小競り合いという隠れ蓑
「何と言いますか、前回のことといい、不可抗力という神は常にエレナ殿下の味方なのでしょうかね」
どうもエレナと関わっていると、自国の問題が露見し対処に追われることが多い。
しかもありがたいことに、対処できるよう神も采配してくれているのか、出てくるのは一つずつだ。
クリスだけと対面している時には起こらなかったことではあるが、エレナが引き起こしているわけでもない。
今度こそ、エレナを殿下にと意気込んできた側近たちは、米の件がなかったら全力で殿下のサポートをするはずだった。
それができず外に出ている間に決着がついてしまったことが残念だと、彼らは考えていた。
「そうだな。エレナ殿下には神がついているのかもしれないな。だとしたらなおさら本人の希望に沿わぬことをしない方がいい。祟りがあるかもしれん」
エレナとケインの関係を知っている殿下が楽しげに笑うと、側近の方が未練がましく言う。
「あなたが諦めることにした理由について伺えますか」
諦める、というほど入れ込んではいなかったのだがと口にしかけたが、それでは彼らが自分の意に沿わない話を進めたように思われるかもしれない。
確かに気に入っていたのは事実だし、本人が良いと言えば娶るつもりであったのだから、それを、自分は最初からそこまですることを考えていなかったとこちらが口に出せば、責任をなすりつけられていると捉えられ、信頼関係を損なう可能性がある。
彼らも舞い上がって感情が高ぶってはいるが、基本的によかれと思ってしたことなのだ。
「理由か。それを聞かないと納得いかないか」
「もちろんです」
自分が思うところがないとすっきりとした顔をしているのもなお気になっているのだろう。
あまりこういう話を第三者が口にすべきではないが、事態をややこしくしないためにも、公式発表前だが彼らにこの話をするしかなさそうだ。
側近が理由をと迫るので、ため息交じりに答えた。
「エレナ殿下はこの国に思い人がいる。その者とすでに婚約の話を進めているようだ」
「さようですか。ですがまだ婚約には至っていないということですよね」
話を進めているだけなら、まだ婚約すらしていないということだ。
それなら充分、殿下が入る余地はあるだろう。
彼らはそう迫るが、あの場面で話を聞いていた殿下はすぐにそれを否定した。
「詳細は聞いていないが、どうも幼き頃からその関係を隠し交流を続けてきて、ようやくというところだそうだぞ。整えるのにそれだけ長い時間をかけてきたらしい。相手は王女を娶るだけの地位や実績を持つため、これまでの生涯を捧げてきたような男らしい。エレナ殿下も、その男のためにと努力をし、結果があの功績だ。そんな二人を引き裂くのは、私としては不本意だ。そう判断した」
エレナが国に貢献するだけのものを生み出したのは、その相手に相応しくなるためで、その相手もエレナの隣に並ぶための努力を惜しまなかった。
自国なら功績などは後回しで、まず互いの感情を確認し、婚約や結婚を先にするだろうが、この国は平和だからこそ、それらを後回しにできるのだろう。
同時に、そうして地盤を築いてから婚約や結婚をしなければ潰されかねないというのが、体裁や環境を整えてからにしなければならないという理由で、権力を得たいものからすれば、本人の意思より、結果的な勝者になればいいと考える。
両想いならそれを貫けと言いたいところだが、それも文化の違い故に簡単にいかず歓迎もされないらしい。
それがようやく形を整え叶うのだ。
それをこちらからぶち壊したとなれば、我が国ではむしろ反感の対象になるだろう。
「なるほど、そういうことですか。それは何といえばいいのか、残念ですとしか」
説明をしていくと、側近もさすがに納得せざるを得なかった。
こちらがどんなに良いと思っていても、思い合う恋人を引き裂くなどあってはならない。
いつ戦禍に飲まれるか分からない国にいるからこそ、そのような忍耐や努力を重ねて得たと言われては、国のためにと思っても感情の方がそこに追い付かないのだ。
