防波堤
ブレンダと騎士団長との話し合いで決まった、調査に同行させる騎士と話をした翌日。
クリスと皇太子殿下が同席の元、騎士たちの顔合わせを行った。
彼が調査したいという内容の詳細を聞いて、昨日エレナに教えられたことを加味して考えていた内容のほぼ想定内に収まっていたことにクリスは安堵する。
そもそもこの国よりはるかに軍事力の高い国なのだから、騎士を護衛のために貸してほしいというわけではない事くらいは想定できたけれど、どの方向に知識のある人間をダスべきなのかはエレナの情報がなければ判断付かなかった。
ここで彼の国の皇太子の言葉を真に受けて、農業や農作業に詳しいだけの人を同行させていたら、こちらが恥をかくところだ。
それに改めて考えれば、彼も多くは語れないといいながらもヒントはくれていた。
そしてこの話し合いにおいて、どうにか正解に近いものを持っていけたことにクリスはひそかに安堵していた。
最後、両国ともに互いの騎士の意見を尊重すること、市民に圧力や迷惑をかけないようにという内容に間違いない事をすり合わせる。
「早速で申し訳ないが、時間が惜しい。少しでも多くの情報が欲しいのだ」
皇太子がそう言うと、クリスも横で首を縦に振った。
「かしこまりました」
両者の意見が同じならばと両国の騎士が各々の主に返事をする。
そんな彼らにクリスはねぎらいの言葉を掛けた。
「くれぐれも気をつけて。市民の対応についてもそうだけど、あなた達が急いて怪我をするような事もないようにね」
微笑みながらそう言うと、彼の国の騎士の数名はそんなクリスの頬笑みにあてられたように目を見開いた。
けれどクリスの呼んだ騎士は元クリスの護衛だったこともあり、慣れた様子で返事をする。
其の声に我に返った彼の国の騎士も慌てて頭を下げた。
「クリス殿下のお気づかい、痛み入ります」
その様子を彼の国の皇太子は苦笑いして見ているだけだ。
それに気がついた彼の国の騎士たちは、それに気がついて居住まいを正したのだった。
彼らを送り出すと、先に口を開いたのは彼だった。
「さて、調査は彼らに任せるとして、せっかくこうして顔を合わせることができたのだ。クリス殿下にはもう少し相手をしてもらいたいのだが」
「わかりました」
クリスも彼と顔を合わせた時点でそうなることを予測して、すでに予定を空けてある。
そして顔合わせに使った応接室もしばらく使うことになるとおさえたままにしてあった。
「ここでいいのか?」
彼はクリスに執務をしながらでもいいと暗に言うが、執務室にいれば必然的に多くの情報がそこに届いてしまう。
彼を信頼していないわけではないが、その情報をそのまま渡すのはあまり気分が良くない。
「顔合わせにかかる時間も決まっていませんでしたし、ここをしばらく使うことにしてあります。それに移動の時間がもったいないでしょう?」
クリスがそう言うと、彼はそうかとつぶやいて、部屋のソファーを広く使って腰をおろした。
「このような話が出るまで米の件、こちらで気がつけず申し訳ありませんでした」
ソファーに座った彼の正面の位置に立って、クリスがそういうと、彼は手をひらひらさせた。
「まあ、なかなか巧妙な手口だからな。仕方がなかろう。それにこれは我が国の問題で貴国の問題ではないのだ。先刻の食料不足にどの程度かかわっているか分からないが、それが原因だとするならば、ここで分かっただけでも大きな収穫と言える。そもそも食料支援で恩を売るためにクリスが主導したわけではあるまい。気にするな」
彼はそう言って笑った。
「しかし、エレナが調理をしたことは耳にしていましたので、その時に聞き流すべきではなかったと反省しております」
本当ならばその時点で彼の国に一報入れるのが、せめて先行して調査をしておくのが友好国としての務めだったとクリスは思っている。
もしこちらに濡れ衣を着せるための口実に使われていたら、平和ボケしているような小国と見られているこの国など一瞬で支配下に入れられてしまっていただろう。
幸いにも彼の皇太子とは気心の知れるところまで付き合いが続いていた事もあり、こうして付け込まれずに済んでいるのだ。
「まあ、迂闊ではあるな。相手が私でよかったと思ってほしいところだ」
「ええ、本当に」
彼の言葉に偽りも間違いもない。
クリスは今回の事を肝に銘じる。
「まあ、とりあえず座ったらどうだ。話は長くなるかもしれないぞ」
「ええ。そうですね」
クリスは彼に言われ、正面に座った。
そしてお茶を淹れ直させると、クリスは一部の護衛たちを残して退室を命じる。
その行動からどのような話がされるのか分かっているのだなと、彼も察したのか、早速本題にきりこんできた。
「それでだ。そうではない話がしたい。内容は察しているだろう」
そちらに謝罪の時間は与えたのだから次はこちらの話を聞いてもらおうと、体を前に倒してクリスを見る。
「ええ」
クリスは引く事もなくにっこりと微笑むだけだ。
ここからの駆け引きは失敗できない。
エレナとケイン、クリスにとって大切な二人の将来がかかった話だ。
しかもこうなることを想定し、クリスはケインとエレナを焚きつけ、特にケインには秘密裏に地盤固めや外堀を埋めるため動く事を要求した。
何よりこれまでのこともある。
微笑みながらもクリスは慎重に言葉を選ぶ必要がある。
「それで、申し出についてはどうなのだ」
「前にも申し上げた通りお断りいたします」
理解されるまで何度でも、同じ言葉を繰り返すつもりでクリスはそう答えた。
「だがなぜ、それをエレナ殿下の口から確認することができない。国にとってのデメリットはなかろう?」
暗にそれはクリスの希望であって、エレナの希望ではないのではないかと言うと、クリスは首を横に振った。
「エレナは王女として育てられましたから、あなたからそう申し出られてしまったら、前のように反射的に答えない限り、お断りできないですよ。国力の違いだって重々承知しているのです。ですから二度目にあなたの言葉を聞いたら、エレナはそれに従うしかなくなってしまう。それはエレナの意にそぐわないこと。ですからお控いただいているのです」
エレナはある時を境に自分の立場を俯瞰していて、その身を犠牲にしなければならない事を悟っている。
それに彼よりエレナの方が立場が弱い。
そして現状まだ内定しているだけで、婚約者としての立場が公になっていないケインがエレナを庇いきるのは難しい。
最悪は二人で駆け落ちさせることも考えなければならないかもしれないが、今までの苦労を考えたら、皆に祝福され幸せになってもらいたい。
クリスはいくらでも防波堤になると決めている。
自分が二人にできることはそのくらいしかないのだ。
だからここで彼に直接その言葉を言わせてはならない。
何度言われても答えは同じ、これだけは譲らないと、クリスは彼に強い意志を示すのだった。




