部隊合流となれそめ
エレナやケインとの話が済んで、騎士団長との人選も終わった頃、タイミングを見計らったかのように彼の国から連絡が入った。
それに伴って騎士団の精鋭が例の国の近くに移動の準備を始めることになる。
もちろん、その中にはケインも含まれていた。
そのためケインはこの時から通常任務よりも、彼らとの行動を優先するようにという指示を受け、彼の国からのメンバーが到着した時点で、エレナの護衛から一時的に離れることになった。
また、協力体制という言葉通り、騎士団の精鋭と、彼の国のメンバーが合流し一緒に出発することも決まった。
顔合わせを兼ねて互いの顔を早め認識しておいた方が、有事に間違いが起こりにくいだろうということになったのだ。彼らとは一緒に移動するけれど、基本的に騎士団は近くで待機、しばらく行動を共にする彼の国のメンバーの一部は騎士団と共に残るものの、他の者たちは話し合いのために先に中に入ることになる。
さらに例の国に代表として話し合いの場に出向くのは皇太子殿下なので、必然的に彼もこの国にやってくることになった。
そうなるとクリスだけではなく、エレナも顔を合わせないわけにはいかない。何より、合流するために立ち寄ってくれた彼らをすぐに追い立てるように見送るわけにはいかないし、クリスとしては自国の騎士団のこれからの話も詰めておきたい。
そのため、到着した彼らを、クリスたちは歓待と称して滞在させることになった。
そうして到着をした彼らを迎えた後、すり合わせをしておきたいとそれとなくクリスが殿下に打診すると、休む時間が惜しいと言わんばかりに、彼はすぐに行くと答えてクリスの元にやってきた。
打診した時点でそうなることは想定内だったため、もしそうなった場合は応接室にと伝えていたが、本当にそうなったことに対しては驚きを通り越して、クリスは少し呆れてしまう。
そうして使いに出した人間がそのまま案内してきた殿下と護衛を、指定した応接室の中に中に通し、最低限の人間を残して人払いをすると、早速話は始まった。
ブレンダとエレナは歓待の席で彼らを迎える支度をするためここにはいない。
到着から少し休憩を挟み、夜に改めてそう後悔と称した全体会食の場を設けることになっているのだ。
「本当に動きが軽いですね。本日はこちらに泊まっていかれるのですから、休憩してからでもよかったのですけれど」
互いに向き合って座ったところで、先に口を開いたのはクリスだった。
すでに想定の範囲内とはいえ、迎える準備にそれなりの時間をかけている。
彼が来ると、何となくそこをさらに引っ掻きまわされているような、何とも言えない感覚に襲われるのだ。
「休憩など時間の無駄だ。歩いている者はともかく、私は座っているだけだからな。移動中が休憩みたいなものだ」
戦っているよりはそうかもしれないけれど、その話を聞いてしまうと、彼らが日頃いかに過酷な環境に身を置いているのかを思い知る。
敵対するつもりはないので安心して休んでほしいと思っているのだが、それを油断と捉えているのかもしれない。
そのくらい木を張っていなければ生き残れないのだろう。
「そうはいっても馬車での移動は疲れるのではないですか?騎乗すれば周囲に気を使いますし」
せめてここにいる時くらいは体を伸ばしてゆっくりしてもいいのではとそれとなく伝えるけれど、それはうまくいかなかった。
「座ってばかりでは確かに疲れるな。だから馬に乗ったりと体勢を変えるようにしているのだ」
「そうなのですね。でも、動いていない所で、しっかりと体を休めた方がつかれはとれるのではないかと思います。この先はしばらく緊迫した環境に身を置くことになるでしょうし、国をまたいで移動されているのですから、移動距離だってあるでしょう?」
彼らは体力があるからいいかもしれないが、うちの騎士はそうではない。
騎士団として一つ、厳しい環境で成長が促されるかもしれないが、普段と比較すると相当な負担を強いることになりそうだと、この話をしながらクリスは思った。
彼らも野営などは経験しているし、おそらく耐えられないわけではないけれど、それに加えて彼の国の人間に気を使わなければならないのだ。
気力、体力に不安を覚えるところだ。
とりあえずクリスが直接的にそう伝えると、殿下は少し考えてから、思い出したように言った。
「必要に応じて移動をするだけだから、そこについてあまり考えたことはなかったが、確かにクリス殿下は、あまり外交で出向いているイメージがないな」
自分は赴く方が多いから、この国との移動を大変だと感じたことはないと彼は言う。
そういえば皇太子になったのが最近とはいえ、政務で国内を移動することはあっても国外に出る経験はしたことがない。
しかし主要国の要人とはわりと多く顔を合わせているから困ってはいなかった。
「ええ。皆さまなぜかお越しくださるんですよね。それに私は即位したばかりですから、出て歩くのは国事くらいで。落ち着いたらこちらから訪問するとお伝えしているのですけれどね」
移動に不慣れなのが自分が動かないからであるのは間違いない。
心当たりはあるとクリスが答えると、彼は戦がなくても移動に慣れておいた方がいいのではないかと笑った。
「まあ、立太子したのだ。これからは訪問もすればよいのではないか」
彼の言うことはもっともだ。
そしてそれはクリスも考えていることだった。
「そうですね。これからは私が代表、代理として立って正式訪問できるようになりますからね。その時は、同行者としてブレンダを連れていくつもりです。護衛を兼ねてと本人は言うでしょうけど、見識を広めるために」
護衛とかねてという言葉を聞いて、彼はブレンダの経歴をざっくりと頭に浮かべる。
「ブレンダというのは確かクリス殿下の婚約者の名だったな。騎士団にいたのだったか」
そう口にした殿下の言葉をクリスは肯定した。
「私の近衛騎士をしてもらってました。本当はエレナについてもらうのによさそうだということで、護衛として相応しいかどうか確認するのに様子見で一時的に預かる感じだったのですけれど、こうなりました」
そもそもエレナの護衛を見極めるために自分の護衛にしたのがきっかけだ。
最初に来た時は女性を虜にする女性騎士などどうなることかと思ったけれど、そこでのやり取りがあって、今では意見を言い合える貴重な一人となった。
「よいなれそめではないか」
皇太子殿下から見るに、エレナだけではなくブレンダも相手としては優良に映ったようで、この雑談を楽しんでいるように見える。
「なれそめというほどのものはないです。きっかけはエレナのような、母親の見立てのような、といったところですから」
「まあ、良い人材がいたということだな」
「それはそうですね。ですが最初から彼女にそれを期待していたわけではありません。ですから殿下の周囲にもそういう方が実はすでにいらっしゃるかもしれませんよ」
自分だって最初はこんなことになるとは思わなかった。
エレナがお姉さまと慕いだしたり、王妃がブレンダを見染めなければこうはならなかっただろう。
自分の人を見る目に自信はあるし、最初から悪い印象はなかったけれど、このような関係になることは想定外だった。
だから意外とエレナ以外に目を向ければ、そういう相手は近くにいるのかもしれないですよと珍しくクリスがアドバイスのような内容をそれとなく添えると、彼はそれを鼻で笑った。
「そちらに迷惑をかけたようなのならいるんだがな。あいにく、なかなか巡り合えないようなのだ」
戦に長けたものは多いが少々脳筋が多い。
彼からすれば自国の自分の周りにいる女性はそういう印象だ。
あまりにもひ弱でか弱いのは困るが、馬鹿でも困る。
国が大きいのでなおさらだ。
皇太子殿下は思わぬところで自分の問題を晒すことになって、珍しく一本取られたとばかりに苦笑いを浮かべたのだった。




