大罪人の見送り
念のため多くの貴族に声をかけたものの、結果的に確認すると申し出たのは王宮に努める重鎮の面々だけだった。処刑ならばいざ知らず、引き渡しなど、労力をかけて見に来ても仕方がないと判断した者が多かったようで、重鎮たちも王宮にいるし、近くで行われるものだから話のネタにするため見ておこうと、その程度にしか考えていないようだ。
つまり、実際に行われたことを彼らが勝手に話題にしてくれるのだから、こちらとしてはその方が都合がいい。
想定より少ない人数での見送りになったが、情報戦を好む顔ぶれがそろっていれば問題ない。
要はこの引き渡しが事実であると伝わればいいのだ。
「それにしても、ずいぶんと仰々しいお見送りですね。貴賓扱いですか」
広場にいる人だかりに、これは想定していなかったと彼を連れた使者が困惑した様子を見せた。
「そうではありませんが、当事者の末路が気になるのなら自身の目で確認するよう関係者に通達したところ、このように人が集まってまいりました」
過去にはあったと言われているが、今生きている者たちの中で、このような大きなトラブルや戦争の経験者はあまりいない。
そして、現在の国王も、皇太子になったクリスも温和な人柄であると思われているため、あのようなことを起こしたものにすら温情をかけるのではないかと一部に思われていた。
だからそういうことにして、実際に引き渡しは行われないのではないかと訝しんだ者がいたのだ。
もしそうならば、その情報を元に自分が優位に立てる可能性がある。
仮に事実であったとしても、話題性のある話のネタくらいにはなるのだから、無駄ではない。
そして他は、時間があるので興味本位で足を運んだ者である。
これだけ多くの人の前に国外追放になる彼が姿を現し、目の前で連れていかれるさまを見せれば、さすがになかったことにはされないだろう。
数人しかいなければ、情報を改ざんして流布される可能性もあるが、そこそこ人数がいれば尾びれがつくことはあっても、大きく事実とずれることにはならないはずだ。
なお、心からクリスたちを支持している貴族たちの多くは彼に石の一つでも投げつけたいと思っていたようだが、そういうことは控えるようにとも伝えてある。
理由としては男を連れて行くのは彼の国の騎士であり、彼らが男に振るおうとした暴力で、彼の国の騎士を誤って傷つけるようなことがあれば国際問題になるし、返り討ちにされてもかばうことはできないからだ。
ただそれは表向きの理由で、本当は息子に傷一つつけることなく、父親と面会させるのが目的である。
もしここで息子がボロボロになった状態で送り出されたら、こちらが拷問をしたと誤解されかねない。それではこの作戦は失敗だ。
そうして多くの人目にさらされながらも、足を止めることなく彼らは馬車に乗り込んだ。
むしろ足を止めれば、その分、長くこの視線にさらされることになるので、本人だけではなく使者たちもいい気はしない。
「では、我々は失礼する」
「ええ。目立つ形になってしまって恐縮ですけれど、応じてくださって助かりました。よろしくお願いいたしますね」
そんな簡単な挨拶だけを済ませると、彼らを乗せた馬車は、すぐに広場を去っていった。
クリスは送り出した馬車をしばらく見ているフリをしながら、見送りに来た貴族たちの方にも目を光らせた。
どの貴族がいたのかを覚えておけば後々役に立つからだ。
馬車がいなくなり、クリスの視線が自分たちに向いていることに気がついた貴族たちは、帰る事を促されていると感じたのか、一礼すると徐々にその場を去っていった。
そうして帰り始めた貴族たちから、今度は視線をエレナたちの方に向ける。
エレナとブレンダは、クリスがそこにいるからか、動く様子はない。
ただ、貴族たちが帰り始めたこのタイミングで動くのは鉢合わせの可能性があり得策でないことは間違いない。
しかし、広場から人がいなくなっても動く様子がなかったら声をかけに行こう。
クリスは二人を見てからまた、広場を去りゆく貴族たちがいなくなるのをその場で待つのだった。
クリス達が広場で目立っている頃、その貴族たちと接触しにくい位置に、立ち会うと決めたエレナやブレンダがいた。
やりとりはクリスがずっとしているので、エレナとブレンダも遠くから見守る形をとることになったのだ。
「彼ですかね」
広場に姿を見せた者達を認めたブレンダがエレナにそう声をかけた。
エレナも彼らが姿を現したことに気がついてそちらに視線を向けている。
「ええ。そうね。私は孤児院で一度、対峙したことがあるけれど、ずいぶんとおとなしくなったわね。見た目に変化はないようだから、弱っているわけではないのだろうけれど」
牢に入れられたら食事も満足にとれないとか、よくない環境に追いやられるという話を聞いている。
そのような人間が出てきたらどのような姿になっているかと思っていたのだが、意外にも普通の平民とさほど変わらぬ姿で彼は現れた。
貴族の時のような傲慢さが消えているので、そういう意味で一回り小さくなったように感じられるが、やせ細ったり痣だらけになっているなどの様子はなかった。
「罪人だからといって、非人道的な扱いはしてないですからね。一部を除けばですが……」
「そう……」
エレナが想像している事を察したブレンダが、苦笑いしながら答えると、エレナはじっと広場を見たままうなずいた。
「彼を見て思うところはございますか?」
自分に危害を加えようとした人間が普通に現れた。
そこに驚きがあるのなら、もしかしたらもっと憔悴した姿であった方がエレナは納得できたかもしれない。
「特にないわね。何も思うところがないわ」
感情を失くしたような声と言葉を聞いて、もしかしたらエレナに思うところがあるのではないかとブレンダは心配した。
エレナが我慢強い事も、そういった感情を押し殺して生きて来ている事も、接するようになってからよくわかるようになっていた。
こうして無機質な反応をする時は何かを隠してしまっている可能性がある。
「エレナ様、本当に大丈夫ですか?」
遠くからとはいえ、自分を襲撃した相手をじかに見ることになったエレナの心情を慮ってブレンダが尋ねると、やり取りの様子を見ていたエレナがブレンダを見上げて首を傾げた。
「ええ。何ともないわ」
過剰な心配を受けたエレナは、本当に何も感じていないのだと、そう主張するかのようにじっとブレンダを見つめるのだった。




