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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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第二拠点の開設

長く嗅いでいるうちに血の臭いに慣れてきたのか、鼻がそれを本能的に感じさせなくなっているのか、先に進み同じような状況の場所を通ってもさほど気にならなくなってきていた。

長は来たことがあるのか、地図が完全に頭に入っているのかわからないが、確認をする様子もなくひたすら進んでいく。

ケインたちはそのあたりの情報を持ち合わせておらず、彼についていくことしかできないし、それに従うだけだ。



しばらくついていくと、最初に見た広場と同じように開けた場所に出た。

そこでは先に到着している者たちがたくさん集まって、せわしなく動いている。

先に到着した人たちは自分たちの休憩もそこそこに、後から来る人たちのために場所を整えてくれていたらしい。

すでにいくつかのテントができていたり、中央部分では大鍋が湯気を上げている。

こんな大所帯がいて、火を焚いたら敵に見つかるのではないかと思ったが、すでにここは敵地だし、きっと先陣が周辺の敵をあらかた片付けたからできることなのだろうと思い直した。



「とりあえずここが第二の拠点になる。これまで休憩をとれなかったが、少し休んだら彼らの手伝いに加わることになるからそのつもりでいてほしい」

「はっ!」


少人数で動いており、常に警戒が必要だったため、ここまで休憩はなかった。

しかし広場の凄惨な光景を見た後、より精神が高ぶっていたのかここまで疲れを感じることはなかったので、さほど気にならなかったことも大きい。

けれど小隊長に休憩と言われ、ようやく気持ちを切り替えたのだが、その途端、どっと疲れに襲われた。


「今日はここで野営になる。手伝いの後、グループごとに交代で見張りに当たるから、交代で与えられた休みでできるだけ体の疲れを取ってくれ」

「はっ!」


休憩の許可を与えられた場所はどうやら第二の拠点となるらしい。

おそらく第一の拠点は最終防衛ラインと言われていた最初の野営地のことだろう。

この後、進行していけば第三、第四の拠点が設けられるに違いない。

しかしこの拠点に人や物資は残すのだろうか。

この先も進攻する側に配属されている自分たちには知らされていないが、最初の説明で、何かあれば最初の野営地と言われているので、もしかしたらこれは一時的に開設された場所なのかもしれない。

近いからここに戻ればいいという考えは捨て、ここを通って人がいれば幸い、あくまで目的地は野営地と考えた方がいいだろう。



ケインはそんなことを思いながら周囲を見回し、とりあえず休憩所として設けられた場所に皆と共に腰を落ち着けた。

そうすると気が付けば同郷の騎士たちが顔を突き合わせる形になった。


「想像以上だな」

「ああ」


一人が言えば、一人が同意する。


「大丈夫か?」


おそらく放心していると思われたのだろう。その様子をぼんやりとみていたケインも声をかけられた。


「はい、どうにか……」


ケインが顔を上げてそう答えると、別の一人が大きく深呼吸をしてから小声でつぶやいた。


「移動してるだけの時は、まあこんなもんかって思ってたけど、最初の広場の光景を見たら、自分たちがいかに生温い環境にいたかを理解させられたよ」

「それは私も同じだよ。彼の国が常にあのような中を駆けていたのなら、そりゃあ、一兵卒でも相当な実力者じゃなければ生き残れないんだから、国内で鍛錬してるだけで辛いとか言ってる自分たちとは、そもそも格が違うのは当然だって思い知らされたさ」


鍛え方が違うというレベルではない。

このような現場に身を置く気にはなれないが、本当の強さというのはこのような環境の中で身につくものなのだろうということを肌で感じた。



正直、これまで国内最高峰の騎士団に身を置いているというだけで、どこか自分がすごい人間だと思っているところがあった。

もちろん表立ってそんなことをない口に出したことはないけれど、そんなことを思っている時点でおごりがあったのだと反省する。同時に自国の絡む戦争が起きた時、これを経験していなかったら本当に自分たちは役に立てたかわからない。

