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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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アイデアの商品化

久々に師匠がエレナの刺繍を見るために王宮を訪ねると、片隅で掃除を行っている使用人の姿が目に入った。

使用人が頭にかぶっている布は前に見た者と同じく白いが、光の加減によって模様が浮かび上がるように見えた。

案内をしている人に思わずあれは何かと尋ねると、その人はすぐに使用人の一人を呼んできて説明をさせた。


「こちらは、エレナ様がデザイン、刺繍をされたものでございます。私たちにプレゼントとしてくださったのです」

「このデザインをエレナ様が……?」

「はい。これは大判のハンカチですが、掃除でこのように縛る時にデザインが出るよう考えて作ったということで、皆、掃除の時はエレナ様デザインのものを使わせていただいています。お洒落なので気に入っております」


使用人は布のデザインが見えるように屈んだ。

白い布に白い糸で丁寧な刺繍が施されている。


「まあ、そうなのですね。お仕事中お引き留めしてごめんなさい。ありがとうございます」

「いいえ」


呼ばれた使用人は掃除に戻り、師匠はエレナの元に案内された。



エレナは頭に巻くハンカチに刺繍をはじめていた。

掃除のときも料理の時にも使えるという大判の布を手に、時々頭にあてて刺繍の位置を確認している。

最近は白いものばかり作っていたが今日は師匠が来るということで自分用のカラフルなものを久々に考えていたのだ。

師匠はエレナが刺繍をしている最中にやってきた。


「エレナ様!そちらはどうされたのですか?」


刺繍を見てもらうため工房から呼んだ師匠がエレナの手に持つ刺繍された布を見て驚きの声を上げた。

エレナは先ほどのものとは違い鮮やかな刺繍を手にしている。


「どうって……私が作ったの。確かに白い布のほうが汚れた場所がすぐにわかるし、毎日何枚も使うものみたいだから、そのままでもいいのかもしれないけれど、これをつけたら楽しく作業ができるかしらって思って……」

「あの……失礼しました。少し興奮してしまいまして」

「あら、どうして?」

「いえ、そのような商品を今まで見たことがなかったものですから……。そういえば、なぜエレナ様がそのようなスタイルを考えていらっしゃるのですか?お菓子作り……ですか?」


エレナがお菓子を作るようになってから、何度かお菓子を渡されていた師匠が言った。

しかし今までそのようなものを身に着けているのを見たことはない。


「ああ、これは掃除の勉強の時にね、こういうものをつけておくと髪も汚れないし、周りを汚さなくていいって教えてもらったのよ。でも、教えてもらったときは白い布だったから、つけた時に髪飾りのようなアクセントがあったら使うのが楽しくなるかしらって思って、この位置に刺繍をしてみたの。似合っているかしら?」


手に持っていた布を当てて見せるエレナに、師匠は困惑しながら確認する。


「はい。大変お似合いですが……掃除でございますか……?」

「ええ、市井の皆は自分の家を自分で掃除すると聞いたからやってみようと思って教えてもらったの」

「そうでございましたか」


掃除も社会勉強の一環として体験したと言われて、エレナにその必要はないとは口に出すことはせず続けた。


「あの、掃除をしている使用人の方が使っているのも……」

「ええ。公務の前はね、水回りのお仕事をしないようにって言われてしまうの。だから時間がたくさんあるから刺繍でもって作っているのだけれど、ただ作っていても使われないものが増えるだけだし、楽しくもないから、だったら使ってもらえるものを作りたいわってお父様とお母様にお願いして、規定に合う、お仕事で使えるものを考えてみたの。使ってくれている人がいて嬉しいわ」


エレナの前で使用人たちが掃除をしていることは少ない。

師匠が来る時にたまたま掃除をしている人が残っていて、その人が使ってくれていたということだろうと解釈してエレナは素直に喜んだ。


「そんなにたくさんあるのですか?」

「ええ、暇つぶしも兼ねて作ったものはこのくらいあるわ」


エレナはカゴから溢れんばかりになっている刺繍の山を師匠に見せた。


「最初は私が使うためにって作っていたのだけれど、色のついているものはお仕事では使えないのですって。だからカラフルな刺繍は私が使おうと思っているのだけれど、ここまでくると作りすぎよね……。師匠に何を見てもらおうか悩むのだけれど……」


