ケインの進学
エレナが王妃のお茶会に参加する少し前、クリスとケインも進路が決定していた。
「こうして振り返ってみると、あっという間だったね」
「そうですね」
「クリス様は卒業後、やはり……」
「うん。本格的に公務のお勉強をするよ。エレナみたいに先生をつけるというより、執務室に研修に行くか、実務をこなしながら覚えていく感じだと思う」
「そうですよね」
教室の中では多くの生徒がクリスとケインの会話に聞き耳を立てている。
進学しても癒やしが減ると、男子生徒はクリスの話に落胆していた。
そんな中、女子生徒はケインの進学先を聞こうと、まだ二人の様子をうかがっている。
「ところでケインは無事に合格したんだよね。おめでとう」
「ありがとうございます」
クリスは女子生徒が肩を落としている様子を苦笑いしながら一瞥する。
「ケインは相変わらず人気者だね」
「何をおっしゃっているのですか」
「だって一部の人たちは、ケインが騎士学校に進学するって分かってがっかりしているみたいだから」
乙女のようにくすくすと笑いながらクリスが言う。
「私よりもクリス様と言う癒しがなくなることの方が皆残念がっていると思いますよ」
ケインがため息交じりにそう返すと、クリスは笑顔のまま続けた。
「皆が少しでも寂しいと思ってくれたら嬉しいかな」
クリスがかわいらしく言うと、遠巻きに見ている生徒たちからはため息が漏れた。
こうした時間を過ごせるのも残りわずかなのである。
話している内容をクラスメイトに聞かれたことで、クラスに進学先を知られた二人だったが、この時点でエレナへの報告はまだだった。
悪いことに、報告前に王妃主催のお茶会が行われたのだ。
そしてお茶会の後からエレナの様子がおかしいことにクリスはいち早く気が付いていた。
「エレナ、どうしたの?」
「なんでもないわ」
お茶会のあった日の夕食に声をかけてみたが、こちらに意識がないようで、エレナが何を思っているのか分からない。
そして、エレナは素早く食事を終えると、何も話すことなく部屋に戻って行ってしまうのだった。
翌日、いつも通り学校からケインと共に戻ると、出迎えに立っていたエレナがケインに尋ねた。
「ねぇケイン、騎士学校の寮にはいるって本当なの?」
「本当です」
ケインは一瞬表情をひきつらせたがすぐに姿勢を正して答えた。
もしかしたら、エレナは知っているかもしれないとクリスに言われていたのだ。
「寮で生活するってことよね」
「そうなりますね」
エレナは少しうつむいてつぶやいた。
「どうして……?」
「決まりなので……」
つぶやきを拾ったケインがそのまま答えるとエレナは顔を上げた。
「それはわかっているわ。でもどうして相談してくれなかったの?」
「それは……」
「寮に入ってしまうってことはしばらく会えないってことよね」
「そうですね」
「そうですねって、それだけ?確かに私は学校に通わせてもらえなかったし、学校の制度に詳しいわけじゃない。説明されてもすぐに分からなかったかもしれないわ。それでも教えてくれてもよかったじゃない」
お茶会で聞いた話は間違いなくケインのことだったのだと、エレナは悟った。
「決まってから話そうと思っていたんだ。試験の結果が出てから……」
「結果が出て、あの子達が知るまでの時間はあったでしょう?」
クリスはやはりと思った。
エレナの様子がお茶会の後からおかしかったのはケインが騎士学校に行くことを彼女たちから知らされたからだったのだ。
「もう決めたことです。学校は二年。絶対に二年で卒業してきます。それに長期休暇があるみたいなので、その時に外出許可ももらえるそうですから、その時に会いにきます。必ず連絡しますから」
エレナは自分が学校に行けなくても、クリスの帰りにケインが一緒に訪ねてくれることで、ほぼ毎日顔を見ることができる環境があったからこそ、今まで我慢できていた。
学校を卒業すればケインも家にいるのだろうから、会いたい時に会えると期待していたエレナはその事実を知らされて愕然としてしまった。
それによりによって騎士学校。
人を守ることを拒んでいたケインが騎士になりたいというのなら考えられることは一つしかない。
「ケインはそんなに戦に行きたいの?」
ケインはエレナの言葉に驚きながら、心を静めて落ち着いた声で言った。
「そんなつもりはありません」
「だって守るのは嫌なのでしょう?守らない騎士は前線に行くしかないわ」
ケインはずっと自分から離れたかったのかもしれない。
そう思うと涙が出そうになった。
「私が誰かに守られなくても良いくらいの力を手に入れればよいのでしょう?」
「何を言っているんですか……」
「わかったわ。わがままを行ってごめんなさい。私もあなたに負けないように頑張るわ」
そのまま部屋を出ていこうとするエレナをクリスは引き止めるために呼びとめた。
「あのね、エレナ」
「お兄様も同じよ!」
思わずエレナの声が大きくなる。
「こうして言われてから渋々話しているのだもの、聞かれなければ話す気持ちもなかったのでしょう?お兄様は知っていて黙っていたのよね」
「ケインから直接聞いた方がいいかなって思ったんだ、だから……」
クリスの言葉を遮ってエレナは声を荒げた。
「もういいわ!もう聞きたくない……」
二人の声に振りかえることもなく、エレナは部屋から飛び出していく。
「エレナ!」
「エレナ様!」
ケインが追いかけて廊下に飛び出したところでクリスが止めた。
「ケイン、君に追いかける資格はないよ」
「はい、申し訳ありません……」
クリスの制止で我に返ったケインはその場で足を止めた。
「……エレナ、絶対に君のそばにいられるようになってみせるから」
廊下で追いかけるのを止めたケインは、彼女の背中を見送りながらそう自分に言い聞かせるのだった。
「クリス様……」
部屋に戻ったケインは落ち着かない様子でクリスに声をかけた。
「何か嫌な方に予感が当たってしまったね……」
「あの……」
ケインが何を言い出すか察してクリスが首を横に振る。
「ケイン、エレナのことは何とかするから、進学をやめるとか言わないでね?進学してくれた方が早くケインを近くに置けるようになるはずだし、僕がそうしたいんだ」
「……わかりました」
ケインは自分の選択が間違っていたのではないかと不安になったものの、クリスの説得に応じることにした。
現国王もケインのことはよく知っているし、クリスも味方になってくれるというのなら、今の自分にできることは、エレナの側にいる地位を、今回のようなことがあった時にエレナを追いかける権利をできるだけはやく得ることしかない。
エレナのことは兄であるクリスに任せて、自分はできることに専念しよう。
ケインは自分の決心が揺らぐことのないよう、今日のことを深く胸に刻みつけるのだった。




