周囲の動向
クリスが彼の皇太子に手紙を書いてから数日、案の定、直ぐに返事が届いた。
そして今度はそこにエレナ宛ての手紙までついている。
前回の手紙は信書ではなかったのに、今回は信書にしたのは、クリスが訪問を許可したからだろうことが容易に察せられた。
流石に向こうもエレナ宛ての手紙を不特定多数に閲覧させるようなことはできないと判断したのか、前回の手紙の中にはエレナ個人に宛てたものは含まれていなかった。
とりあえずエレナ宛の分の信書も手元に届けられたクリスは、エレナに確認することなく封を切って中身を確認する。
一方的にアプローチするような内容ではあるものの、見る限り当たり障りのない内容だ。
そして、クリスと調整した日程と、その間に会えるのを楽しみにしているという一文で締めくくられている。
「向こうはどう出てくるだろうか」
一見何の変哲もない手紙を睨みながらクリスは眉間のしわを濃くする。
手紙を運んできた側近の騎士も内容を把握して、クリスと似たような表情になる。
「難しいですね。あちらがどの程度の情報を持っているのかによるのではないでしょうか」
すでにクリスの計画は実行に移された。
彼らはこの国の動向を探っているだろうから、彼らならあの男が解放されたことくらいとっくに把握しているだろう。
ただその目的が罰を与えるためと捉えているか、意図を持ってのことと捉えられているかは不明だ。
そしてもし、その意図までも全て把握されているのだとしたら、利用されるのはこちら側ということになる。
「彼はこの国のために利用されてくれると思う?」
こちらが彼らを利用しようとしている事を知ったらどう出るのか、知ったとしても見て見ぬふりをしてくれるのか、彼らの動きが読めないせいで、クリスは頭を抱えている。
「どうでしょう、流石にわかりかねます……」
騎士の答えは分かっていながらも聞かずにはいられなかったクリスは、そうだよねと呟いてため息をついた。
「そういえば向こうの様子って何か入っている?」
今回手紙を運んできた彼は、例の国の国境の伝達もしていた事を思い出したクリスがそう尋ねると、彼もきちんと頭を切り替えて報告する。
「ああ、亡命者の方ですね。あちらは現在、生活基盤を築くため商売に勤しんでいるように見えます。時折お世話になっている貴族以外の貴族の家にも出入りしているようですから、商売は順調といったところではないでしょうか」
路上での商売ではなく、貴族相手の商売ができるくらいにはなったらしい。
おそらく元々つてのあった貴族からの紹介あってのものだろうが、彼はきっとその辺りから人脈を広げていくつもりなのだろう。
経過は順調そうだ。
「噂の方は?」
「外から見ている限り特別聞こえてくるものはないとのことです」
彼の見張りとして礼の国に潜入し、何食わぬ顔で普通の生活をしている者たちによれば、特にこの国に関することや、クリスが気にしているエレナと彼の国の皇太子のことについて話に上がる様子はないらしい。
「本人の報告ではどうなの?」
一応定期的な報告は受けたばかりだけれど、別の人間の視点から聞けば、違うかもしれない。
クリスが彼に尋ねると、彼は前置きをしながらも報告を続ける。
「私が知る限りなので、少々情報が古いかもしれませんが、とりあえず彼は現地で地盤を固めているところとのことでした。新規の客人の家の出入りも、世話になっている貴族と同行のことが多いようですし、見張られている可能性を考えれば不用意な動きはできないといったところでしょう」
誰に見張られているかわからないため、言動に気をつける必要があり、慎重な行動をするしかないらしい。
少なくとも、彼の滞在はあの国の上の方まで届いている頃だろう。
そしてまだ、お世話になっている貴族の家は出られていない様子だから、継続して注意を払わなければならないようだ。
「でも追い出されたりしていないところを見ると、少なくとも今後は独立して生活していけそうな感じなんだね」
「それはそうですね……。ですがなぜそこまでお気になさるのですか?」
そもそも彼は罪人だ。
任務で亡命のフリをさせているわけではない。
破格の条件で解放したようなものだ。
もちろん計画が成功するには彼がそこに根付いてくれるのが一番なのだから、独立してくれたらいいのかもしれないが、クリスの発言は、任務や計画のためというより、彼個人を案じているように彼には聞こえたのだ。
「いや、息子さんと引き合わせたら急に生活できなくなったとかだと後味が悪いでしょう?」
「それはクリス様がお考えになるところではないのでは?」
クリスの言葉に思わず騎士が突っ込みを入れると、クリスはクスクスと笑った。
「相手は罪人だからね、本当はそうだよ。でも、相手が罪人でも、恨まれたくはないかな」
クリスは悪い事をしていなくても、恨まれたりやっかみを受けたりする立場にある。
それは分かっているし仕方のないことだとは思っているけれど、だからこそ、自分から恨みを買うような事をして、自分に向けられる悪意を増やしたくはない。
何よりこの件に関しては、その悪意がエレナに向けられる可能性がある。
実際に一度、逆恨みとも言える状況でエレナは命を狙われてしまったのだ。
その実行犯である彼の息子はまだクリスの手元にいるけれど、彼に何かあっても、息子の方に何かあっても、きっと元をたどってエレナが恨まれることになるだろう。
そしてもし、彼らを再会させたとしても、そのタイミングが悪く、牢にいるより劣悪な環境だったら、やはりこちらが恨まれるかもしれない。
彼は自分で亡命を選んだけれど息子は違う。
あちらに亡命させるより、ここにいる方が安全で環境が良い可能性がある。
下手をすれば例の国から事件隠滅のために消されそうになるかもしれないのだ。
「そこは彼がこちらの出した要件を満たした際に考えればよいでしょう。その間にあの国の情勢が変わるかもしれません」
変わるかもしれないということは、つまり今のところは何もない。
クリスとしてはとりあえず自国が安全ならいい。
それならば彼の皇太子を呼んでも問題ない、むしろ呼ぶのならあちらに動きのない今ということになるだろう。
「手紙は確かに預かったよ。報告もありがとう」
クリスが話を終わらせると、彼は退室していった。
「さて、この手紙はいつ渡そうか……」
自分の手で開封されたエレナの手紙を見ながら、クリスは一人ため息をつくのだった。




