訪問者の見送り
結局、彼の皇太子一行は二日目以降も調査したいと依頼していた。
この日からは孤児院にはいかず、主に周辺農家への聞き込みだ。
聞き込み寄が農家になったのは、孤児院の子が農家から渡されたと言っていたからだ。
その農家については事前に聞いてあるので、まずはそこで話を聞いて、他に同じようなものを売りつけられたり、買い取ったような人がいないかを確認する。
さらに農家が買ったという場所の近くの通りを確実に承認が経由していることになるから、その周辺を歩いている人がいたら、彼らを捕まえては聞いて歩く。
大国がどんな調査をするのかと期待しながら見ていた騎士たちは、その地道な作業に目を見張った。
そしてどこも同じで、違いはその根気強さかもしれないと思い直す。
あの一件から殿下はクリスと話を詰めていた。
集まった情報の一番有力そうな部分の調査は両国の合同調査で進んでいるが、他の情報についての調査にまで彼らは手が回らない。
けれど放置できるようなものではないので、クリスが別動隊を組織して動かすことにしたのだ。
もちろんすでにイレギュラー対応で人を使ってしまっているので、こちらに多くの人は割けないが、少しでも多く情報はあった方がいいだろうと判断されたのだ。
クリスはその報告をもとに、次の調査の優先順位を殿下と話し合い、次の指示を決めていたのだが、実際はほぼ彼の独壇場だった。
結果、クリスは彼の判断の速さと的確さを見せつけられる形となったが、この先、自分に求められるものであり、同じ立場であるならできなければならないものだと、彼から多くを学ぶことになった。
結局彼らの帰国前日まで、ひたすら聞き込みの調査が続いた。
商人は移動しているので、連絡のつきそうな商人とのやり取りは自国から行うが、そこでこちらの調査が再び必要になったら、その時はまた協力してほしいという。
そして他にもこの件に関して情報が得られたら提供すると約束し、皇太子殿下やクリスたちを交えた最後の報告会はひとまず終了した。
「エレナ殿下、見送りに来てくれたのか」
彼の国のメンバーが出発する日、見送りに出てきたエレナに殿下は声をかけた。
求婚を断られたとは思えない至って普通の状態だ。
周辺では連日調査に同行していた騎士たちが、少々むさくるしく別れを惜しんでいる。
エレナはそちらを一瞥してから殿下に視線を戻すと彼を見上げた。
「ええ。なんだか大変なことになってしまって驚いたわ。私は力不足で役に立たなかったけれど、できることがあるのなら、これからも協力したいと思っているわ」
その声が聞こえたのか、不躾にもエレナの方に視線が集中した。
側近たちには殿下から話が通っているのか、エレナに対して特に何も言わなかった。
不敬になるからというのもあるだろうが、エレナとその半歩後ろに立っているケインを見比べているので、相手を見定めているといったところだろう。
エレナはお構いなしと言った様子だが、ケインの方はその視線を不快と思ったのか周囲を見回す。
けれど彼らはそれで視線を逸らすような弱者ではないので、ケインは必然的に皆と視線を合わせることになった。
睨みあう訳ではないが、受ける視線に温かさもない。
ケインは彼らが自分に良い感情を持っていないのだろうなと、小さくため息をついてエレナの方に視線を戻した。
「殿下、今回の調査でこちらも学ぶことが多くありました。不手際も目立ったかと思いますが、今後もできる限りのことはさせていただきますね」
クリスがそう言って微笑みかけると、殿下は笑みを浮かべながらうなずいた。
「そうだな。これからも度々協力を申し出なければならないだろうから、その時は頼む。あの件に関しては、こちら主導でいいか?」
彼が言ったあの件はエレナの噂の件だ。
調査の合間、クリスと殿下は、今流れているエレナに関する噂をどのタイミングで上書きするかについても話し合いを進めていた。
何を目的として流されたものかも、殿下にすでに把握されていたので、クリスは彼に助言を求めた。
孤児院の情報は米の件と重なることもあり、すぐにこの噂を流すと、米の件に関わっている犯人を取り逃がすことになるかもしれないという懸念があるため、この件が落ち着くまでは今のまま広めておきたいという話になったのだ。
そうすればこの国が彼の国の庇護を受けていると錯覚させる本来の目的も叶うし、米の件の隠れ蓑にも使うことができる。
その間にエレナとケインの方も準備を整える時間を取れるのだから三方に得だろうと言う話しになったのだ。
確かにクリスとしては国内の横槍が入らない状態でエレナとケインの事を整えられるし、国の脅威をしばらく遠ざけることができる。
しかも彼自身がエレナとケインの関係を認めている状態なのだからメリットしかない。
彼の方は足取りを遡り、聞き込みを続けながら帰るようだが、多少寄り道をしても、エレナを訪ねた途中に立ち寄ったと言えれば大義名分として充分だ。
少なくともこの国に来る経路にある、もしくはその周辺国にあたる国に入国しようが、しょっちゅうこの国の方向に使いが出て行こうが、こちらから書簡を届けようが、それを全て皇太子殿下がエレナとの交友を深めるためと解釈させることもできるのだ。
何より皇太子殿下には本命の相手がいない。
むしろこの件が知れ渡ることで鬱陶しく寄りつく者が減るのなら、その方がいいと言うのだ。
だからエレナとの噂が流れていることに何も問題はないという。
ただ、このままではエレナに関しては少々不名誉なことになりかねない。
二人の事を公にするタイミングで殿下が提案した言い訳と共に発表することになるので、準備を整えた状態で、彼の国からの許可を待つことになる。
国の都合で急かしたり待たせたりとエレナたちには申し訳ないが、その話をしたら二人は問題ないと快諾した。
特にケインは、最良の形でエレナを迎えられるよう、準備を整える時間をもらったと思うことにすると安堵の表情だった。
こうしてエレナの彼の国への輿入れは無事に回避されることとなったため、事情を知るものは穏やかな気持ちでこの場にいた。
それもあって、値踏みをする視線を送るものたちにケインも動じなかったのだ。
殿下との話を終えてから、クリスとエレナは他の者たちにもねぎらいの言葉をかけてまわった。
まさか小国とはいえ殿下たち自らが自分たちに声をかけてくれるとは思っていなかった彼らは、二人を間近に見て目を輝かせた。
クリスの笑みに見とれて呆け、エレナの言葉で我に返る者が多かったが、その様子を彼の国の皇太子殿下は面白いと目を細めて少し離れた位置から見ていた。
そうして時間まで交流をしていたが、いつまでも別れを惜しんでいるわけにはいかない。
時間になると、国境までは護衛として付いていく騎士たちと、彼の国の訪問者たちを送り出したのだった。




