騎士の出立と陰からの見送り
壮行会の翌日。
出立する予定の騎士たちは荷物を持って集合場所に集まっていた。
今朝、ルームメイトとは起きてから部屋を出る時にあいさつを済ませることができたが、それ以外にできることはなかった。
他にできたことと言えば、部屋を出る前に、首に下げたお守りを確認するくらいだ。
そうして他の騎士と同様に集合場所に足を運んだケインも隊列の中に混ざる。
昨日盛大に見送りの会を催したこともあり、見送る側は遠くから見送ることになっている。
当日に別れの場を設けると、士気が鈍ったり、見送る側が感情的になったりと、出発前に混乱を招きかねない。
そうなれば大きく予定が狂ってしまう可能性もある。
そもそもそのような混乱を引き起こさないために昨日の場が設けられたのだ。
それもあって、皆が理解し、国の将来を思って自重した。
そうした事象から、予定通り見送りなどは一切なく、集合場所には緊張が走っていた。
集まってからの移動は隊列を成していくことになるため、集合しているのはその並びを確認し、そのまま出発するためだ。
先頭に立つのは彼の国の騎士たち、そこに今回初参加の騎士たちが続き、殿に彼の騎士たちがつく。
しばらくはこの体制となり、戦に慣れた者たちに挟まれての移動となる。
これは彼の国が、長距離の移動に不慣れ、かつ、戦未経験の彼らを保護するという、破格の待遇だ。
彼の国から文句の一つも出そうだと思っていたが、食糧支援や昨日の壮行会でのごちそうが、その不満を打ち消すだけの効果があったようで、特に何か言ってくるものはいなかった。
そうして予定通り騎士たちは出立した。
まるでパレードが行われているかのような人数が、隊列をなして移動していく。
パレードとは異なり、浮かれているものは一人もいない。もちろん華やかさもないのだが、重厚な空気で物々しさが漂っているものの遠くから見ても壮観だ。
彼らの集まった様子を高いところから見ている者たちがいた。
彼らなら特例で足を運んでも許されただろうが、他の者たちに許さなかったのだから自重するべきだと判断し、こっそりと彼らを見下ろせる場所へと足を運んだのだ。
そうして近くでの見送りを許されていないエレナたちは、彼らの歩く道の見える高いところにひっそりと集まって、出発していく彼らを見送った。
「行ってしまったわね」
隊列全てが出立し、その背を遠くに見ながらエレナはつぶやいた。
「そうですね。残された私達にできるのは無事を祈ることだけしかありません」
胸中複雑なブレンダもそれに答えるようにつぶやく。
二人は顔を見合わせることなく隊列の向かう先をじっと見つめたままだ。
クリスもそんな二人に合わせてしばらく同じ方を見ていたが、やがて彼らの姿がほとんど捉えられなくなったところで、意を決して言った。
「エレナ、大事な話があるんだけどいいかな。ここなら人も来ないし、できればここで」
「ええ。私は構わないけれど、何かしら?」
エレナが見送っていた隊列の方角から視線をクリスに移して応えると、クリスは少しうつむいた。
「どうしたの?」
心配そうにクリスを見上げて覗き込むような形になっているエレナに、クリスは頭を軽く横に振ってから、きちんとエレナと目を合わせて答えた。
「例の襲撃犯のことなんだけど、実は明日、彼の国に引き渡すことになったんだ」
クリスが申し訳なさそうにきりだすと、エレナは不思議そうに首を傾げた。
「それは彼の国が襲撃犯の者たちの処遇を決めるということかしら?」
自国の事だから自国で解決したいと、彼の国の申し出を断った上で彼らを捕えたはずだ。
それを成して対外的に体裁を保つことができたはずだし、今回の事は例の国への情報提供の見返りと、彼の国と我が国で利害が一致したことによる共同戦線となったはずだ。
事情はあるだろうからそれはいい。
けれどそもそも我が国で処刑することになっているはずの襲撃犯を、彼の国に差し出す理由が浮かばない。
エレナが険しい顔をしていると、クリスはその表情を見て表情を緩めた。
「表向きはそうだけど、実は違うよ」
「どういうこと?」
ストレートに尋ねられ、後ろめたさのあるクリスは困惑するが、ここで話すと決めた以上、引くわけにはいかない。
クリスは呼吸を整えると、真剣な眼差しをエレナに向けた。
「まず、この件についてはエレナに謝らないといけないことがあるんだ」
「何かしら?」
謝罪される覚えのないエレナは、目を見開いてじっとクリスを見た。
「今回引き渡される襲撃事件の実行犯となった息子の父親も、人身売買を主導していたとして捕えていたでしょう?実は彼と司法取引をしたんだ」
クリスの告白にエレナは困惑した。
「司法取引?それはつまり……、その父親にお兄様が何かを頼んだということでいいのかしら?」
大罪人の父親に頼まなければならないようなことが何かあったらしい。
エレナが初めて聞いたが、余程緊急の案件だったのだろう。
エレナが真剣にそう考えて耳を傾けると、クリスは話を続けた。
「そう。それでね、その内容の一つが、エレナと殿下の噂を広めることだったんだ」
ようやく言えた。
クリスが一番言い出しにくいところを口にしてエレナの様子を伺うと、エレナは特別気に留める様子もなくうなずいた。
「それじゃあ、あの噂が早く広がったのは、自然発生ではなく、お兄様が故意にしたこと、ということなのね」
お披露目の会でのことがあって、そういう噂が流れるかもしれないというのは承知していた。
多くの人に目撃されていたからそのような噂もより早く広がったと思っていたけれど、それを増長させる動きをクリスはしていたらしい。
しかしもともと、広がるスピードはともかく、噂が流れる可能性については想定されていたことだ
少なくとも殿下は故意にそちらに持って行こうとしているようにエレナには見えていた。
なので、そこにクリスの思惑が絡んだところで何ともない。
エレナが平然としていると、クリスはますます申し訳なさそうに言った。
「エレナには不本意な噂だったと思う。何より、この噂を聞き付けた殿下がエレナに接触してくる可能性も理解した上でやったことなんだ。もし殿下が、彼の国にこの状況を利用されたら、エレナはほぼ強制的に彼の国に嫁ぐことになる可能性もあった」
「そうね」
それはエレナも考えなかった訳ではない。
向こうから二度目の申し入れがあった事を知って、断れないのではないかと思っていたからだ。
でもそれはクリスが回避してくれた。
結果論になってしまうかもしれないけれど、もし対応していたのがエレナだったら、自分は国のために彼の国に行く事を選択し、ケインとの将来を前向きに考えることはなかったかもしれない。
きっとクリスはそこまで理解した上で、あえて自分が早まってその選択をしないよう、伝えないでくれたに違いない。
クリスのおかげで今の結果がある。
クリスの懸念に反して、エレナはその事に感謝の念を抱いたのだった。




