ケインと両親
殿下との話を終えると、今度は別の人物がケインの元にやってきた。
「久しぶりね、ケイン」
そう声を掛けてきたのはケインがここにいることを想定していない人物だった。
「なぜこちらに?」
彼らを目にしたケインが思わず目を見開いて立ち止まると、女性の方が微笑みながら近づいてきた。
その後ろを男性が静かについてくる。
「王妃様から連絡と招待をもらったのよ。驚いたわ」
そう言ってケインに近付いてきたのはケインの母親である。
「すみません、報告もせず勝手に決めてしまいました」
今回、この件に関して、ケインは両親に相談しなかった。
エレナにも相談したわけではなく許可を得ただけで、一人で勝手に決めてしまったのだ。
もちろん、両親も例外ではない。
王妃から連絡が来たということは、一人で決めた事ならば、この件をエレナ以外には伝えず出立するだろうことが、すでに想定されていたということだろう。
思わぬ形で顔を合わせることになって気まずくなったケインは、思わず目を泳がせた。
しかしケインの想像に反して、両親は穏やかな表情を崩さない。
そしてその沈黙を破ったのは父親の方だった。
「自分で決めたことなのだろう。後悔しないよう行ってきなさい」
叱られるのではないかと思っていたケインは、ねぎらいの言葉を掛けられて驚いた。
「ありがとうございます」
そう返事はしたものの思わず父親の顔をじっと見る。
すると今度は母親が一歩前に出て、同じように声を掛けてきた。
「くれぐれも体に気を付けて」
そう言われて思わず両親を交互に見た。
事前に連絡もなく、自分の我儘で戦の渦中に身を置く自分を本当に心配してきてくれたらしい。
こうして対面してしまうと後ろめたさを感じるが、それでも決意は揺らがない。
何より、自分は出立を今生の別れにするつもりはないのだ。
「もちろんです。それに、必ず生きて帰ると、約束しましたので」
ケインは二人にそう言った。
誰が聞いているか分からない。
だから、主語は言わない。
けれど両親ならすぐに察してくれるだろうと、判断した。
「そうだな。無理な手柄は求めなくていい。とにかく五体満足で帰ってきなさい。もう充分な功績は積んでいるし、内定もしているのだ。戻ってきた時、円滑にいくようこちらでも話を進めておく」
父親の言葉に、話が通じた事を理解してケインは安堵した。
そして、ケインがいない間に、自分のために動いてくれるのだという。
本当は自分が根回ししなければならない事なのに、両親の手を借りるのは申し訳ないが、円滑に進む方がいいので、ケインはその言葉に素直に甘えることにした。
「お手数をおかけいたします」
我儘を許してもらった上、取り計らってくれると言う両親にケインは経緯を持って頭を下げた。
「頭をあげなさい。叶えばこんなに喜ばしいことはないのだからな」
「はい」
ケインが言われて頭をあげると、そのタイミングで聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おじさま、おばさま。いらしていたのね」
声の方を見ると、壇上から降りてきた王妃とエレナがこちらに向かって歩いてくる。
きっとケインの両親が来ている事を母親に言われて、一緒に挨拶に来てくれたのだろう。
確かに互いに両親がいれば少しのことなくらい交わすことが許される。
もしかしたら王妃はそれができるよう配慮してくれたのかもしれない。
「エレナ様、お久しぶりでございます」
両親はそういうと、二人に向かって礼をする。
「ケインとはゆっくり話せたかしら?」
エレナが尋ねると、ケインの母親がうなずいた。
「はい。おかげさまで。今回、王妃様から連絡がなかったら見送りに声をかけることができないままになるところでした。本当にありがとうございました」
そうしてエレナの問いに答えながら、王妃にお礼を伝えることを忘れない。
「それはいいのよ。私とあなたの仲だもの」
そうして両親と王妃が会話を始めたので、ケインはエレナと向き合った。
「あなたに捧げた剣をしばらく近くで振るうことはできませんが、必ず戻ってまいります。どうかそれまでご健勝で」
今までは一時も離れたくないと思っていたはずなのに、今回はなぜか自然とこの選択をしてしまっていた。
けれど、不思議と後悔はない。
そして、エレナを見て必ず戻ると、ケインは心に近い、それを言葉に出した。
「ええ、その剣、私を含めた国民のために振るってくれるごと、誇らしく思うわ」
エレナは笑みを浮かべながらそう答えた。
「エレナ様、私は、エレナ様に捧げたこの剣で任務を全うし、ここにいる誰ひとり欠けることのないよう尽くし、必ず生き残りあなたの元に戻ります」
「そう言ってくれると大変心強いわ。お願いしますね」
「はっ!」
公式の場で改めて自分の気持ちをしっかりと伝えたケインは、気を引き締めた。
エレナには一度少しの時間をもらって伝えていたことだったが、こうして改めて口にする事ができて良かった。
王妃と話をしているが、今の言葉は両親にも聞こえているはずだ。
こうしてケインは王妃の計らいによって、エレナと、自身の両親にきちんと報告できたことで、心のつかえをおろすことができたのだった。




