意外な支持者
広場で直接見送ったクリスと、離れた場所からその様子を見ていたエレナとブレンダは、クリスの執務室ですぐに合流した。
先に戻ったクリスのところに、二人が訪ねていく形だ。
あいにく、ケインをはじめ、彼らについている護衛騎士たちの一部が彼の国との連合軍として近くにいない。
そのため護衛対象として一つの部屋に固まっていることになっているので、それを実践しているのだ。
「お疲れ様でした」
プレンダが執務を始めているクリスを見てねぎらいの言葉をかけると、クリスは顔を上げた。
「二人もね。あの場所に姿を見せてくれてありがとう。おかげで体裁を整えることができたよ」
正面に立っているブレンダとすでに定位置となっている椅子に座っているエレナを交互に見て、クリスは微笑んだ。
「そうですね。貴族たちも私たちの存在を気にしていたようですから、我々がいたことがいい牽制になったのならよかったと思います。特にエレナ様の存在は大きいでしょうね」
「そうだね」
ブレンダの意見にクリスが同意したところで、二人の会話を黙って聞いていたエレナが、自分の名前を聞いて割って入った。
「私?」
「うん」
「なぜ?」
クリスがあっさりと認めたのを受けてエレナがよくわからないと聞き返すと、ブレンダがクリスの代わりに質問に答えた。
「エレナ様がいらっしゃることで、彼らが過剰に騒ぐことはできなくなりましたので」
クリスはいたけれど、そこにいたのがクリスだけなら、ものを申すものがいたかもしれない。
事前に通達をしていても、彼の国の使者がいようと大罪人に危害を加えようとしたり、貴族の中に目立つ動きをしようとする者がいたかもしれない。
けれどそれを見守っている当事者のエレナがそこにはいた。
そしてエレナはそれを黙って見ているだけだったのだ。
そんなエレナを差し置いて騒ぐなど、場をわきまえている貴族ならできないことだ。
多くの貴族に通知をしたけれど、その場に来たのは王宮務めの者や重鎮ばかりで、空気が読めることも幸いした。
結果、こちらの狙った一番良い形で送り出すことに成功したと言える。
「それは私が一番の被害者とみなされているからかしら?」
エレナが確認するとブレンダはうなずいた。
「そうです。当事者のエレナ様が騒がず見送っているのに、被害にあわず安全なところにいた彼らが騒ぎ立てるなど論外です。それはエレナ様の意に反する、すなわち国の意に反する行為となりますから」
「確かにそうね」
エレナが理解したと伝えると、ブレンダはうなずく。
そこにクリスは、もう一つの効果についても言及する。
「それだけじゃなくて、これからこの話が貴族社会で話題になるだろうけど、真実だけが伝わりやすくなったと思うよ」
「そうなの?」
そんな効果がどこでついたのか分からないけれど、とりあえずエレナがいたことは悪いことではないらしい。
しかし居ただけなのにそんなに評価されていいのかとエレナが首を傾げていると、理解できていないのだと察したクリスがそれに答えた。
「多少余計な情報が付いたり、大げさに広まるのが噂というものだけれど、複数の王族が見ていたわけだから、広める貴族が優位になるような情報を盛ることはできないし、それらが私たちに否定されるような事態になったら、彼らの面目は丸つぶれだからね。よほどうかつなことをする人物じゃない限り、無難なことしか言えなくなったね」
「でも、それだとあまり追放の件が広まらなくなってしまうのではないかしら?」
無難なことしか言えないのはよいことなのか。
せっかく移送の引き渡しを見せる場まで設けて広げようとした情報なのに、それを口にできない事態になってしまったのなら目的を達成したことにならないのではないかとエレナが疑問をぶつけると、ブレンダが問題ないとそれを否定した。
「そんなことはありません。なんだかんだで彼らはそういう話が好きなのです。特に、平民から成り上がりで貴族になった者の末路なんて、格好の話題の種ですよ。生まれながらの貴族の中には、彼らのことを疎ましく思っている者たちも多いですから」
事実を伝えるだけで話題性は十分ある。