作っていたものをテーブルに置いて完成品の中から良いものを見てもらおうとエレナがカゴの中を漁り始める。


「いえ、技術は今手元でお作りになっているもので分かります……。かなり上達されているので驚いているくらいです」


しかも暇つぶしと言いながら、使用人の分を全て刺繍し、さらにカゴの中には山のような刺繍、これで上達しないわけがない。


「ところで……その……そちらなのですが……」

「これがどうかしたの?」

「それを当店で商品化させていただくわけにはいかないでしょうか?エレナ様がお考えになったものということはもちろん案内いたしますし、きちんと商品化に必要な契約なども結びます」


突然の話にエレナは首を傾げた。


「これが役に立つの?」

「はい。制服を揃えるのにも苦労する市井の中であれば、このようなものは喜ばれると思います。高価な服を買い替えることはできませんが、こういうものでしたら単価も安いので庶民にも手にしやすいのです。エレナ様のように、これでおしゃれを楽しもうと考える人にはとても良い商品になるでしょう」

「これが役に立つのなら、いくつか持って帰ってもらってもいいのだけれど、やっぱりプロに素人の私の作ったものを渡すのは気が引けてしまうわ。師匠たちならもっと素晴らしいものをたくさん作れるはずだもの」


家庭教師にお礼に渡したり、ケインや家族に刺繍をしたものを渡すのとは違い、さすがに師匠にプレゼントをするのは引け目を感じていた。

だからこそ作ったお菓子を渡していたのだが、師匠は刺繍したものが欲しいという。


「いいえ、エレナ様、このデザインは大変素晴らしいと思います。このようなものをどのようにお考えになったのですか?」

「最初は私もただの白い布を使っていたの。でもそれだとつまらないから頭に巻いて縛った時に見える位置に刺繍を入れようと思いついたのよ。いくつか作っていくうちにこの位置には刺繍を入れない方が縛りやすいとか折り目をつけやすいとか分かってきたから、そこに縫い目ができないようにして、あとは、何度も洗うなら糸を一度洗って色を落としてから使うと白い布に色が写りにくいって洗い場で教えてもらったし、少し自分なりに工夫もしてみたの」


完成品を広げてデザインの説明をするエレナに師匠は聞き入っていたが、思い切って話を切り出す。


「そうですか……。やはり素晴らしいものですね。お言葉に甘えていくつかいただいてもよろしいでしょうか?……それで、その、こちらのデザインを当工房で使用する許可をいただければと思いますが、そちらはいかがでしょう?」

「それは構わないけれど、どうしたらいいのかしら?」

「できましたら契約書か許可証の発行をお願いしたく思います」


師匠はこれを逃すまいと食らいつく。


「わかったわ。お父様に相談すればわかるわよね。聞いておくわ」

「ありがとうございます。なにとぞよろしくお願いいたします」


その後、エレナに見せられた刺繍にアドバイスを終えると、師匠は嬉しそうに帰っていくのだった。



実は工房では新たな販路を考えているところだった。

貴族を相手にすると、顧客を維持するのに接待などでお金がかかる上、乗り換えられたら大口の取引先を失うことになり、工房の経営が立ち行かなくなる可能性が高い。

貴族となる家は数も決まっているので、常に工房同士で取り合いをしている状態なのだ。

そういうことがあっても工房を維持するためには、市井の者を相手に商売を始めるか、街の外にも売れるような商品を考えるしかない。

そこにエレナが日常に使える商品を考えて、王宮内で広めているのを目撃した。

本人にそのつもりはなくとも、王宮の皆が積極的に取り入れているくらいなのだから、使いやすいのだろう。

エレナに話を聞けば、何度も洗える、刺繍があるのにちゃんと縛れるなど、実用性を重視して考えられたことがよくわかる。

エレナ本人は役に立つなら使っていいとまで言ってくれているのだ。

このチャンスを逃す手はない。



その後エレナの口添えで無事に使用許可証が発行され、この大判のハンカチは販売が開始された。

王宮では掃除の際、使用人が同じ刺繍の布を身につけている、そしてこのデザインはエレナが考えたという宣伝文句が話題となり、工房には注文が相次いでいた。

最初はエレナの考えた者をそのまま採用し、既製品として販売していたが、デザインの一部が変更できることが知れると、お店のマークを目立つところに入れたいなどの相談も多くなった。

同じデザインの平らな布ならば保管にも困らないし、何よりサイズの違う個人の制服を仕立てるよりはるかに安く済む。

こうしてエレナの考えたデザインの実用的な大判ハンカチは、エレナの知らないところで、急速に市中へ広がっていくのだった。


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