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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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隠れ蓑

ケインの話を聞いた翌日、クリスは人払いされた謁見の間で両親に詰め寄っていた。


「私はこれ以上、エレナを不幸にしたくありません。これはエレナの将来に関わることです。譲りません」

「あら、エレナは不幸なの?毎日楽しそうにしているわよ。それにお料理も、お掃除も、お洗濯も、訓練も、あの子がやりたいと言って始めたものよ?」

「それはあなた方が学校に行くことを許さなかったからでしょう。エレナなりにできることをしようと努力しているだけで、本当にやりたいことではない。それくらいのことは分かっていますよね?」


話を逸らそうとする母親に対し不愉快そうにクリスが問い続けていると、父親が苦笑いを浮かべて言う。


「クリスはエレナのことになると手厳しいな」

「あなた方がエレナの味方ではないのなら、エレナを庇うのは私しかいませんから」


クリスはエレナのことになると少し理性を失いがちである。

母親ははぐらかすことを諦めたのかため息をついてから切り出した。


「ねぇクリス。エレナとケインのことはわかったわ。でも、この年になってケインにそういう話がないというのは、それこそ不自然だと思わない?」

「確かにその通りですが、学生の時にする必要はありますか?」


騎士学校の生徒の大半は仕事に就いてから相手を見つけていると聞いている。

それは仕事先に相手が同行できない可能性を考えてのことでもある。

どこに所属する騎士になるのか分からない以上、その土地についていける相手を探すか、学校を卒業しても騎士にこだわらず相手に合わせて仕事を変えられる者でなければ、特定の相手がいることがむしろ足かせになるのだ。


「それと、あなたとエレナにそういう話がないのも、そろそろ外聞が良くないということは解っているかしら?」

「私はともかく、エレナは……」

「エレナにそういう話を持ってきてほしくないのなら、ケインに頑張ってもらうしかないわ。それに、あなたが思うようにエレナとケインの二人がずっと相思相愛でいられるとも限らない。クリスがしようとしていることは、ケインの出会いそのものを妨げる行為だわ。あなたにその権利はないわよ」


そこまで聞いて、やはりケインに女性を斡旋しているのは両親であると確信した。


「ではやはり、ケインに女性を斡旋しているのはあなた方ということですね」


怒りをにじませた声でそう言ったクリスを諌めるように国王が言った。


「そうだ。エレナとケインが近しい関係にあることはわりと知られてしまっている。そんな噂でエレナに傷を付けるわけにはいかない。彼にそういう話が持ち上がればエレナと彼に距離があると周囲に示すことができる。これはあちらの両親も同意していることだが」

「そういうことですか。知らないのは本人たちだけということですね」

「その判断はあちらにゆだねている」


つまりこれは親同士が結託して進められた話ということだ。

ケインに他の女性を紹介し、彼がその女性を選んでも問題ないのは間違いない。

確かによくない噂で二人の名誉が傷つくようなことがあってはならないが、本当に守りたいのは政治的に利用する際に、エレナを醜聞のない状態としておくためだろうということくらいは読み取れる。

だが、あまりかみつくと、今度はエレナがそういう席に出されてしまう可能性が高い。

悔しいがここは引くしかないとクリスは言いたいことを飲み込んだ。


「わかりました。あなた方が本当に二人を引き離そうとしているのなら何か考えようと思いましたが、悪意がないということであれば、今回は様子を見させていただきます。エレナのために」

「そうしてくれ」

「かしこまりました。失礼します」


クリスは様々な怒りを押し殺して謁見の間を後にするしかなかった。



クリスは帰省から学校に戻る前日のケインを呼びだした。

呼び出してすぐ人払いをすると、クリスはその日までに分かったことをケインに伝えた。


「ケイン、今回は迷惑をかけてしまってごめんね」

「いいえ、実は私も先日、クリス様とお話をした後で両親に確認いたしましたので」

「そうだったんだね」


どうやら両親の行動が不審だったため、ケインも両親と話をしたらしい。

まず相手を紹介されても選ぶ気がないということを伝えたのだという。

その話の流れで、今回のこと、そしてケインにその気がないことは知っているから同席はしてもらいたいが無理に自分をよく見せる必要はなく、ケインがいるだけで相手が満足しているのだから、今はそれでいいのだと説明されたそうだ。


「私が女性を紹介される食事に同席するくらいでエレナ様の名誉が守られるのなら問題ありません。騎士になる前からエレナ様のお役に立てて嬉しく思います」


ケインがクリスへの説明をそう締めくくると、クリスはくすくすと笑って言った。


「ケインはすっかり騎士に染まってしまったみたいだね」

「そうでしょうか?」

「今回のことにエレナは気が付いていない。自分から伝えるかどうかは任せるよ。でも仕組んだのはこちらだから、ケインがこのまま学校に戻るというのなら、その方が今回は波風が立ちにくいかもしれないね。喧嘩したまま何カ月も弁解できないで過ごすのは辛いでしょう?」