だから結果的にこの話は真実として広まるとブレンダが言うと、エレナはため息を漏らした。
「そう。浅ましい考えを持つ者が多いのね」
エレナが貴族を憂う言葉を漏らすと、ブレンダも似たような反応を見せた。
「残念ながら」
能力があって成り上がった者を生まれがいいだけの者が貶める。
この先変わっていくかもしれないけれど、残念ながら急激な変化は望めない。
維持している者だって、それなりの権力を有しているからそこに名を馳せているのだ。
「そのようなことなら、実力のある人間にとって代わってもらったほうが、将来いいかもしれないわね」
エレナの言葉を聞いたクリスは、さすがに良くないと牽制した。
「エレナ、それは正論だけど、すべての帰属を敵に回す発言になるかもしれないから、外では口にしないでね」
「確かにそうね。外での発言なら失言だわ」
気が抜けていたと反省するエレナにクリスは伝える。
「それに、そんなことを言っているエレナだって、追いやられる立場になるかもしれないんだから……」
降嫁したら貴族の立場になる。
自分が言ったことがその身に返ってくるかもしれないということを考えた方がいいとクリスが言うと、エレナはそれに関しては構わないのだという。
「それならそれで、仕方がないことだと思うけれど」
それも含めての今の発言だとエレナが言うと、クリスは困った様子で眉を下げた。
「まあ、大丈夫でしょう。エレナ様に関しては女性方の指示がそれなりに厚いですから」
何かあれば、本人が預かり知らぬところで獲得している、エレナ支持の女性たちが黙っていない。
今まで男性に言われるばかりだった彼女たちからすれば、モノ申すエレナは、憧れの象徴のようなものなのだ。
「でもエレナは勢いで正論を口にしてしまうところがあるから心配なんだよ。それで周囲を敵に回してしまうんじゃないかって」
「それは確かにそうですね」
エレナの方をちらっと見ながらブレンダがクリスに同意すると、エレナは珍しく拗ねた様子でブレンダを見た。
「でも誰も言わないのだもの。こういうことは口に出した方が認識に間違いがなくていいと思うのだけれど」
エレナはとにかく素直だ。
そこが微笑ましいところではあるのだが、それではこの先、貴族社会の腹黒いやり取りが難しくなる可能性がある。
王族であるから微笑ましいものとみなしてもらえるだけなのだ。
「そうだね。でも相手に勘違いさせておくのだって、時には必要なことだよ。それで能力以上のものを発揮してくれることだってあるんだから」
「わかったわ」
時には勘違いをさせることも、黙っておくことも、嘘も必要になる。
エレナもそれを知らないわけではない。
だから素直にクリスの意見を受け入れる。
「そういえば、ケインたちは、大丈夫かしら?」
話題が落ち着いたところで急に沸き上がった言葉を素直に出したエレナに、クリスは細心の報告内容を伝えた。
「最新の報告では特に問題なく、順調に進んでいるらしいよ」
「そうですか」
クリスの言葉にブレンダも安堵の表情を見せた。
エレナだけではなく、ブレンダも彼らの事は気になっていたのだ。
「まあ、まだ向かっている段階だからね。何かあったら例の国にこちらの情報が洩れているんじゃないかって心配になるよ」
出発したばかりで現地にすら到着していないのに、襲撃を受けたりしていたらこんなに落ち着いてはいられない。
この先、彼らの動きを見てそういうことが発生する可能性は否定できないけれど、基本的には彼の国が向かっていることになっているし、騎士団の同行は例の国に対して秘密裏に行われているのだから、そんな一報が入ったら一大事だ。
「そうよね。まだ向かっているだけなのだもの。危険がないとは言わないけれど、ただの移動中ということよね?」
現状を反復するエレナにブレンダが声をかける。
「エレナ様……」
するとエレナは不安そうな表情を消して、顔をあげて微笑んだ。
「大丈夫よ、ありがとう」
不安がないとは言わないが、今は彼らを信じるしかない。
自分にできることはそれしかないのだ。
エレナは自分の感情をそうして抑えつけたのだった。




