孤児院の説明と院長との対面
「ほう。ここがエレナ殿下の通っている孤児院か。外から声がするようだが」
馬車が到着して孤児院の入口に降り立つと、皇太子殿下は仁王立ちになってそう言った。
それを聞いた彼の隣に立ったベテランの護衛騎士が、接待するかのように疑問に答える。
「おそらく子どもたちが休憩中に遊んでいるのでしょう」
「休憩?」
休憩があるということは休憩以外に何かしていることがあるのか。
彼が疑問を返すと、エレナが説明を引き継いだ。
「ここの子どもたちは生活のために大人のお手伝いをしたり、内職をしたりしているの。内職で作ったものはバザーで売りに出したりしているわ。出稼ぎの子たちはまだ戻っていないから小さい子と内職をしている女性、それから事務処理のために院長がいると思うわ。お休みの人がいれば大人もいるわね。そのお手伝いの休み時間は外で遊んだり、敷地内で自由に過ごせるのよ」
「なるほどな」
エレナの説明に納得したのか、笑った一言言うと大きくうなずく。
「実は私のお勉強の時間も、皆の休み時間を使っているの。だから参加は強制ではないけれど、皆まじめに取り組んでくれているのよ」
元は子どもたちの遊びの時間、エレナは彼らの相手をするというのが本来の仕事だった。
だから騎士たちも含め、皆で彼らの相手をしたし、一度行ったら好評だったから、毎回のように読み聞かせをするのも定番になった。
それが今では勉強の時間として定着していて、彼らも絵本を一人でも読めるようになってきている。
そう考えると、彼らの成長が感じられる。
「それはよいことだな。自発的な方が伸びるだろう。それで、これからどうするのだ?」
入口に立ったまま話していたが、これで終わりではないのだろうと彼に言われて、エレナはうなずいた。
「まず、院長のところにご挨拶に行くわ。一応、院長にだけはあなたの素性を明かしてあるのだけれど……」
何かあった時責任を問われる可能性があるため、院長にだけは彼の素性を明かしてある。
もちろん、本当に何か起きたら国営孤児院なのだからエレナや国が責任を負うのだが、孤児院の責任者に訪問者の素性を知らせないというのは、安全面のためであったとしても不誠実だからだ。
エレナがそう伝えると彼は少し考えてから言った。
「そうか。まあ、そこだけ偉そうにしても仕方あるまい。それに他の者の目もあるだろうから、中では常にエレナ殿下の護衛として扱っておけば問題なかろう」
彼はすでにこちらを伺っている子どもがいることに気がついてそう言う。
エレナはそこまでは気にしていなかったけれど、院長室は事情を知らない女性たちも出入りするし、ドアが開いて子どもたちに話を聞かれても面倒だと考えていた。
孤児院で知られてすぐ、噂になることはないだろうが、できる限りそのような可能性を排除したい。
双方の意見が一致しているのならとエレナは言った。
「ええ。それでいいのなら、そうさせてもらうわ」
エレナがそう言うと彼は笑った。
「まあ、挨拶くらいはさせてもらおうと思うがな」
冗談のように彼は口にするが、おそらく彼の事だから何かしら言うだろうとエレナは察して答える。
「それは構わないわ。じゃあ行きましょう」
ここでの話が長くなってしまった。
急ぐほど時間が押しているわけではないけれど、挨拶でさらに時間を使う事を考えたら早く中に入った方がいい。
エレナが動き出すと、いつもの護衛騎士たちが続き、、そして彼らの後ろに皇太子殿下、その横にベテラン騎士がくっついて中に入って行くのだった。
「今日は無理を言った。世話になるがよろしく頼む」
院長室についてドアを閉めると、皇太子殿下が唐突に院長にそう言った。
「いえ、このようなやりくりが精一杯の孤児院で、貴国のお役に立てることがありますなら……」
突然声を掛けられた院長は、驚いて立ち上がると、姿勢を正して真っ直ぐ硬直してしまった。
「何を言う、精一杯でもやりくりをできているなら立派なものだろう。うちは過去、やりくりに失敗してこの国から支援を受けたくらいだからな!」
院長の言葉を聞いた彼は笑いながらそう言うが、さすがに同調できないと、院長が困ったように答える。
「いえ、それは規模が……」
過去クリスが食糧支援をしたことは何となく耳にしているが、一孤児院と国を比べられても困る。
孤児院は立ち行かなくなっても最悪引き取り手を一人で探せる規模だが、国民全体となれば何万いるかわからない。
しかも目の前の彼の国は大国だ。
数十万、数百万という民がいて、彼らが飢えぬように動くのだから、スケールが違い過ぎて想像が追い付かないと院長は身を震わせた。
「できぬ者は規模に関係なくできんものだぞ?確かに大きくなって失敗した方が被害はでかいがな。そなたには、たまたまそのような機会がなかっただけで、できぬとは考えぬぞ?」
そう彼なりに院長を褒めると、院長は恐縮する。
「それは確かに……」
規模が大きければ被害も大きくなる、それはその通りだ。
これなら同調してもいいだろうと、院長が首を縦に振ると、彼は硬直した院長の動きを面白く思ったらしく、緊張をほぐそうと笑い飛ばした。
「はっはっはっ!そんなに畏まる必要はないぞ?」
バシバシと肩でも叩きそうな感じだが、いかんせん彼の圧は強い。
空気が和むどころか、彼が話しかければかけるほど、院長は悪い事をしているわけでもないのに目を泳がせていく。
そして泳いだ目がエレナを捕え、思わず助けを求めるように聞いた。
「あ、あの、エレナ様……、こちらのお方を本当に他の騎士様と同じように扱っても……?」
院長がそわそわして落ち着かない様子になっていることに、エレナは申し訳なく思いながら、ため息をついた。
「それについては問題ないわ。今日は護衛騎士の一人として来ているの。一応目的は視察だけれど、他の騎士たちと同じように手伝いにも参加してもらうわ。だからいつも通りでお願いね」
「しょ、承知、いたしました」
いつもなら丁寧に頭を下げるのだが、緊張で体が硬直してうまくできない。
院長はカクカクした動きでエレナに礼をする。
エレナは院長に申し訳なくなって、自分から退室の口実を作った。
「そろそろ調理場へ行こうと思うの。いいかしら?」
未だ少しくらい話してもお昼には間に合う。
けれど彼に説明をしながら作業を進めることになれば、いつもより時間がかかるかもしれない。
それにいつも手伝ってくれる女性たちが、彼に怯えてしまう可能性もある。
だから早めに作業を始めようと思うと伝えると院長は快く了承した。
「も、もちろんでございます」
「じゃあ行ってくるわね」
そんな院長にエレナがそう言い残してドアに向かうと、皇太子殿下もエレナを見ながらそれに続く。
院長は皇太子の視線が外れると、途端に体が軽くなったように感じられた。
「よろしくお願いいたします」
院長は安堵の息をついて、ようやくいつも通り頭を下げて見送ることができたのだった。




