ルームメイトの気苦労
本日の更新、遅くなりまして失礼いたしました。
大変そうだと思っていたケイン達の方は意外にも穏やかに解決したようだ。
殿下は側近たちの希望ではなく、エレナがこの国に残りたいという希望を叶える方向で動いてくれたという。
けれどそんなことになっていると、こちらに来ている側近たちは知らなかったのだろう。
移動中の事を思い出し、ルームメイトはため息をついた。
「こっちは大変だった。いかんせん移動が多いから、雑談も多くてさ。自分がエレナ殿下の護衛だって紹介されてたから、まあ、色々聞かれるし、聞かされるし」
そっちはもっと大変だろうと思っていたからこそ頑張れたはずだったが、想像よりはるかに穏便に事が片付いていた事を知って、思わず愚痴をこぼした。
向こうはかなり乗り気で来ているものだから、とにかくエレナ様は何が好きなのかとか、気を引くためにはどんな事をすればいいかとか、学生時代のノリのようなものも見せながら、聞かれている内容は子供じみていない。
知っていたら答えてしまいそうな乗せ方をする彼らは、諜報に長けているのだろうと感心してしまったけれど、それを向けられたこちらはたまったものではなかった。
「それで、どう答えたんだ?」
お前の事だからうまくかわしたんだろうと、話してしまった可能性など微塵も考えていないような質問に、それをケインの信頼と解釈したルームメイトは答えた。
「いや、あんまり詳細を答えるわけにはいかないからさ、当たり障りない言葉を選んで、って感じで正直疲れた。夜会で付きまとわれてくだらない会話するあれを難なくこなしてる奴は本当に尊敬する。でも、悪い人たちじゃなかったよ。戦大国を生き抜いている人たちっていう先入観がなければ俺たちと何も変わらない」
「そうか」
皇太子殿下も話してみれば悪い人ではなさそうだった。
確かに存在感が大きく威圧が強いから、睨まれたら固まってしまいそうだけど、自分が思わず口を挟んだ時も、それを聞いてその言葉を受け止めて真摯に対応する姿勢を見せてくれた。
皆が畏怖を感じたと真っ先に口にする相手だし、言葉の重みが違うので従うか、関わらないかを選びがちになるけれど、その必要はないのではないかと、さすがのケインもそう考えた。
そういった圧に動じることなく、いつもの可愛らしいままのクリスと、小さい体のどこからそんな圧が出てくるか分からないけれど彼らに正面から向き合うエレナだからこそ、おそらく彼らの本質を見抜いて、友好関係を築いていけているのだろう。
そもそも悪意や下心のある人間を見抜く力に長けたクリスが鬱陶しそうにしながらも友と呼ぶことを容認している相手、というだけでケインからすれば彼は信頼に値する。
それにクリスは皇太子殿下だけを見て話をしているわけではなく、当然連れてきた部下たちもそれとなく観察しているのだから、相性はともかく、調査を許可された相手国の騎士たちもクリスが国内を歩くのを許容した相手ということになるのだ。
そこまでの事は知らないはずなのに、ルームメイトはクリスと似たような結論を自分で導き出したのだ。
ケインがそんな彼に舌を巻いていると、ベッドに横になった彼は大きくため息をついた。
「明日からもしばらく同じメンバーで動くことになりそうだけど、今日、そっちに進展があったんなら話題を変えられるかな」
さすがにエレナの事をずっと聞かれるのは辛い。
そのうち丸一日の動静を全て報告させられそうな勢いなのだ。
あれが彼らが帰国するまで続くかと思うと、正直仮病を使いたくなってくる。
でもそれでは彼らに対する監視の目を緩めることになってしまうので、それは避けたいという気持ちもあるのだ。
「それは今日の話を向こうの殿下が、どのタイミングでどの程度彼らに説明するかじゃないか?」
ケインは当事者として内容をほぼ把握している。
ルームメイトに話したのがほぼすべてだ。
でもその内容が彼の国の側近たちに伝えられるタイミングはわからない。
