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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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想定外の同行者

手際良くお茶の準備を整えていくエレナに、客人である彼の国の皇太子殿下が言った。


「エレナ殿下。久しいな。今日はこれらを一緒に食しながら話ができるのだろう?」


その声掛けに手を止める事もせずエレナは言った。


「ええ。そのつもりで作ってきたわ」

「それは何よりだ」


彼が愉快だと笑いながらエレナに座るよう促すと、それを受けたエレナはお茶を淹れてから、テーブルに持ってきたお菓子を置いて、クリスの横に腰を下ろした。

そして座った毒味と称してエレナが最初に並べたお茶とお菓子に手をつける。

本人が食べると言っているし、お茶に至っては目の前で淹れているのだから、故意に何かを忍ばせるようなことはないと思っているが、高位の二人は暗黙のルールがあるかのようにエレナの様子を伺う。

エレナが食べたのを見て、ようやくクリスもお茶に口をつけた。


「先日は面会を申し込んでいたが、あの影響でゆっくり話すことが叶わなかったからな。いい加減落ち着いたら頃だからいいだろう」


食べ物に手をつけることなくエレナとクリスを真正面から見据えて笑顔で彼が言うと、クリスは微笑みながらそれに対応する。


「お気遣いいただいていたのですね。執務室に乗り込んできたときはどうしようかと思ったのですけれど」


トラブルの最中、部屋で待機してほしいと来賓に頼んでいるにもかかわらず、彼は堂々と抜け出てクリスのところにやってきた。

滞在期間が長かっただけではなく、その時点で、ある意味、他の人間より時間を割いたといえる。


「まあ、あれは緊急の要件だったからな。ゆっくり話すには入らないだろう」


結局お節介として扱われることになったものの、元は彼らに手を差し伸べるために訪ねたのだ。

雑談をしたわけではない。


「そうですね……」


結果的に断ったものの、あの申し出があって、彼らがこちらの味方でいてくれることに安堵したのは事実だ。

だからあまり強くは出られない。

クリスが頬に手を当てて困ったわといいたげな仕草をすると、それを話が終わった合図とみなしたのか、彼はエレナの方に視線を移す。


「ところでエレナ殿下は二日後などは終日空いていたりはしないだろうか」


彼はエレナを何かに誘いたかったのか、予定を確認してきた。

けれど、その日程は先約がある。


「その日は……」


エレナが気まずそうにそう切り出すと、クリスがそれを補うように説明する。


「申し訳ないのだけれど、その日はエレナの予定が空いていないかな」


二人が即答するため、さすがに用事がある事を察した彼は、その用件が何かを確認してきた。


「茶会か何かか?」


それならば、相手が良ければそこに入ろうという気であることが口調からも察せられる。

けれど二人は揃って首を横に振った。


「そうではなくて、孤児院へ訪問が決まっている日なのです」


クリスがエレナより早く応えると、彼は急に重たい表情に変わった。


「孤児院。そうなると慰問か何かか?」


彼からすれば孤児院というのは戦争孤児を集めているところだ。

子どもたちは皆、親を戦争で亡くし心を痛めている。

その中で、来ると言った人間が約束を反故にして行かなかった場合、彼らはその人間も戦争で死んだのかと考えるほど病んでしまっている。

そうだとすると彼らとの約束を反故にするのは心が痛む。

沈痛な面持ちになった彼に、クリスは慌てて貴国と事情が違うと説明する。


「エレナは国営の孤児院で手伝いをしたり、実験的に勉強を教えたりしていて、それで彼らの待遇改善がうまくいくようなら、他の孤児院にも範囲を広げて国家事業にしようという話になっているんです」


だから慰問とは違うとクリスが話すと、彼は真面目な顔で感心した様子になった。


「なかなかいい話ではないか」

「恐れ入ります。ですから……」


その予定をキャンセルすることはできないと口にしかけたところで、彼は思いついたように言った。


「その孤児院、私も同行できるか?」


それならば自分も視察として一緒に行動すればいい。

彼は簡単にそう申し出てきたが、相手は大国の皇太子だ。

国営の孤児院が、実質経営者である皇族を迎えるのとはわけが違う。

何より彼の威圧感は強い。

皆が恐怖で動けなくなるのではないかと心配になる。


「孤児院は国賓をご案内するところではありませんし、訪問者がどなたか知れたら、院長が卒倒してしまうかもしれないので」


そうやんわりとクリスが断りを入れようとするが、彼は行くと決めたらしく引く様子はない。


「まあ、それなら、エレナ殿下の新しい護衛ということにすればいいのではないか?護衛はついていくのだろう?」


皇太子はちらっと部屋にいる護衛の様子を見てから、自らが彼らのように護衛の真似事をするという。


「確かにエレナが孤児院に護衛なしで行くことはありませんが……」

「じゃあ、決まりだな」


彼は満足そうにうなずいているが、クリスは浮かない表情だ。

エレナに同行すると、孤児たちの相手をしたり、勉強や料理の手伝いをしなければならない。

視察ではなく、研修のような感じになってしまう可能性がある。

だからと言って彼を特別待遇できるかというと、何も知らない子どもたちがそれを許さないだろう。


「それはちょっと……、エレナがどう判断するか」

「反対されるか?」

「さすがに……、普通は反対するでしょう」


クリスは普段の孤児院の様子について報告を受けているだけに、エレナは同じことを思っているだろうと様子を伺いながらそう答えた。

しかし彼が引く様子はない。


「だが、エレナ殿下の教鞭を取る姿というのは興味深い。何より民に慕われるのはよいことではないか」


彼からするとエレナの勇姿を見る絶好の機会という事だろう。

これ以上、クリスから声を掛けてもきっと彼は応じない。

そう察してクリスはエレナに話を振る事にした。


「彼はこう言っているけど、エレナ、どう?」


クリスに話を振られたエレナは少し考えてから、気になる事を聞いて見ることにした。


「仮にここでお断りしても、孤児院の様子を見に来たりされるのですよね」


エレナがそう尋ねると、彼は躊躇いもなく肯定する。


「ああ、そうだな。潜入は得意だ。戦地ではないから余裕だな」


戦地にいれば潜入して敵陣を探ることはよくあることだから、見つからずに入り込むことができると彼が言うと、エレナはクリスと顔を見合わせた。


「潜入されるくらいなら、堂々と来ていただいた方がいいのではないかしら」


エレナの言葉にクリスもうなずく。


「そうだね……。院長が卒倒するといけないからお断りを入れておいた方がいいと思う」


彼はやると言ったらやる。

しかもここで宣言しているのだから間違いなくやり遂げてしまう。

そうなることが予見できるエレナや、彼の素性を知らない子どもたちならともかく、知っている可能性のある院長や大人たちは、彼が来たら恐怖で動けなくなってしまかもしれない。

それなら、こういう人間が視察したいと言ってきていて、当日はエレナの護衛のフリをして一緒に訪ねていくと事前に連絡しておくのが優しいだろう。

二人がそんな話をしていると、正面の彼は笑いながら満足そうにうなずいた。


「それはそうね。後で手紙を届けてもらうようにするわ」


このお茶の席が散会したら、急いで孤児院に手紙を書いて届けてもらわなければいけない。

エレナは頭の中で文面を考え始めるのだった。


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