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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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過去の残像

「やはりあの件ですか」


ケインはエレナが過去に叶うと信じた夢を砕かれた苦い過去を指してそう言った。

あれからエレナは、夢や希望を持つ事を放棄したかのように、自分から何かをしたいということは少なくなった。

それを口にする時は、大体自分のことではなく他人が関わっていることで、表面上自分の希望という言葉を使用しているだけで、実際はその他人のために自分にできる事をしたいという内容に帰結してしまう事が多い。

けれどもともとエレナは我儘を言う子ではないので、大人になったのが理由ではなく、あの件がエレナをそうさせているのだと二人は理解している。


「本人はそんなそぶりを見せないし、何も聞いていないけど、引っ掛かっているとしたらたぶんそうだと思う。意識的に避けているのか、無意識でそうなってしまっているのか、それは分からないけどね」


クリスはケインの提案を直接聞いてはいないけれど、少なくともエレナが喜んでくれるだろうものであった事を察していた。

だからこそ、エレナが悩んでしまっている可能性が高い。

そんな夢みたいな話を信じていいのか、本当は夢であったり、また前と同じように目前に控えてな方ことにされたりするのではないか、詐欺ではないのかと、慎重に考えているに違いない。

叶わなかった時の事を考えると、ケインの事は信用していても、その話が実現することを信じるのは怖いのだ。


「本当にそれだけなのでしょうか」


ケインがつぶやくとクリスは首を傾げた。


「どういうこと?他にも何か思い当たることがある?」

「いえ……。私はエレナ様に自分が選んでもらえるよう努力はしたつもりですが、エレナ様の周囲には多くの優秀な方々がおります。エレナ様もそれは認識されているでしょうから、自分と同じ立場の他の人が声を上げた時、エレナ様がどうお考えになるのかはわかりかねます。その可能性があるなら、他の人と、という考えをお持ちの可能性もあるのではないかと……、同僚にもクリス様にも背中を押していただいているのに、情けない考えだとは思いますが、正直不安です」


思い当たる事があるかと聞かれれば、それはない。

でもそれはエレナの行動範囲が狭いからであって、学校に通ったりしていたら大きく変わっていたかもしれない。

そんなことが思い浮かぶ辺り、国家の重鎮と呼ばれる地位にいる者たちが、自分たちの親族と縁を結ぼうと考えて、エレナを害悪から守ると称してここに閉じ込めていた人間と自分が大差ないように思えてならない。

どこかで、エレナが学校に行くことがなかったから、自分を尊重してもらえているように思っているのだ。

そうでなくても、エレナの周囲にいる人たちは、クリスが厳しい目で人選しただけあって、誰もが優秀で、人間性も優れている。

正直にいえば、自分をサポートしてくれているルームメイトは自分と同級で年齢的には問題ないし、領地は継げなくても貴族だし、彼は優秀な頭脳を持っている。

エレナが形にできず迷っていることを口にするだけで、彼はそれを形にするための案を簡単に出して、実現に向けて動貸す力を持っている。

自分が知る限り、自分ではない相手で安心してエレナを任せられるのは彼しかいないと思うほどだ。

でもそう考えると同時に、彼の持つ能力が自分にはないものだから自信がなくなったり、勝手に嫉妬心を持ってしまったりすることもある。

自分を一番信用していないのは何だかんだで自分自身なのだ。


「そう……。その答えはエレナが出すものだから、それに関して私がしてあげることはないかな」

「はい」


思わず弱気な事を口にしたケインに、クリスはそう言った。

ケインはクリスもエレナの意見を尊重してくれるのだと、その言葉に安堵していると、そこにクリスが質問する。


「あと、もう一つ確認があるよ」

「何でしょう」


エレナの事でこれ以上話すことはあっただろうかとケインが考えていると、クリスは微笑みながら言った。


「前に、エレナの近衛騎士から昇進して私の、皇太子の護衛騎士にって話を受けるって答えをもらっていたけど、それはエレナの相手として箔をつけるためだったと思うんだ。ないと思うけど、もし、エレナが違う選択をしたとしても、ケインは、私の護衛騎士になることを望んでくれる?」


ケインがエレナの意思を尊重すると話したため、エレナには皇太子を選ぶという選択肢ができてしまった。

万が一、噂が先にエレナの耳に入ったり、皇太子が何かをしかけて来てエレナがそれに乗るようなことがあれば、ケインの今までの努力は無駄になる。

エレナの側にいるために護衛騎士になったので、これまでのことはエレナノ側にいる口実として収めてもらえるかもしれないが、直近のタイミングでクリスの護衛になってしまえばその分エレナと過ごす時間は減ってしまう。

