エレナからの情報
皇太子殿下を迎えるという想定外のことがあったため少し遅くなったが、話を聞くためクリスはエレナを呼び出した。
本当に何もないのなら急ぎではなく、単にクリスが早く情報を得て安心したいだけだ。
通常ならば後日にしていただろう。
ただ、孤児院から戻って急に彼の国が動き出したことが引っ掛かる。
もしかしたらエレナがそのヒントをもたらしてくれるかもしれないと思ったのだ。
多めにつけていた見張りからも特に何も聞いていないし、整備のためにと言われて同行を許可した彼の国の者たちも変わった様子はなかった。
エレナを呼ぶ前に尋ねてきた皇太子殿下も表面上は満足そうにしていたし、孤児院に関して問題を上げてはこなかったのだから、おそらくいつも通りだったとみていいだろう。
ことを引っ掻き回す可能性の高い皇太子殿下がいながらいつも通りで済んだのなら、むしろ平和に終わったように見えるが、中での詳細は不明のままだ。
エレナが直接来てすぐに話を聞けるという事もあり問題はないし、ついていた護衛が継続して同行しているので、もしエレナが彼らの対応に寄る気疲れで休んでしまうようなら、護衛騎士を交代のタイミングで呼べばいいと思っていたのだ。
クリスはそんなことを考えていたけれどそれは杞憂だった。
エレナは自分が休まないと彼も休めないから一度部屋に戻されたと思ったようで、呼びに行かせれば、声がかかるのを待っていたとこちらにやってきたのだ。
「お疲れ様。大丈夫だったとは思うけどどうだった?」
クリスがそれこそいつも通り尋ねると、エレナは微笑みながら言った。
「問題は特になかったと思うわ」
皇太子も問題を起こしたりはしていないらしい。
それどころか、騎士たちと同じように、子どもたちにぶら下がられたりしても嫌な顔をすることなく相手をしていたのだという。
想像より良い状況にクリスは安堵しながら漏らす。
「そう。それならよかった。変わったこととかもなかったよね?」
クリスが気を抜いて何の気なしに最後に言葉を足すと、エレナは今日のことを思い出して言った。
「そういえば、偶然なのだけれど、食事の時にお米の話が出たの。そしたら急に顔色を変えられたわ。何かあったのかしら。あちらで主食としているということは知っているけれど……」
もしかしたら祖国の味が恋しくなったのかもしれない。
孤児院に言って米を調理した方がよかったのだろうか。
エレナがそんな的外れなことを考えていると、話を聞いたクリスも顔色を変えた。
「そういうことか。向こうに動きがあるまで気が付かないなんて、とんだ見落としをしてしまっていたみたいだ」
「お兄様?」
エレナの声掛けにも気が付かないまま、クリスは頭を抱えた。
「エレナが孤児院に米があるって言った時に、こちらが先に気が付くべきことだった。やっぱりまだまだだな」
「どうしたの?」
突然様子の変わったクリスを見たエレナが声をかけると、クリスはエレナを見て、落ち着きを取り戻すために微笑んだ。
「ごめん、思わず一人で反省しちゃってたよ。エレナ、大事なことだからいくつか確認させてもらっていいかな」
クリスが言うとエレナは首をかしげる。
「ええ。もちろんよ。私でわかるかしら?」
今の時点でクリスが顔色を悪くした理由が分からないエレナが、自分に答えられることがあるとは思えないと言うと、クリスは首を横に振った。
「私では分からない。孤児院の事だしエレナの方が詳しいと思う」
「わかったわ」
とりあえず質問を聞かなければ答えられるかどうかわからない。
エレナが質問を受けるため身構える。
質問をするクリスも真剣だ。
「まず、孤児院がお米をもらって困っていた時期と、彼らが食糧支援を依頼してきた時期と、どちらが先だと思う?正確ではなくてもいいけど、理由も教えてもらいたいな」
クリスの質問に、エレナは自分の知っている情報を総動員して考え、そして意見として答えた。
「孤児院がお米を受け取った時期だと思うわ。私が話を聞くかなり前からあったどころか、私が訪問を始める前からあったような言い方だったもの。ただ食べ物と聞いていたこともあって捨てられなくて、もらった状態で放置されていたようだから、支援の申し出にいらしたタイミングよりずいぶん前なのではないかしら?それに孤児院にある米はすでに一年以上経過した古いもののようよ」
エレナにとっては余談だったかもしれないが、一年以上経過した米、それは時期を特定する上で重要な情報だ。
孤児院が受け取った時期ならわかるだろうと思っての質問だったのだが、この国に一年以上前の米がある事実の方が情報としての価値は高い。
けれどエレナも実物は孤児院で見たのが初めてのはずだ。
にもかかわらず、なぜそれが分かったのか。
「エレナはどうしてそれが一年以上前のものだって分かったの?」
クリスが確証を得るために尋ねると、エレナは孤児院であったことを話し始めた。
「食事中に、私の料理の話が出て、その時、食べ方を分からないものをもらって困っていたのを解決してくれたって、私を褒めようとしてだと思うのだけれど、子どもの一人がそう口にしたの。それで殿下が子どもの話を聞いて、孤児院にあるお米を見せてほしいって言いだしたのよ。私にはその判断をする権限はないと伝えたのだけれど、それを聞いてたいつも一緒に料理をしている女性が快く応じてくれたの。殿下が見た限り、あの米は一年以上経過した古いもので、あちらの国ではそのような米を古米と呼んで、新しいものと区別しているそうよ。古くなると臭いがついたり、乾燥したり、色がくすんだりするって言っていたわ。おそらくだけれど、区別されているということは、新しいものより価値が下がるということだと思うわ」
パンの場合は保存食とするため時間をかけて乾燥させる事もある。
それは逆に手間がかかっているので高価になる事もあるけれど、それが小麦粉の状態だったら、確かに最初から良くわからないものが混ざっていたら、その価値が下がってもおかしくない。
湿気を吸って固まってしまっても同じだ。
だからと言って、そうなったものが食べられないわけではない。
きっとそれと似たようなものだろうとエレナが伝えるとクリスはその意見をしっかりと受け取る。
「なるほどね。ありがとう」
クリスは彼の先ほどの申し出とエレナの情報を総合して、この話の後、騎士団長を呼びだし、彼らにあてる人選をしなければと考えるのだった。




