催促と建前ではない気持ち
「孤児院から手紙が来ていたようだけど、行ってみてどう?」
孤児院からエレナ宛の手紙が届いていた事を知っていたクリスが、その事について、自分に何も言ってこない事を気にしてエレナに尋ねた。
「やっぱり孤児院にいる時は気を張らなくてもいいから素直に楽しめるわ。それに皆の成長を感じられてよかった」
明るさを取り戻したエレナを見てクリスは安堵しながら微笑んだ。
「窮屈な状態が続いたからね、気分転換になったならよかったよ」
「ええ。それに、孤児院については、文字を覚えた次の新しい課題も見えてきたわ。どうにか実績として残せればいいのだけれど」
知らない所で孤児院と次の話が進んでいて、それに関する手紙らしい。
もしエレナのいましていることが国家事業として進めて行く際、知らなければならない内容の事だったら困る。
その場の勢いというものもあるだろうから、何でも確認しろとは言えないけれど、報告に上がってきている内容に、別途やり取りをしなければならないようなことはなかったはずだ。
「課題?それが院長からの手紙の内容?」
クリスが確認するとエレナはうなずいた。
「そうなの。できる仕事を増やすために文字の読み書きを勉強しているけれど、勉強を頑張っても仕事に就けなければ、やる気が削がれてしまうでしょう?でも、一人でも、今いる子の中からなら、騎士以外の新しい仕事に就く人が出たら、勉強は無意味じゃないって理解されると思うの。できることなら、皆のやる気のあるうちに、そこまで達成したいと思っているわ。だから今は、皆と院長とも相談して、読み書きの次は計算かしらって、そんな話をしていたのよ。それで院長には文字を覚えたら市井でどんな仕事に就けるのか、院長がどんなところになら斡旋できるのか教えてほしいと頼んでおいたの」
エレナの言葉を聞いたクリスが、今日もエレナについている事情を知っていそうな護衛騎士の方を見ると、彼は一度だけ首を縦に振った。
それが事実ということならば、進んでいる方向は間違っていないし喜ばしいことだ。
でもそろそろ、エレナにはもうひとつ、孤児院のことで押しやられてしまっているか、見ないようにしているのか分からない現実と向き合ってもらわなければならない。
「そうなんだね。それはとても大切なことだし、先のことを考えたら、その実績はとてもありがたいものなんだけど、そういう話になっているのなら教えてほしかったかな。でも、その話はそのまま進めてもらって構わないよ。でも、孤児院の事だけじゃなくて、できればもう一つの大切なこと、エレナ自身のことにももう一度目を向けてほしいかな」
ここで現実を突きつけるのが酷な事は分かっている。
しかし目を逸らしておくわけにはいかない事情がある。
作戦を開始し、順調に進んでいることが確認できた以上、猶予はないのだ。
「もう一つ……、そうね」
エレナはすぐにその内容に思い至ったのか表情を暗くしたが、それでも、このまま手遅れになるよりはいいと、クリスはその意思をはっきりと伝える。
「エレナがどうしたいか、孤児院への訪問を再開して、見えたものがあるでしょう?それと、自分自身がどうしたいのかを比較して、よく考えてみてほしい。建前じゃなくて、正直な気持ちの方がより相手に伝わるし、それを伝えてくれた方が嬉しいことは、エレナが一番よくわかってるでしょう?それは私も同じだからね」
「そうよね……」
それでもまだ、どうしても自分の思いを前に出しにくい。
そうしたら引けなくなってしまうし、叶わなかった時のことがどうしても頭をよぎってしまうからだ。
「今回は遠慮とかしないでほしい。今度こそ、エレナの希望を通してみせるから」
クリスが強く訴えるとエレナはしぶしぶうなずいた。
「わかったわ。少し、時間をもらえるかしら」
「そうだね。あまり長くは待てないけど」
「ありがとう」
エレナが現実を突きつけられてため息をつくと、クリスが一つ提案をする。
「ああ、そうだ。もし、ケインと話したいなら、ブレンダを呼んで、人をさげていいからね」
「でもブレンダだって忙しいでしょう?」
ブレンダも騎士の仕事があまりできないと口にしていたものの、暇な訳ではないはずだ。
少なくとも王妃教育が続いている。
エレナが心配してそう言うと、クリスは首を横に振った。
「こっちの方が大事な話だし、問題ないよ」
今回のエレナの判断は国にも大きな影響を及ぼすものだ。
エレナの希望を叶えるために動くつもりであるとはいえ、それを妨害しようとする者が必ず現れる。
その時のためにも、エレナには多くの味方を作っておいてもらいたい。
その一人がブレンダだ。
ブレンダなら自分が気が付く前に変化に気付く可能性もあるし、今の立場ならブレンダが先んじて対処することも可能だ。
クリスが動けない時、エレナを助けてもらいたいと思っているし、エレナにはブレンダがそうしてくれると信じてもらいたい。
それにブレンダならクリスとは違う目線でエレナの意見を吸い上げてくれるはずだ。
こんな適任者はいない。
それにエレナと話すことが、王妃教育で根を詰めることになっているブレンダの気分転換にもなるかもしれない。
後はエレナがそれを受け入れてくれるかどうかだけだ。
「じゃあ、そうさせてもらいたいわ」
遠慮していたエレナがクリスに押される形でそう答えるとクリスは小さく息を吐いた。
「わかった。ブレンダにエレナのところに行くように伝えておくよ」
「ええ。お願いするわ」
クリスとの話を終えたエレナは、気落ち様子で立ち上がると、部屋へと戻ることにした。
ケイン始め、他の護衛騎士はそんなエレナと少し距離を置いて後を追う。
エレナと距離のできたところで、すぐブレンダに自分のところに来るようにと伝達すると、クリスは自分もブレンダに話を聞いてもらって頭を整理した方がいいかもしれないと、大きくため息をつくのだった。




