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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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生かされた理由

騎士たちの出立を見送ってエレナと話をした後、クリスは襲撃の主犯が捉えられている牢へと足を向けた。

そうして牢の中にいる人物に自ら話しかける。


「あなたの処分が決まったよ」


その声を聞いた中の人物は、うつむいて座ったまま身じろぎ一つする様子もなくつぶやいた 。


「はい。いよいよですね……」


自分の処刑が決まったと思った彼は、今さらクリスに対する敬意など示す必要もないと考え、その状態から動くことはしなかった。

敬意もみせないが反抗もしないということを体現している様子に、クリスは小さくため息をついてから、態度に関して特に改めるよう言うこともなく質問した。


「うん。その前にこの国に未練はある?」


未練、その言葉に少し顔をあげた彼は、暗い表情のままうつろな目でクリスを見て答えた。


「そうですね、ないと言えば嘘になります。もっと長く生きたかったとも思いますし、こうして冷静になれば、ずいぶんな甘言に乗せられたのだなと、そんな自分の愚かさを呪っています」


良く用途は気のない声で彼がそう答えると、クリスは小首かしげた。


「それだとこちらが求めている質問の答えとはちょっと違うかな。質問の仕方を変えようか。私は、この国に、と言ったんだけど、もし生きていられるなら、もう二度と入国できなくても問題ない?」


処刑を待っていた彼に、生きていられると希望の言葉が投げかけられた。

実感はわかないけれど、もしそうなら、そう聞かれているので答えるしかない。

はぐらかすようなことでもないので、素直に答えようと決めた彼は口を開いた。


「え?ええ、そうですね。仕方がないことと思います。ですが処刑が決まったこの場面で生きていられるなんて希望を抱かせないでください。そのくらいの温情はいただきたい」


生きていたかったという思いを強くさせて死に追いやるなど、最期にあまりにもひどい仕打ちでのではないかと訴えると、またクリスが首を傾げた。


「私は処分が決まったと言っただけで、処刑が決まったなんて言ってないよ。とりあえず質問に先に答えてもらいたいかな。それであなたは父親のことをどう思っているの?」


当然精神的に追い詰めるため、意趣返しをするためにあえて使った言葉だが、彼はそれをそのまま受け止めたらしい。

反抗的な態度はとらないが、どこか諦めたような様子で、さすがにこれでは確認したいことを聞き出せない。

そのため今度は正しく質問に答えてもらえるよう再度クリスが問うと、今度は首を傾げられた。


「どうもこうも……、何も思わないというのが本音です。言われるまで考えることすらありませんでした」


自分の行動に関しては自問自答を繰り返したらしいが、それ以外については考えることすらしていなかったという。

確かに残り少ない時間を自分を裏切った親、自分が売ることを決断した親のために使うより。自分のために使いたいと思うのは当然のことだろう。


「前にあなたは父親の情報を私たちに流したでしょう?もちろんそれがあって彼は捕まったわけだけど、また会いたいとか、やり直したいとか、そういう気持ちはあるのかな?」


クリスが具体的にそうなったらどうするかと尋ねると、本当に何も感じないのか、感じないように心を閉ざしてしまっているのかは分からないが、どこか人ごとのような答えが返ってきた。


「父ですか?どうでしょう。特に思うところはありません。ただ、父子なんだと思います。二人して甘言に乗せられ引き返せなくなったのですから」

「そう。会ったらどう感じると思う?」


クリスがさらに問うと、やはり想像がつかないのか、現実のものと考えていないらしく、至って客観的な視点での言葉が続く。


「それは、半々ですね。会ってみたら怒りが先立つかもしれませんし、会えてよかったと再会を喜ぶかもしれない。そもそも、たとえ会いたいと願っても、非現実的で叶うことはないと思っていますが……」


自分の感情とはいえ、今まで向き合ってこなかった部分のようで、どういう感情が沸いてくるのか想像がつかないという。

しかし最後の言葉で、クリスはひとつ、伝え忘れている情報がある事を思い出して言った。


「ああ、そうだ。まず、あなたの父親は生きてます」


その言葉に彼は顔を上げると、前提条件を伝えていなかったですねと微笑むクリスの顔をまじまじと見た。


「そうなのですか?もうてっきり先に……」


ここで暴言が出るようならばこの先うまくいかないだろうが、安堵の言葉が漏れたのだから、これが本音だと思われる。

気にかけることができるのだから会わせても問題ないはずだ。

驚いて目を丸くしている彼に、クリスは種明かしをすることにした。


「簡単に言うとね、彼はあなたを助けるための司法取引に応じたんだ」

「私を助けるため?父がですか?」


自分が生かされていたのが父の働きに寄りものと知った彼は目を丸くした。

ここでクリスと話し始めてから一番濃い反応だ。


「あなたの命と引き換えに、危険を覚悟で敵地に乗り込んでいる。まさに命がけでこちらに情報を送ってくれているよ。彼についてはその時に国外追放という扱いにしたから、この国に入ってくることはできないけれど」


ここにいる間、父の生死については深く考えていなかった。

けれどこうして生きていると知って、彼は引きつった表情を緩めた。


「そうですか……。生きているのですか、よかった」


生きていることに対して怒りよりも安堵の言葉が先に出た。

自分に対して不利益を与えたから、嫌いになったから、だから考えていないと思っていたけれど、もしかしたら父の死と向き合うことから逃げていただけかもしれない。

しかし今の話が本当ならばもう現実逃避をする必要はなさそうだ。

父親が危険を冒して自分のために国に貢献し、その条件として国外追放でも構わないから自分の命を救ってほしいと頼んだということになる。

自分は父親に愛されていないと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


「それで、もうすぐその司法取引の条件を満たせそうなんだ。だからあなたがこの先、父親と共に再起を図るというのなら、あなたを父親のもとに送ることはできる。ただ、その先、無事でいられる保証はないよ。ここを出たらあなたを私達の国の保護下におけなくなるからね」


クリスの言葉で彼は自分がこうして牢に入れられて、食事を与えられている本当の意味に気がついた。


「まさか私がここに入れられているのは……」

「取引材料であるあなたの命を例の国から守るためだよ。そのまま国外追放にしたら関係のあったあなたの命なんて一瞬で消されてしまうでしょう?生かしているのは、こちらが情報を得る代償、取り引きのためだと、そう思ってくれていいよ」

「そうなんですね。そうか……」


危険人物として監禁されているだけだと思っていたが、それならば早く処刑してしまえばいい。

それなのになぜそうしないのか。

処刑を待つ日々という苦痛を味あわせるためなのではないかと思っていたが、そうではなく、司法取引の材料として生かされていたということだ。

しかし父はここにいないし、途中で失敗するかもしれなかったのに、こうして自分を生かしてくれているのは、本当に父が条件を満たしたら、自分たちを引き合わせ解放する約束を国として果たすつもりだったからだ。

このような善良な国はどこに行ってもないだろう。

本当に酷い裏切り行為をしてしまった。

今さら後悔しても手遅れだけれど、全てを知った彼は、沸き起こる感情と涙を必死でこらえるのだった。

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