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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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騎士の熱弁

院長への返事に続けて、彼は今日の勉強での子どもたち、女性たちの様子を伝えて話を締めくくった。


「彼らは仕事に就くことができるのかどうかということを心配していました。一番希望している職でなくても、働けるようになりたいと。 でもそこにはまだ遠いと思い込んでいるようすでした。実際仕事なんてやりながら覚えることも多いはずなのにです。だから、仕事の選択肢がたくさんあると、勉強を進めながら、こういうことが得意ならこういう仕事はどうかと、提案を含め、一緒に伝えていくのがいいと思いました。せっかく仕事を得ても本人が辛かったり、長く続かないのであれば意味がありませんから」


文字の読み書きで仕事の幅は広がるかもしれない。

けれど、そこで得られる仕事が彼らに合うとは限らない。

今までより可能性が広がるとはいえ、苦痛を伴う仕事を続けるのは本人のためにも良くないだろう。


「そこまでお考えくださっているとは、私ではそこまで思いつくことはできませんでした」


院長が大きく息を吐くと、彼はまだ話しを続ける。


「それは今までの環境もありますし、過去に失敗したこともあったと聞いています。院長ご自身もお忙しくされていたでしょうし、孤児院の運営にもご苦労されているのですから、すべてをできるとは思いません。ですが今は我々がおり、制限はあれど手伝うことができます、です からご検討ください。もし、自分たちが外で仕事ができると、その自信を持てていたら、孤児院があのような貴族に付け込まれることもなかったでしょう。本来ならば同じ貴族として、恥ずべき行為を謝罪すべきなのかもしれませんが、できましたら教育水準を上げて、前に来たような貴族の甘言に惑わされずにすむよう、彼らにも自衛をいただきたく思っております。我々はそれができるようサポートすべく動いているのです。この孤児院のようにすべての子が やる気を出してくれるところはまれかと思いますが、エレナ様の始めたこの取り組みを他の孤児院でも取り入れることによって、全体の改善を目指しているのです。ですからご協力をお願いいたします」

「こちらこそ」


彼がそう言って頭を下げると、院長も彼に頭を下げた。



院長だけではなく、エレナですら彼の言葉に驚いていたが、さすがに真面目な表情を繕ったまま聞いていた。

とりあえず彼が話を終えたところで、エレナが頭を下げっぱなしになっている二人に言った。


「二人とも頭を上げてちょうだい」


そういうと、お礼の応酬になっていた二人がようやく顔を上げて動きを止めた。


「話は分かったわ。私も仕事ができるようになるとは言ったし、そのつもりでいたけれど、彼の言う通り、私も皆がどのような仕事に就ければいいのかあまり良く考えていなかったところがあるし、そこは私も反省しなければならないわね」


エレナがこれまでの事を反省すると言い出したことにあせったのは院長だ。

料理が改善しただけでもありがたいのに、さらには文字まで教えてくれているのだ。

それでなお、足りないなど、そんな事は考えた事もない。

それに文字が分かるようになったら、それができると幅広い職に斡旋するのは自分の仕事だ。

今までの貴族は金だけおいて、権力を見せ付けて帰っていくだけだったのに、それ以上のことまで考えてくれるなどいくら頭を下げても下げたりない。


「いえ、そのようなことは。そもそも教育を受ける機会そのものが貴重なのです。文字が読めれば一段高い仕事に就ける、仕事の選択肢が増えるというのは間違いありませんし……」


今までエレナのしてきた事は間違っていない。

確かにそれらがある程度で切るようになったらよくは出てくるかもしれないが、まずはできるようになることが先だ。

同時に、騎士に指摘されるまで、現状に満足してその先のことは何も考えていなかった事に気づかされた。

彼のアドバイスは的確だったのだ。

けれどエレナは彼の言葉を重く受け止めていた。


「文字の読み書きは一般的にできる方がいいことだと思っているから、これまでのことが役に立たないとは言わないわ。でも、どうせなら結果につなげたいと思うわ。希望する子としない子がいると思うから無理にとは言わないけれど、確かにこの状態で文字だけを覚えたら、騎士の勉強をするために基礎をやっているのと変わらなくなってしまうもの」


エレナの言う事ももっともだ。

確かに子どもたちの一番の憧れが騎士である以上、彼らは文字を覚えればまず騎士を目指そうとするに違いない。


「騎士を目指せる可能性が増えるだけでも、あの子たちには充分な希望となります。そこまで面倒を掛けるわけには……」


仕事のことまで面倒をみてもらうのは、流石に過剰だ。

欲を出して、そんなことまでしてもらうわけにはいかない。

何より子どもたちがそこに依存するようになっても困る。

院長がそれをどう説明するか悩んでいると、それを察したのか、先程まで意見を出していた騎士が再び意見する。


「さすがにこちらで仕事先を探してくることはできませんし、正直斡旋するのも難しいでしょう。ですから院長が彼らに斡旋できる仕事と、そこで必要になる知識や教養について少し教えていただきたいのです。教える側にも準備が必要になりますから」


自分が言いだしたことだからと、うまく話をまとめると、院長はその話に乗っかった。


「わかりました。そこまでおっしゃっていただけるのでしたら、広くはありませんが、私が斡旋できそうな先を考えておきます。急なことですぐに浮かばず申し訳ありませんが……」


さすがに今すぐ一覧を作ってというのは、誰が考えても無理な話だ。

院長だけではなく、ここにいる誰もが、この勉強範囲で就ける可能性のある仕事をすぐさま提示できないのだ。


「そうね。私もすぐには浮かばないもの。斡旋できるお仕事については手紙でもらえればいいし、その後の方針については次回以降話しましょう。まだ時間はあるのだもの。それに少し話に熱が入りすぎているように思うわ」


エレナがそう言うと、彼は珍しく動揺を見せた。


「申し訳ありません。熱弁するつもりはありませんでしたが、院長の貴重なお時間も取ってしまいました」

「いえ、私の事は気になさらないでください」


騎士の熱弁は自分たちの将来を考えてのことだ。

本来やるべき自分ができていないことをしてもらっているのだし、この程度の時間は惜しくない。

何より自分がすべき事に気づかせてもらったのだ。

感謝しこそすれ、迷惑などとは思わない。

そうしてまた、互いに頭を下げ始めた二人にエレナは声を掛ける。


「じゃあ今日はここまで、ということでいいかしら?あまり遅くなってもお互いよくないと思うの。院長も仕事があるでしょう。手紙も急がないけれど待っているわ」


そうしてその日は話し合いを終えて、孤児院訪問は終了したのだった。

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