女性たちの気遣い
「姫様!」
エレナが調理場に一歩、足を踏み入れると、準備をしていた女性たちが一斉にそこに注目し声を上げた。
エレナは入口近くで立ち止まって皆の声に答える。
「久しぶりね。今日も一緒にお願いね」
「もちろんですよ!」
女性たちはそう言ったエレナに嬉しそうに答えた。
もしかしたら怪我をしているのでは、どこか不安があったり落ち込んだりしているのではないか、そうだったら自分たちに元気づけられるだろうか、普段エレナからもらっているものが多い分、少しでも自分たちが役に立てないだろうか。
女性たち皆がそんなことを考えて気負っていた部分があり、エレナがいつも通りで安堵する。
同時に自分たちもいつも通り振る舞えばいいのだと、一気に力が抜けた。
「今日も、サラダとスープを作ればいいのかしら?要は野菜が少ないのね」
材料を確認したエレナは、自分が何を作るのかを確認しながらそう口にした。
「はい。あ、でも、待っている間に、葉物野菜をちぎるのは終わっちゃいました。姫様が来ると思ったら落ち着かなくて」
そう言うと、すでにちぎられた野菜の入った入れ物をエレナに見せた。
そこにはすでに取り分ければ使える状態の葉物野菜が入っている。
「手持無沙汰になってしまって、だったら作業しちゃおうかって、ねぇ」
「他の食材は同調理に使うか分からなかったんでそのままにしておきましたけど、これも別の調理方法で使う予定だったらごめんなさい」
いつもはエレナが来てから葉物野菜をちぎっている。
いつもちぎっているからやってしまって大丈夫だろうと思って下ごしらえのつもりで作業してしまったけれど、エレナが材料を見て、それらを新しい料理に使う可能性を考えていなかった。
やってしまった後で気がついても手遅れだけれど、エレナにはこの状態から料理を考えてもらうしかない。
野菜が少ないとエレナに言われるまで、そんなことに気が回らないくらい、彼女たちも落ち着かなかったのだ。
「問題ないわ。そのまま食べるにしても、スープに入れるにしても、一度その形にしなければならないもの。むしろ下ごしらえが終わっていて続きからできるからいいと思うわ」
葉物野菜が一人一つずつ割り当てられるならともかく、これらを皆で食べるならちぎって分けなければならない。
だからどちらにせよこの形にするしかないのだ。
エレナが問題ないというと彼女たちは顔を見合わせてうなずいた。
「よかった!それで今日はどうするんですか?」
彼女たちに聞かれたエレナは少し考えてから言った。
「そうね、特に新しい料理ではないけれど、いつも通り大鍋に刻んだお肉を入れて炒めましょう。お肉の半分は茹でた芋と混ぜてサラダに乗せて、あとは芋と野菜とお肉の入ったスープかしら?お肉に火が通ったらそこに水を入れて皮を剥いて切った芋を茹でましょう。芋に火が通ったら、半分くらいはあげてボウルで潰してそこに先にあげておいたお肉を混ぜて味を整えればいいわ」
「わかりました!」
三人いる女性たちがそれぞれ芋、肉、鍋につく。
「私は……、どうしようかしら?」
普段なら葉物野菜をちぎる人員が必要だがその作業が終わっているため、指示を出すとエレナも護衛騎士たちも手が空いてしまった。
思わずエレナは彼らと顔を見合わせる。
「姫様は、私達の作ってるのを見て間違ってたら指摘してください。あと味見係をお願いします。一番大事ですよ、味見!」
鍋を火にかけて油を温めている女性が振り返ってそう言う。
確かに味見は一番大事かもしれない。
それは作った人がした方がいいのではと思ったけれど、彼女たちは彼女たちなりにエレナに気を使ってくれたのだろう。
そう察したエレナは、彼女たちが手際よく料理をしている様子を、普段葉物野菜をちぎるのに使っている台の側にある椅子に座って観察しながら、味見に呼ばれるのを待つことにした。
そしていつもと違う調理場の入口の様子も時折ちらちらと気にかける。
結局エレナが味見に呼ばれたのは、潰した芋と肉を混ぜた者が完成した時と、スープが完成した時だけだった。
彼女たちは普段から料理をしている事もあり、自分が見るまでもなく充分美味しいものになっている。
エレナが問題ないというと、彼女たちはじゃあこれでと言って、できたものを食堂に運ぶ準備を始めた。
入口にいた子どもたちも手伝おうと思っていたようだが、小さい子が熱い鍋やたくさんの食器を運ぶのは危ない。
女性たちは子供たちに道を開けるように言うと、手伝うことを諦めたのか大人しくそれに従って、食堂に向かった。
最初はエレナたちにもやらなくていいと気を使ってくれたのだが、調理もしていないしそれでは何のために来たのか分からないとエレナが言えば、食器などを運ぶのを手伝いという仕事をくれた。
「あの、姫様、お怪我とか大丈夫なんですか?」
食器を持ち上げようとしたエレナに一人がそう尋ねたのでエレナは首を傾げた。
「怪我?特にしていないけれど……」
「本当にどこも?」
「ええ。まあ、襲撃直後に擦り傷とか痣がなかったとは言わないけれど、日常生活に支障の出るような怪我はしていないわ。そんな状態だったら、もっとここに来るのは遅くなってしまっていたと思うの。たぶん部屋からも出してもらえなかったと思うわ」
矢の一本でも当たっていたら、きっとエレナは王宮どころか部屋からも出してもらえなかっただろう。
怪我も病気もしていないから外に出られているのだと説明すると女性たちは笑みを浮かべた。
「そうなんですね。よかったです」
「私達は帰った後だったんで見てないんですけど、次の日、買い物に街に出たら大騒ぎになってて、大量の矢を受けたって話だったから、療養してるんじゃないかって。他の騎士様がわざわざ心配してきてくれて姫様は忙しいだけで元気だとは教えてくれたんですけど、もしかしたら無理してきてくれたんじゃないかって」
「騎士様が来た時、姫様が皆が巻き込まれていないか心配しているから様子を見に来たって言ってて、確かに危険だから外に出られないって言われれば納得なんですけど、本当は怪我をしたりしてて、心配掛けないようにそう伝えてくれてるんじゃないかって……」
口々にそう応える彼女たちの言葉を聞いて、エレナは皆が自分のことを本当に心配してくれていたのだと胸が熱くなるのを感じた。
「皆、本当に心配してくれたのね。ありがとう。でも本当にどこも怪我はしていないの。私は、私とその家族は、ここにいる優秀な護衛騎士に守ってもらって無事だったのよ」
そう言ってエレナがケイン達を紹介すると、皆の視線が一気に彼らに注がれる。
本日同行しているベテランの一人は、当日クリスの護衛にあたっていたのでエレナの側にはいなかったけれど、エレナのために身を呈して戦ってくれた二人はここに来ている。
でもそんな細かいことを彼らに説明する必要はない。
護衛騎士の皆が、自分たち王族を、エレナの家族を守るために動いてくれたのは変わらないのだ。
エレナが改めて護衛騎士をそう称賛すると、女性たちも子どもたちも目を輝かせて彼らを見るのだった。




