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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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勉強の先にある不安

彼らに不安があるのは、成果を自分で実感できないからだと、エレナはすぐに理解した。

学校に行く事もなく、一人で勉強をしたり、他の事を学んだりしていたエレナも、正直勉強に関しては自分がどのくらいできているのかはわからない。

ただ、文字が読めて書けるだけだと思っている。

けれどここに訪問するようになる前にエレナはクリスの執務の手伝いを経験していた。

そこでようやく自分の勉強してきたことが、仕事でも応用できると実感できたのだ。

彼らもきっと彼らは過去のエレナと似たように感じているのだろう。

しかし勉強を怠らず、いざ仕事を渡されたらクリスに教わりながらとはいえ、エレナは仕事を手伝う事ができた。

けれどそれが他の仕事に通じるのかは分からない。

全ての言葉を理解していないと仕事ができないと思っていたと言われたエレナは、思わず護衛騎士に助けを求めるように見上げた。


「そんなことはないと思うのだけれど……」


実際のところ学校にも通ったことはないし、職に就いた事もない。

そして文字の読み書きができなければ就けない仕事をしている身近な者は、護衛騎士しかいない。

ただ彼らは優秀なので、もしかしたらエレナ以上に言葉も知っていて、彼女たちの言う通り全ての言葉を理解しているのかもしれない。

だから思い込みで間違った事を答えるわけにはいかないとエレナはそう考えたのだが、先ほどの言葉に思うところがあったのか、彼らはエレナの質問に即答した。


「ないですね」

「ありません」


騎士だろうがなんだろうが、知らない言葉は知らない。

試験はあくまで必要な文章の読み書きができるかどうか確認するものであって、専門的なことは中に入ってから学ぶことも多い。

当然、知らない言葉があったくらいでその任を解かれるようなことはないのだ。


「騎士様も騎士になった時、まだわからない言葉とかあったの?」


そう質問を受けて騎士の一人がその問いに答える。


「もちろんだよ。たくさん勉強して騎士の試験に合格したって、まだまだ知らないことはたくさんあるし、専門用語……、例えば普通に暮らしていると使わないけれど、騎士になるなら覚えて置かなければいけない言葉とかたくさんあって、それは仕事ごとに違っているから、そんなところまで全部知らなければいけないわけじゃない。普通に話している言葉を、皆はすでに話せるから、あとは文字で読んだり書いたりできるようになればいい。そこまでできたら仕事をしながら勉強していけばいいし、たくさんの文字を覚えたら、だんだん新しいものが出てきても早く覚えられるようになる。皆だって、最初は知っている数字の一文字を読んだり書いたりするのに苦労してたけど、今は聞いたら書けるようになってるだろう?」

「うん」


騎士に聞き返されて考えた子どもたちは、うなずいた。

そして女性たちもその説明に納得する。


「言われてみれば、市場とかで値札の文字はわからないのも多いけど、値段はあまり考えることなく読めるようになってるかも。あと、騎士様の言う通り、勉強も最初の一文字とかは覚えるのに時間がかかったけど、今は数が増えていてそれを全部復習してるのに、次の文字に進めるくらい時間が残ってるから、それって書くのが早くなってるって事よね。あまり気にしなかったけど」


買い物のため、市場に買い物へ行くことのある女性は、意識していなかったけれど日常生活で他の文字に触れる機会があることから、意識していなかっただけで、勉強の成果を実感できる場面があったようだ。

けれどそれは買い物に行くほんの一部の女性たちだけで、大半がその経験がないからか首をひねる。

ただ、同じことができるようになったら理解できるのかもしれないと、希望が少し見えたのか、表情は明るい。


「読めるんだったらあとは書けるようになればいいし、書くのだっていろんな文字を書いていたら、なんとなく形を見ただけで他の文字もそれっぽく書けるようになるから、あんまり心配いらないよ。エレナ様は正しい書き方を教えてくれているけど、文字なんて書き順が間違っていても、その形になっていて、見た人が自分が書いた文字を正しく読んでくれたら、まあ、なんとかなるからさ。確かに間違えた順番で覚えない方がいいけど、いくつか文字が書けるようになったら、何となく他の文字も似たような書き順だし、順番を間違えちゃいけないって思い込んで、書くことも怖がる必要はないんだ。そうじゃないと予習だって怖くてできないし、試験の時に書き順を忘れたらその文字を書いちゃいけないってなってしまう。実際は書き順が違っても、自分の書いた文字を相手が読めればいいんだよ」


騎士の言葉は分かりやすく説得力があるのか、皆がその一つ一つに聞き入っている。

説明が終わるとまた子どもの一人が質問の声を上げた。


「騎士様は今でもお勉強とするの?」


その質問ににっこり笑った騎士は答える。


「もちろん。皆にこうして文字を教えているエレナ様も、お仕事を覚えるためにお勉強してるんだぞ?」


そう言って彼はエレナの方を見た。

それと共に子どもたちの視線もエレナに集中する。


「姫様も?」


エレナをじっと見上げるように小さな子がそう言ったことで、しばらく聞く側に回っていたエレナは我に返った。


「ええ。私もまだ全部の文字はわからないし、お仕事で出てくる言葉の中にはわからないものもあるわ。だから私は、お兄様に聞きながらお仕事をしているの。お仕事によってそのお仕事でしか使わない言葉というのもあるから、お仕事を始めても覚えることはたくさんあるけれど、それを勉強したり覚えたりするために、今覚えている文字が役に立つと思うわ」


文字の勉強をしてもその先にまだ勉強がある。

そうなると仕事ができるようになるのは、孤児院の役に立てるようになるのは、自立できるのはいつになるのか。

身に付いたという実感のなさと、先の見えない部分に、教わる側は少し不安そうにしている。

エレナはそれを払拭するように笑顔で言った。


「とりあえず今日の分の勉強を進めてしまいましょう。それから時間があったらこの話の続きをしてもいいと思うの。だって皆は早く文字を覚えて仕事ができるところまでいきたいのでしょう?」

「はい」

「それなら、まずはこの表の文字を全部覚えるところからよ。確かに先は長いけれど、それを心配しても前には進めないし、勉強だけをしていると、本当にこれが世の中の役に立つのかって心配は、私も感じたことがあるけれど、それも通過点だと思うの。刺繍だったら最初はうまくできなくても、目に見えて上手になったら分かるけれど、お勉強ってそういう目安が分かりにくいから不安になるのも分かるわ。だけど皆が、その不安に打ち勝って仕事に就いているはずよ。だから皆でその不安に立ち向かいましょう」


エレナがそう鼓舞すると、子どもたちはまっすぐにエレナを見てうなずき、女性たちは、ここで挫折をしたら過去と同じようになってしまうと、踏ん張る事を決意する。

ここでエレナに見放されたら勉強する機会も、仕事を得られる可能性もついえてしまう。

もちろんこのままでも何とかなっているけれど、それを改善できるかもしれないのなら、エレナを信じてついていくしかない。

久々の勉強の時間はこうしていつもより遅く始まったのだった。

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