「だろう?この国は体裁を重んじる故に、貴族は皆、感情を押し殺し、互いの顔色を窺いながら生きているのだからな。我々にはない文化だ。だから二人はその時が来るまで、公には互いの気持ちを隠しながらも、懸命に愛を育んできたのだろう。見えぬところにいても切れぬ深い絆のようなものができている。だから表面的に感情を見せ合うことをしなくとも、ずっとつながりを保てていたのだろうな。そういった駆け引きの必要ない我々とは違うのだ」
それだけ強い絆があの二人にはあるのだと、エレナの相手の顔を思い浮かべながら殿下が言うと、側近は眉をひそめた。
「一応我が国も、国同士の駆け引きはしておりますが?」
国内はそうかもしれないが、他国と渡り合うには当然駆け引きを多く行っている。
大国であるから当然だし、むしろ周辺国より、駆け引きで優位に運ぶことに長けているはずだ。
でなければ吸収されることになった国々を統一するなどできていない。
「それはそうだが、この国だと国内での引っ張り合いがひどいのだろう」
それは分かっていると殿下は理解を示すが、同時にこの小国は共通敵がいない事もあり、国内に目が向きやすく、争いの火種が国内でくすぶりがちだというと、一人はため息をつく。
「うちもないとは言えません」
当然、上を狙うものが国内で足を引っ張り合うことはある。
逸れに注力していられない国内情勢が故に表面に出てくることが少ないだけだ。
だから事情を知っている側近からするとため息しか出ない。
「派閥ごと動くとか、国を乗っ取るという動きならわかるが、一貴族単位に気を使う、小さな世界で競って窮屈に生きなければならないのがこの国なのだろう」
野望が小さいから、起こる騒動も小さい。
他の国からは目にもとまらないようなことであっても、余裕があるからそのような芽を摘み取っておく。
でもすぐに次々とそれらが芽吹く。
平和で肥沃な土壌に雑草が増えるのと変わらないのだが、体裁を気にするこの国は、余力があるからか、国を美しい庭のように、こまめに手入れしている。
悪いことではないが随分と細かい。
彼らにこの国はそのように映っていた。
「そうなるとこの国にエレナ殿下は少々手に余るのではないですか?」
自国では気にする事もなさそうなことなのに、エレナはそれに対して制限を受けている。
そのような国が、彼女の自由な発想をこの先も活かしていけるのか。
非常にもったいない、うちならばもっとという気持ちが一部から漏れるが、殿下は口角を上げる。
「そこはクリス殿下がなんとかするだろう。あの兄妹は仲良くやっているようだからな」
確かにクリスはエレナをかなり気にかけている。
エレナたちの事情を知っていたのなら、婚約の話をまとめるため動いたのも彼だろうし、かわいらしい仕草で翻弄しながらも、エレナの件に関して一歩も譲らなかったのは理解できる。
「まったくもって面倒ですね。その程度の小競り合いでは確認範囲が小さすぎて、目に留めることもできませんよ」
情報としてそういうことが入っていないわけではないが、それらは自分たちが気に留めるような事象ではなかった。
だから平和で安全な国と認識されているのだ。
それよりさらに小さく、見つからないように動いていたのなら、こちらの見落としか、目にとまった小競り合いと一緒に不要な情報と認識から排除してしまっていたかなのだ。
彼らがそうしようとしたかどうかはともかく、これまでその関係を国内外の人間からうまく隠してきたのは、もはや天晴れだ。
それも本人たちのたゆまぬ努力の賜物となれば、文句のつけようもない。
「だからだろうな。だからこそ、これまで隠し通すことができていたのだろう。その苦労と努力と自己犠牲の精神が、本人の知らぬところで神を味方に引きよせているのかもしれないな」
貴族の小競り合いを隠れ蓑として利用し、二人は秘めたる恋を昇華させていったのだろう。
詳細を知ったとはいえ、まさかエレナの勘違いによってケインとの話が進まなかったとは知らない彼ら、特に話を聞いた側近たちは、二人の純愛に感激していたのだった。




