確証を持つに足りないもの
素直にケインのところに飛び込んで行きたい気持ちと、王族としての務めを果たすためにそれをしてはならないという気持ちの間でエレナが葛藤していると、ブレンダがため息をついた。
それでは今までとあまり変わらず、エレナを先に進ませるには不十分だとすぐにわかったからだ。
「君の決意はわかった。でもまだ伝えていないことが二つはある。それをエレナ様にお伝えしてもらいたい」
確かに不足はあっただろう。
しかしそんな具体的に数を指摘されるほど足りないものがあっただろうか。
「二つですか?」
反射的に聞き返したケインにブレンダはうなずいた。
「そう。そのために君が進めている根回しの内容、進捗と、君自身の感情だ」
「進捗と感情……。とりあえず進捗については理解しましたのでそちらからでもよろしいでしょうか」
自分の感情については少しもやがかかった状態でどう話していいか分からない。
けれど自分が何をしたのか、その進捗であれば、感情に左右されることなく事実を報告するだけなので可能だ。
ケインがそう言うと、ブレンダはそれを了承する。
「順番は問わないから好きに話してもらえたらいい」
ブレンダにそう言われたケインは、再びエレナの方に向き直った。
「エレナ様、私はエレナ様に私の元に来てもらえるよう、すでに根回しを始めています。私がこのような申し出をすることについて、すでに両家の許可を取りつけてあるのです」
エレナはケインをまっすぐ見たまま目を見開いた。
「……それは初耳だわ」
ここ最近、ケインが自分と一緒にとか約束は守るとか、そういうアピールを積極的にしてくるとは思っていた。
もちろんそれが自分の婚姻関係の話である事をエレナも理解していたけれど、エレナは立場上、自分の降嫁先を決める権利を有していない。
本当に二人でこの先の人生を共に歩むことができるのならこんなに嬉しいことはないけれど、国のために生かされているエレナがそれを真に受けるわけにはいかないし、もし自分もそうありたいと返事をしてから、それが叶わぬことになってしまったら、一方的に期待を持たせることになってしまう。
大きな期待を裏切られる苦しみをエレナはよく知っているつもりだ。
エレナがその先の言葉に悩んでいると、ケインは続けた。
「少なくとも、現状で反対はされておりません。ただ、エレナ様ご本人がそれを望むのなら、という条件は付けられております」
「そう……」
エレナが自分が蚊帳の外に置かれていたことに対して諦めたようにつぶやくと、ケインはそれを否定した。
「それを国王や王妃様、クリス様はもちろんご存知ですし、賛成してくださってはいるのですが、私がそのように申し出ていることについて、その三名から伝えれば、エレナ様はそれを命令と受け止めて了承するだろうから、それはしないと。つまり私がきちんとエレナ様の了承を取り、それを報告できるまでにして初めて認めると、そういうお話になっているのです」
エレナが自分の好きなように答えれば、それは叶う。
今回はそこまで根回しをしてあるから、願いを吐き出すことを恐れなくていいんだとケインが暗に言う。
「私がここで首を縦に振れば、ケインとこれからも一緒にいられるということなのね」
「その通りです」
エレナの確認にケインは即答する。
それを聞いたエレナは、一度深呼吸をしてから、今の自分の思いを伝えるべく口を開いた。
「今まで、ケインにはずっと大変な思いをさせてしまっていたと思うわ。騎士学校に行くというのも、私やお兄様と一緒にいられる地位に早く就くため、その最短だったから選択したようだということは、随分経ってから知ったし、ずっとそうして約束を守り続けてくれているわ」
幼い頃からケインはエレナのために手を尽くしてくれていた。
騎士学校への進学が決まって寂しくなった時期もあったけれど、今思えばそれは些細なことだし、あの時長く感じられた時間も、今ではそうでもなかったと飲みこめるようになった。
でも自分はそんなケインに何も返すことはできない。
クリスはケインに地位を与えたりすることができるけれど、エレナにその力はないし、一緒にいて役に立てることもあまりない。
それなのにケインはずっとそんな自分の側にいてくれた。
それは本当に嬉しいことなのだ。
「それに私は孤児院に通い続けたい。確かに他の人に任せることもできるけれど、せっかくここまで一緒に頑張ってきたのだもの。誰かが仕事に就くことができるところまで見届けたいわ。できればその先も……」
エレナが口にしてもいい、ささやかな願いは、孤児院のことだけだ。
この先の自分の身の振り方は口にしてはいけないことだと思う。
けれど、ケインを自分のささやかな希望のために犠牲にするわけにはいかないと、自分の決心を言葉に出した。
「でも、そのためにこれ以上ケインを利用するようなことはしたくないのよ」
エレナは自分の発言の重さも、それによって人を動かすことができるのも知っている。
そしてケインがその中に入ってしまう事に、その勉強の過程で気付いてしまっていた。
だから自分の意見を明示することが命令になるのではないかと常に不安に思っていたのだ。
「それは違う、違います!私がお二人と一緒にいたいから選んだんです。そうしてほしいと頼まれたからじゃない。騎士になる選択をしたのも、全て自分がそうしたいからなのです。私がエレナ様と長く一緒にいたいと願ってしたことなのです」
自由に動けない自分たちのためにケインだけに苦労をかけている、クリスだけではなくエレナもそう感じていた。
けれどケインはずっと、自分でその道を選んで生きてきた。
ここで勘違いさせたままでは自分の人生そのものを否定されているようなものだし、何よりエレナにずっと責任を感じさせたままになってしまうところだった。
互いに気を遣ってきたが故に起きたすれ違いは、傍から見れば美徳かもしれないが、当人からすれば単に苦しいだけのものだ。
ケインとしてはここで伝えることは伝えて、押し殺して生きてきたために乏しくなった感情を絞り出して今の思いを吐きだした。
あとはエレナがどう判断するかだけだ。
「エレナ様、私とこれからの人生を共に歩む道を選択していただけないでしょうか。今すぐに答えをくださいとは言いません。ですがどうか前向きにご検討いただけないでしょうか」
ケインが最後に懇願すると、エレナは視線を下げた。
「少し……、頭を整理する時間をもらえるかしら?」
「もちろんです」
一度にたくさんの情報を与えたのだから混乱しているのは当然だ。
ケインが黙ると、ブレンダが言った。
「一度、君たちは出てもらった方がいいかもしれないな。エレナ様の側には私がいるから、少し時間をもらいたい。エレナ様、私とも少し話をしてもらえませんか?」
「ええ。そうね……」
エレナがブレンダと二人で話をするというので、ケインと同席していた同僚は席を立った。
二人はドアの外にて警備体制を取る。
そして部屋にはエレナとブレンダの二人が残されたのだった。