一度凄惨な光景を見た今なら怯むことはないかもしれないが、その時が初めてだったら。

覚悟はできているとか、自分たちはできるとか、そんなことを口にできるのは、あの平和な国内あってのものだと、改めて痛感した。

そうして考えてしまうと、どんどん自信を失っていく。



「出立時の勢いがすっかりなくなったな」


長に声をかけられた騎士たちは一同苦笑いをしてうなずいた。


「自分は役に立てると考えていたことが、若人の戯言だったと痛感しているところです」


一人がどうにか答えると、周囲の皆が首を縦に振る。


「まあ、初めての戦場ならそんなものだ。むしろそこまで意気消沈しながらも、こうして予定通りのペースでついてこられたのだから、立派なものだと思うぞ?」

「そんなことは……」


この言葉は謙遜でも何でもない。

本当ならもっと余裕を持って進めると思っていたし、何より自分に自信があったのだ。

しかしそれを一瞬で消し飛んだ。

現実はそう甘くはなかったのだ。

意気消沈しているところに、グループの長が笑みを浮かべながら言った。


「新人が数人いれば、広場のあたりで一人くらい離脱してもおかしくなかったが、全員そこは乗り越えたのだからまずまずと言っていい」


少なくともうちの新人よりレベルは高いと彼は言う。

もちろんここでいう新人というのは騎士として鍛え、初めて戦場に出る新人という意味で、素人という意味ではないことは分かる。

しかし国の最高峰の有志のレベルがそこなのだと思うと、落ち込まないわけにはいかない。



「あの、もし、広場で離脱していたら」


ふと長の言葉にあった離脱という言葉が気になった騎士の一人が尋ねた。

離脱や敗走ということを考えずにここまで来たが、もしそのようなことになった場合はどうなるのか。

全員でというのならついていけばいいのだろうが、離脱の場合は一人、ないしは数人だけが別行動をとることになるはずだ。

その疑問に彼はあっさりと答えた。


「ああ、状況によるが、同行不能と判断されたら、最初の拠点に自分で戻れと命じただろうな。それもあってそこまでの敵を一掃して進んでいる。戦力の関係上、付き添いを付ける余裕はないからな」

「動けなくなった場合は?」


敗走、自分一人で走っていけるのなら逃げるだけでいいかもしれない。

しかしもし、動けなくなったらどうなるのか。

そう尋ねると、それについても即答された。


「置いていくしかないだろうな。余裕があれば運ぶだろうが、そうでなければ仕方がない。怪我をしたのでなければ、命が惜しければ体が勝手に動くものだ。怪我の場合は、状況で変わるが、連れていくなり、身を隠すなり、何らかの手伝いをするなりすることになるだろうが、助けている方が共倒れするのを避けるのが優先だ」

「そうですか……」


彼の中ですでに答えは決まっているらしい。

しかもいくつもの状況について、すでに分岐できるくらいには考えられているようだ。

もしかしたら新人からもこのような質問が多いのかもしれない。


「特に決まりがあるわけではない。だからこそ、その場で即断を求められる。それは上に立とうが立たなかろうが関係ないものだ。無事なのが必ずしも指揮系統の上にいるものとは限らないからな」


全員が戦闘に出ているのだから、誰がどうなるのかわからない。

話に聞くことのは、油断した中堅以上より、気を引き締めて挑んだ新人の方が生き残ることがあるというくらいだ。

実際の現場において気を抜いている者など見当たらないが、それもこういう経験を重ねてきたからなのだろう。彼の言葉にしても、重みが違う。



「そろそろ体力は戻ったか。可能なら後発組のための準備に加勢してもらいたいのだが」


話をしながら騎士たちの様子を窺っていたのか、長が尋ねてきたので、騎士たちは立ち上がった。

確かにいつまでも自分たちだけ休憩というわけにはいかない。

移動距離は皆同じだし、先陣は敵を一掃しながらここまでの道を開いてくれた上、準備までしてくれているのだ。


「もちろんです」

「自分たちだけ休んでいるわけにはいきません」


返事を聞いた彼は何よりだとうなずいた。


「じゃあ行こう。こっちだ」

「はっ!」


そうして一同は揃えて返事をすると、背を向けた彼の後に続いたのだった。


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