向こうにとって今日の情報収集では大きな収穫があったようだし、その話が続いていたらエレナの事は後回しになっている可能性もある。
明日の事を離すのに夢中で、もしかしたら忘れられていることだって考えられるし、あえて彼らには国を出るまでこの件を伝えないと殿下が判断するかもしれない。
「確かにそうだ。報告との時間差が発生するかもしれないよな。まあ、そこはうまくやり過ごすさ」
結果が決まったのなら、後はそれが覆らないようにするだけだ。
彼らの話題が変わらなければ、単に彼らが殿下から共有を受けていないということだということが先に分かっているだけで幾分楽になった。
この気分だけで、今回はどうにか乗り切れそうだ。
「余計な苦労をかけるな」
ケインが謝罪の言葉を口にすると、彼は軽く笑った。
「それは大したことじゃないよ。それよりなんか、やっとだな。見てる方は何度肝を冷やしたか分からない。正直、既成事実でもいいんじゃないかと思ってた」
クリスが前にしようとしていたことは何となく察せられていた。
本人達の意思を通り越してなぜそこまでするのかと思ったけれど、見守っている期間が延びてくるにしたがって、そうしたくなる気持ちが痛いほどわかったのだ。
「それはありえないだろう」
エレナ優先のケインは、軽口でもそれはあり得ないと強く言い返してきたが、疲れていた事もあり、それを聞いて再びため息を漏らした。
「そのくらいもどかしかったんだよ、見ている側としては」
「だけど、この事は多くの人間が知らないだろう」
知られてはいけないとずっと二人が懸命に隠してきたことなのだ。
幼き二人はそうすることでしか互いを守ることができなかった。
それは功を奏して、関係にヒビを入れようとしてくる者はいなかったが、関係そのものもなかったことのように扱われてしまっていた。
「でも二人の関係を知ってしまったら、やっぱりそのために動くだろう?クリス殿下に取りこまれるって言うかさ。先輩たちも態度には出さなかったけどヤキモキしてたんじゃないかと思う。俺はまだこうやってケインと直接話せる立場だけどさ、周囲からは余程の事がない限り余計なことは言えないし」
自分はケインとの付き合いも長くて寮も同室。
相談を持ちかけてもらえるから状況だけではなく、ケインがどうしたいのかという感情部分を把握することができている。
でも先輩達はそれができないから、各々の感情を自分で見て判断するしかない状態だ。
だから自分以上にじれったかったに違いない。
「誰に聞かれるか分からないからな。聞かれても答えないだろうし」
見られたことで関係を知られていても、質問を受け付けるつもりはない。
それに一度答えて、聞いてもいいものだと思われるのは不本意だ。
それがエレナに害を及ぼす可能性があるなどということであれば話は変わるが、そうでなければ興味本位で根掘り葉掘り確認と称して色々聞かれるのは不愉快でしかないし、面倒だから寡黙を貫いたのだ。
「それがやっと、公になるし、大きな障害はなくなったなって思ったら、こっちは肩の荷が下りた気分だよ。これで二人も堂々と面会できるようになるしな。発表が終わったら今までできなかった恋人らしい事もたくさんすればいいさ。制約が多くてできなかった事もたくさんあっただろうしさ」
一番の難敵と思われていた皇太子殿下が理解のある御仁でよかった。
この件についてはこれに尽きる。
彼が味方に付いているのなら、この国の貴族だけではなく、他国の要人もエレナに手を出すことはしないだろう。
あとは遅れていたとはいえ進めてきたエレナとケインの婚約が整えば、二人の関係は公になる。
ケインは大変になるだろうが、これで何を聞かれてもはぐらかす必要はなくなり、これまでを知っている者は堂々と二人の中を公言できるようになる。
何より喜ばしいニュースなのだ。
いつの間にか見守っている側となっていたルームメイトは、とりあえず明日の騎士団内での共有を密かに心待ちにしているのだった。




