもやもやとした気持ちだ。

ケインが黙っていても、参加者が増えているからか、会話はどんどん進んでいく。


「しかもだ、わざわざそこの騎士を新人と同じように教育したりなんて、自分たちならやらないと思う。連れて歩かなければもっと進攻できるとか、早く終わるとか、そういった部分も大きいが、何より、他国の騎士を責任もって預かるってさ、想像よりはるかに負担が大きいはずなんだよな」


自分たちなら慣れないものを連れて歩くことになったらどうか。

単なる演習でも面倒だと思うだろう。

なのに彼らは実戦の中で自分たちを連れて歩いてくれている。


「確かにそうだな。見せるだけならみんなまとめて最後列か中列にでも加えておいて、こちらは自分の身だけを守り、戦闘は彼らに任せるのが効率的だ。なのにわざわざ自分たちを教育するために小隊を編成して全員の教育と面倒を見てくれている」


自分たちが目をかける新人はどんな者か。

そんな話は出れば答えは明白で、自分たちが理想とする新人に、我々がなる必要があるという結論に至った。


「期待されているかどうかはわからないが、もしそうなら、その期待を裏切るようなことはできないな」

「そうだな。他の小隊のメンバーは分からないが、さっきの話を聞いてしまったら、そうなるよな」


各々がその決意を新たにする中、数人はちょっと怖気づいたような言葉を漏らす。


「ちょっとプレッシャーを感じるんだが……」


けれどそんな彼に、決意を新たにした騎士たちは励ましの言葉をかける。


「まあ、もうここまで来てしまってるんだ。引き返す選択肢はないし、向こうもおそらく戦力として考えてはいないだろう。こちらにできることは、彼らから多くを吸収することだけだろうな」

「急に変に気合を入れたら空回りしそうだしな」

「その方がまずいだろうな……」


皆の睡眠を気にしてこそこそと小声で話をしていたが、気が付けば次々と会話に加わってくる。

気が付けば同じテントの者が皆、お互いの不安を口にして、それに同意するようなことを繰り返していた。

こうして慰め合い、共有することで、どうにか気力を奮い立たせるしか、ここにいる騎士たちにはできなかったのだ。



そうしているうちに時間は経っていき、テントの外から声がかかった。


「交代の時間だ!」

「はっ!」


話をしていれば時間が経つのは早い。

声をかけられ急いで体を起こすと、そのまま彼らは見張りの場所についた。

そしてそこでも、同じような話を何度もしながら、どうにか自分を立て直そうと努力する。

この会話をやめてしまったら、途端に自分だけで不安を抱えなければならなくなる。

それが不安だから話すのをやめることができない。



その様子をグループの長は黙って見守っていた。

自分が介入して助言することも静かにさせることも簡単だ。

しかし彼らが自分たちで考えて乗り越える方が、後々のためにもよい。

何も自国のやり方を他国に施す必要はないし、風土からしてそのやり方が正解とも思わないからだ。



そうして進軍する日々を送ること数日、ケイン達は戦闘に巻き込まれることはなかったものの、戦場という場に身を置き続けることになった。


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