ただ、このタイミングを逃すと、次いつ、ケインをその地位に引き上げられるか分からないのも事実だ。

しかしそれに関して、ケインはもう覚悟を決めていたようで、迷うことなく答えが返ってきた。


「それは、そのつもりです。もしエレナ様が他の肩を伴侶に選んだ場合、私に残るのは身を立てるために努力し得た地位しかありません。ですから、その希望を下げるつもりはありません。それに、私はいずれ領地を継ぐ身です。私が皇太子の、もしくはその時の現王の護衛騎士をしていたと聞けば、少なくとも引き継いだ際に侮られることはないでしょう」


領地を継ぐことになるのはエレナがいてもいなくても変わらない。

これは幼い頃から家の決定事項だ。

何かあれば親戚に譲ることもできるだろうが、それではここまでの自由を許してくれた両親に申し訳ない。

だからここで得た地位が少しでも両親の名誉に、領地の箔に繋がるのなら、例えエレナを迎えられなくてもマイナスになることはない。


「確かにそうだね。じゃあ、そっちはそのまま進めてしまおうと思う。とはいえ配置転換の形で処理されちゃうから、申し訳ないんだけどね」


事件の事が表に出せないため、昇進ではなく、配置転換として処理される。

厳密にはエレナの護衛騎士というのがクリスに認められなければ就けない地位なので、内部の印象と外部の印象で優劣の基準がずれている所もあるのだが、今回は対外的な部分を考えての配置転換だ。

すでにエレナの護衛騎士をしているケインなら、何かあっても安心してエレナの元に送れるし、関係を知っているエレナの護衛騎士たちとの意思疎通もうまくできるはずだ。

ただ、ケインが希望していた、エレナの側にということだけが、時間的に難しくなってしまう。

しかしすでにケインにはその覚悟があるようなので、そこは割り切ったということだろう。


「例えどういう流れで就いたとしても、自分がその職にあったことに変わりありません。それに、騎士になると決断したのは、エレナ様だけではなく、クリス様とも友人として過ごしていきたいと願ってのことなのです。領主になればお仕えする領民の代表としてお会いできるかもしれませんが、今の段階では騎士として勤める事が、今の関係を維持するのに必要なことと思っております。私はエレナ様がいなくとも、クリス様とこうして気易く話ができる関係を続けたいのです」


クリスとエレナと、三人で仲良く過ごしたい。

そのためにケインは頑張ったのだ。

どうしても学校に一緒に通ったりしていて、エレナと離れている時間が長かった上、性別が異なることもあり、エレナと接触する方が難しいからエレナと関わりを持つ立場を優先してしまっているが、本来は三人と過ごせればそれでよかった、少なくとも初心はそうだったし、今もその気持ちは変わらないのだ。


「ありがとう。ケインには甘えてばかりで申し訳ないなって思っていたんだけど、私としてもケインとこうして話している時間がとても心地いいんだ。だからそう言ってもらえると嬉しいよ」


想定していなかった言葉に驚きながらもクリスは心から喜んでいた。

ケインもそれは理解できたけれど、自分の口にした事が少し恥ずかしくなって、それを画すべく頭を下げた。


「いえ、ありがとうございます」


頭を下げたケインに、思わず謝罪の言葉をかけたくなったクリスだが、それをどうにか飲み込んで別の言葉を投げかけた。


「そろそろ戻った方がいいのかな。ケインの考えを確認できてよかった。エレナのことはもう少し様子を見ることにするよ。とはいってもそう長い時間は与えられないと思う。こちらから何かしなくても、エレナの耳に噂や他の人の声が届いて、エレナはそれに動揺するかもしれない。もしエレナに自分で判断をって考えているのなら、その辺りの情報が耳に入らないようにした方がいいと思う。エレナはあの時のように諦めてしまうかもしれないから」


自分の仕組んだこととは言わず、あくまで自然の流れと説明したクリスが、その事に少し罪悪感を持ちながら言うと、ケインはそれを妹の事を思っての言葉と捉えて答えた。


「それは、もう二度と、させたくありません」

「私も同じ気持ちだよ。辛い役回りばかり任せて申し訳ないけど、エレナをよろしくね」


ケインの勘違いを利用してクリスがそう言うと、ケインは再び頭を下げた。


「かしこまりました。では、失礼いたします」


そうしてケインはエレナの護衛勤務へと戻っていったのだった。

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