「はい……」


進学のことは結局うやむやなままになってしまった。

学校が忙しすぎて思いにふける余裕などなかったが、少し余裕が出てきてしまった今は、毎晩、寝る前などに考えてしまうかもしれない。


「じゃあ、この件は何かあったら私が対処しておくね」

「ありがとうございます」


俯いて答えたケインにクリスは笑顔を浮かべて言った。


「そんなに気にすることじゃないよ。ケインのためだけじゃなくて、エレナのためでもあるんだから」

「はい……」

「あと、そろそろ来ると思うんだ」

「何がでしょう?」


ケインが尋ねた時、人払いをした部屋にノックの音が響いた。


「どうぞ」


クリスが返事をすると、ドアが開く。


「失礼いたします。お兄様がお呼びだと伺いましたが、何か……」

「うん。ケインが学校に戻る前に顔を出してくれたからエレナにも声をかけようと思って。またしばらく会えなくなってしまうからね」

「あの……」


部屋の中にケインの姿を見つけて何か言いかけたエレナにクリスは言った。


「エレナ、入口に立ちっぱなしになっていないで入って座ってくれる?」

「はい」


クリスに言われて中に入ってドアを閉めると、エレナはクリスの隣に座った。


「エレナ、今日は何をしていたの?」

「さっきまでは調理場にいたけれど……」


エレナが話し始めようとしたところで、部屋にノックの音が響いた。


「クリス様、お客様がお見えということでお茶とお菓子をお持ちいたしました」


ドアの向こう側の声で相手を確認したクリスが彼に入る許可を与えた。


「料理長かな。どうぞ」

「失礼いたします」


クリスからの呼び出しと聞いて、客人が誰かを察した料理長が、機転を利かせて、さっきまでエレナと一緒に作っていたケーキを切り分けお茶と共に持ってきたのだ。


「料理長……?」


エレナは驚いているが、料理長は淡々と仕事をこなす。


「こちらはちょうど先ほどまでエレナ様がお作りになっていたケーキでございます。勝手ながら切り分けてお持ちいたしました」

「ありがとう。置いていってくれる?」


驚いて言葉の出ないエレナの代わりにクリスが言った。


「かしこまりました」


料理長は人払いされていることに気が付いて、ケーキとお茶を出すとすぐに部屋を後にした。

料理長がドアを閉めた音でエレナは我に返った。

クリスはそんなことは気にならないといった様子で、用意されたお菓子を見て微笑んでいる。


「エレナのお菓子を食べるのは久しぶりな気がするな」

「しばらくお茶会の予定もないから、お菓子を作る回数が減っていたの。でも、その代わりにお料理のことを教えてもらっているわ」


母親の選んだお茶会参加者の女性の何人かは学校を卒業し、それぞれの進路を進んでいた。

新しい環境で頑張っているのはケインだけではないのだ。

そんな彼らの負担を考えて、母親はエレナを同席させるお茶会を控えていた。

その影響で調理場もお菓子とは縁遠くなっていた。

それでもエレナは調理場に新しいことを学びに来るので、料理長は思い切って料理の下ごしらえなども教えるようになったのだという。


「そうなんだね。今日はなんでケーキを作っていたの?」

「それは、料理人のご家族に誕生日の人がいるって話題になって、そのお祝いのケーキをここで作るよう提案したの。私も新しいお菓子を覚えたいから、それを教えるってことで、私も食べたいから何個か作りましょうって。でもケインが来るって分かっていたら、そのために焼き菓子も作ったと思うわ。ケーキは日持ちがしないから持ち帰って食べてもらうのが難しいもの」


もし今日来ることが分かっていたら、朝から持ち帰り用の焼き菓子も作りたかったとエレナは思いながらそう言った。

エレナには申し訳ないが、ケインが到着してからずっとこの場にいられては一番大事な話ができない。

クリスが伝えなかったのは、ケインと二人で話す時間を作りにくくなると考えたからである。


「そう言っていただけて光栄です」


答えにくそうなクリスに代わり、ケインが笑顔でそう返すと、エレナの作ったケーキを口に運んだ。

同時に自分の知っているいつものエレナに戻っていることに安堵する。

後は自分がエレナに告げた言葉通り騎士として彼女の元に戻ればいい。

こうして決意を新たに、ケインは帰省を終えて学校に戻るのだった。

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