大国の皇太子殿下と調理の手伝い
すっかり強面で恐れられると思っていた護衛に扮している皇太子に懐いて、彼にくっついて歩いていた子どもたちが、調理場の入口で立ち止まった。
「どうした?」
皇太子殿下はが立ち止まって子どもたちを見下ろすと、子どもたちはがっかりしたように言う。
「ここから先に入ると怒られちゃうんだ」
その言葉に彼が自分の入るところを覗けば、そこには孤児院の人と思われる女性がすでに数名待機している。
子どもたちが入ったら怒られると言うのは、彼女たちにということだろう。
「おお、そうか。約束をちゃんと守って偉いな」
とりあえず大人の言う事を聞いて約束を守っている事を褒めると、さっきまで話が聞けなくなるとがっかりしていた子どもたちは、すぐに気を良くした。
「うん!」
「だからお食事の時にまたお話聞かせて!」
いつも護衛騎士たちは交代とはいえ一緒に食事をする。
もしその場で食べていなくても、騎士は全員食事の時間は食堂にいるので、お話をすることはできる。
だからその時間まで我慢する。
子どもたちがそのつもりで言うと、状況は分からないが問題なさそうだと判断して彼はそれを快く引き受けた。
「ああいいぞ!」
「じゃあ、あとでね!」
子どもたちはそういうと、あっさりと調理場の前からどこかへと走っていった。
「ところで私は入っていいのか?」
子供たちが走り去ったのを確認して、彼がエレナに尋ねると、エレナも彼らを見送りながら言った。
「ええ。調理場は火や刃物を使うから子どもたちを入れないことになっているのよ。あんな感じで、喋りながら動いたりふざけたら危ないでしょう?」
エレナが簡単に説明すると、彼は先ほどの子どもたちの様子を思い浮かべながらうなずいた。
「それはそうだな」
確かに周囲に注意を向ける事もせず自分の方を見て歩いている子どもたちは、いささか周囲への注意力に抱えているように思える。
自国はどうしても戦争をしていることが多いため、子どもでもあのような無邪気な様子を見せる者は少なく、常に周囲を警戒していたりする。
素直な子どもを微笑ましいとは思うが、確かにこういった作業場に入れるには危険だ。
本人ではなく周囲に怪我をさせかねない。
きちんと考えられていると彼が感心していると、エレナが言い出しにくそうに続けた。
「でもここに入ったらお手伝いをお願いすることになるのだけれど」
調理場は手伝いの場だ。
見学をするだけというのも不可能ではないが、そうすると彼を特別待遇することになる。
見習いの騎士と説明したのに何も手伝わないと言われたら困るのは彼だ。
手伝いをしないのなら、最初から中には入らないほうがいいだろう。
エレナが皇太子に確認をすると、彼はあっさりと手伝う方を選んだ。
「ああ、構わん。料理はエレナ殿下の特技なのだろう?興味があるからな。それに前にも言っただろう。私も料理は多少する」
彼の料理の腕は分からない。
けれど戦場で野営をする事も多いので、騎士たちがそのために調理を学ぶというのは知っている。
他の騎士たちも最初から出来た事なのだから、何でも卒なくこなす彼なら問題ないだろう。
「わかったわ……」
エレナはそういうと彼にも一緒に中に入るよう言うのだった。
「姫様、今日もよろしく……って、あれ? 初めての人がいるね!それにいつもより人数が多いですけどどうしたんですか?」
調理場で待機していた女性たちにエレナが声を掛けると、彼女たちも元気に挨拶を返してくれた。
そして早速見慣れない一名がいることに首をかしげる。
「ええ、一人は研修みたいなものだから、いつも通りでいいわ。でも、どこに何があるのかとかは当然知らないから、指示はしないといけないけれど……」
自分が彼について指示を出したほうがいいかもしれない。
そうなると作るものを決めたら彼女たちにメインの作業をお願いすることになる。
エレナが材料の台のところへ向かいながらそう言うと、女性の一人は彼も他の騎士と同じと理解したらしく、いたって普通に返事をした。
「そうなんですね。わかりました。じゃあいつも通りお願いします」
彼女の言葉にエレナはうなずいてから、改めて材料と向かい合う。
「そうね。そして、材料はこれね」
「いつもと変わらないです」
確かに材料はすっかり見慣れたものだ。
もうこれらなら彼女たちだけでも調理できるだろうに、わざわざエレナにこの仕事を残してくれている。
それならば期待に応えるしかないとエレナはいつも通り作業を割り当てる。
「わかったわ。じゃあ……彼と一緒に作業とかしてもらっても平気?」
女性たちも子どもたちと同様に皇太子に恐怖心を抱いていなそうだと感じたエレナが確認をかねてそう尋ねると、女性は元気よく返事をする。
「いいですよ!とりあえず一緒に葉物ちぎっときます?」
そして新人ならこれでしょうと言わんばかりに、簡単な作業を教えますと申し出てくれた。
「そうね。お願いしていいかしら」
「わかりました」
そう言うと、女性は迷うことなく皇太子殿下に声を掛ける。
「んじゃあ、あなたは私と一緒にあれをちぎってボウルに積み上げるよ!」
突然の女性からの指示に嫌な顔もせず、彼はうなずいた。
「そうか」
とりあえずやる事を与えられた彼は、言われた通りに行動してくれるらしい。
彼の立場を知らない女性の方も臆することなく指示を続ける。
「まずそこの水で手を洗って、こっちに座って!立ってやる必要はないから」
「わかった」
そう言いながら女性は彼を水場に案内する。
すでに汲み置かれている水で手洗いをさせて、女性も手を洗と、台にある葉物野菜を彼に持たせて、水で汚れを落とすからとそこに水をかけたりしている。
彼の方も、野菜を持たされようが、手を濡らされようが、それを気にする様子もなく、座って作業するスペースに女性と話しながら移動していく。
今度は二人は向かい合わせに座って、女性の指示の元、彼が器用に葉物野菜をむしって、それをボウルに収めていく。
とても大国の皇太子とは思えないほど作業も手慣れていて、料理をするという言葉に偽りはないどころか、自国の騎士たちより実践経験がありそうな雰囲気だ。
しかも不思議なことだがこの場に非常に馴染んでいる。
その光景を、複雑な思いでエレナとその護衛騎士たちは、しばらく傍観していたのだった。




