使用人たちの癒し
自分専用の執務室を用意され、毎日そこに移動して仕事に囲まれるようになったクリスは、手を動かしながらも、きちんと話をできていないエレナのことを考えていた。
自分の環境が変化しても、エレナの環境は変わらない。
こうして一人で机に向き合っていると、自分が学校に行っている間、エレナはこうして部屋にいなければならなかったのかと考えてしまう。
仕事が落ち着いて食事を取るのも執務室。
食堂に行くこともできなくはないが、誰もいない広いテーブルで食べるよりは、執務室の方が落ち着くことがわかって、軽食を執務室で食べて仕事を再開するのが日課となった。
昼食を食べ終えて、あたたかい紅茶を飲みながら、ため息をつく。
「哀愁漂うクリス様もなんだかいいですわ」
「私達までため息をつきたくなってしまうわね」
使用人たちがそんなクリスの様子を見守りながらそんなことをつぶやいているが、学校で話題にされるより些細なこと。
クリスは使用人の会話を気に留めることもなく、お茶を飲んで気持ちを切り替えるとまた仕事に戻るのだった。
そんな日を過ごしているうちに、執務室での業務時間の警護担当がブレンダとなった。
執務室にブレンダがやってくると、今までの経緯を知っている人間を残して人払いを済ませ、クリスは彼女にエレナのことを尋ねた。
「ねぇブレンダ、エレナとは話したりしてる?」
「何かあったのですか?」
クリスはケインの進学についてエレナに伝えなかったことが原因で機嫌を損ねてしまったことを簡単に説明した。
先日のお茶会で二人の雰囲気を知っているブレンダは、エレナが自分だけ除者にされたと思い、その感情を振り切るため、がむしゃらに頑張っているのではないかと解釈して言った。
「そんなことがあったのですか……。それはエレナ様がお可哀そうですね。だからですかね、体力測定に参加されたのは」
「……ん?ちょっと待って、エレナが体力測定を受けたってどういうこと?」
エレナのことが心配で色々教えてもらえるように周囲に頼んでいたが、そんな話は聞いていない。
聞き間違いかと、思わず語気が強くなる。
「先日、騎士団に無事新人が入団いたしまして、その最初の体力測定にエレナ様が参加されていたのです」
「それは、エレナも騎士団に入団するということ?」
「いいえ、さすがにそこまでの体力はありませんが、かなり頑張っておられました。あと数年早く鍛えていれば同じくらいの測定値を出せたかもしれません」
その時の様子を思い出して感心したようにブレンダは言った。
「……それは良いことなのかな、エレナにとって」
クリスが心配そうにつぶやくと、ブレンダはきょとんとして言った。
「悪いことではないでしょう。体力はないよりある方が良いですから」
「まあ、そうなんだけど……」
「エレナ様の気迫はすごいものでしたよ。根負けした騎士団長が新しい課題を出すことにしたみたいですし」
ブレンダの声はどんどん弾んでいくが、クリスの声はだんだん不安に満ち溢れていった。
「新しい課題……」
「訓練だけではなく知識も伝えることにしたようです。でも、乗馬とかはさせるのではないですかね?あの測定値なら乗馬と、小さい弓は引けるようになるかもしれませんし、ナイフでの戦闘も短い時間ならできると思います」
訓練を見ていただけではなく、実は数値に関しても情報を教えてもらっていたブレンダは目を輝かせている。
「……ねぇ、ブレンダ、なんでそんなに詳しいの?」
自分の知らない情報がブレンダからもたらされたことに困惑しながらクリスは聞いた。
「今回はエレナ様が参加されることになりましたので、体力測定の見本を私が担当したのです。入団者はやはり男性が多いですし、知った顔がある方がエレナ様も安心だろうと言われまして引き受けました。まぁ、騎士団長の命令なので逆らえませんが……」
「そう……」
「気落ちしていらしたのなら、集中できる何かがほしかったのかもしれません」
事実は違うが、訓練を受けるため、体力づくりを密かに頑張っていたことを知っているクリスは、今回のことでエレナが訓練を受けたいと考えたのならと自分を納得させるためうなずいた。
「うん、そう言われたら確かにそうかな」
「この先の訓練に同席することはない気がしますが、エレナ様のこと、気にしておきます」
エレナを心配するクリスに少しでも安心してもらおうとブレンダがそう言うと、クリスはじっとブレンダを見つめて言った。
「そうしてもらえる?」
「はい。麗しきクリス様の大事な妹君でございますから……」
「ブレンダ、エレナのこと、よろしくね」
一通りの話を終えると、クリスは使用人たちに入室するよう言った。
するとすぐに使用人たちは中に戻ってきた。
壁側に立って用事を言われるのを待機する姿勢に入った使用人たちにクリスは声をかけた。
「ねえ、最近のエレナの様子を知っていたら教えてもらえる?皆から見てエレナってどう見えてるの?」
話しかけられた使用人の一人が少し考えてから言った。
「最近のエレナ様は……何と言いますか、こう、女帝のような風格がにじみ出てきているように感じられます……」
あまり話をしていないが、最近のエレナは黙って座っているだけで周囲に圧のようなものを与えるオーラが出ているとクリスは感じるようになっていた。
使用人の話を聞いて、自分の思いすごしではないのだと納得したクリスは思わずうなずいた。
「そうなんだよね。私にも分けてほしいくらいだよ」
すると使用人は驚いて言った。
「それはいけません」
「なぜ?」
そんな使用人の予想外の反応にクリスは首を傾げる。
「クリス様は私たちの天使、癒しなのです。いつまでも今のまま可愛らしく、美しくあっていただきたいのです。全国民のために!」
その言葉に周囲も大きく首を縦に振っている。
クリスはそんな周囲の反応を見て、思わず心配になって尋ねた。
「国王が頼りないって言われてしまうのは、皆、嫌ではないの?」
「我々一同、誠心誠意お仕えし、支えて参ります。むしろ我々をもっと頼っていただきたいくらいです」
「もう充分頼りにしているよ。でも、私もエレナと同じで、一人では何もできない人間になりたくないんだ」
学校に行っていなかったエレナの方がはるかに自立に近い場所にいるように思えてクリスが思わず本音を言うと、使用人は何とかわいらしいことを言うのか、とでも言わんばかりに両手で口元を隠して目を輝かせた。
「素晴らしい志でございます。しかしすでにクリス様は一人でも様々なことができる能力を身に付けておいでですからご安心くださいませ」
「そうかな、ありがとう」
使用人の根拠のない励ましに思わず苦笑いを浮かべると、クリスは再び仕事に戻るのだった。




