ふがいない護衛
彼らがそんな話をしている間も、中で大きな変化は感じられなかった。
おそらくエレナは部屋にこもって、一人物思いにふけっているのだろう。
二人がちらちらと部屋の方を伺いながら再び話をしようとしたその時、思いがけない人間がこちらにやってきた。
二人はその人物を認め、口を閉ざすと姿勢を正し敬礼する。
「ブレンダ様」
敬礼して迎えられたブレンダは苦笑いを浮かべる。
皇太子妃になる人間として周知されてのだから仕方がないのかもしれないが、今までがお辞儀と挨拶ですむ近しい関係だっただけに、彼らと少し距離を感じて複雑だ。
同時に彼らがそれだけ立場をわきまえているということでもある。
とりあえずブレンダは二人に敬礼を解くように言ってから確認を始めた。
「エレナ様はお部屋ですか」
「はい。お一人になりたいと」
「そうか」
エレナが一人になりたいと部屋にこもったという話を聞いたブレンダは、廊下で話声がしても開く様子のないドアを見てため息をつく。
おそらく手前でお茶を飲みながらではなく、奥に引っ込んでいるのだろう。
ノックをしなければ中にいるであろう侍女たちもドアを開けるようなことはしないだろうから、エレナと話をするには中にお伺いを立てる必要がありそうだ。
ブレンダがそんなことを考えていると、ケインが珍しく自分から質問を投げかけた。
「あの、クリス様とは何か」
「少し話したが、どうかしたか?」
「いえ……」
ブレンダがどこまで知っているのかを確認したかったケインだったが、さすがにブレンダは口が固い。
クリスと会って話をしたことは分かったけれど、ブレンダの答えから具体的な情報は引き出せなかった。
そのため、ケインがその情報を得ることを諦めようと下がると、ブレンダはケインの求めている答えを想定して、間接的に答えにつながるような言葉を添えた。
「君には相談できる相手が隣にいる。でも、エレナ様にはいない。だから話を聞いて、いや、エレナ様から相談を受けても問題ない私が力になれたらと思ってね……」
詳細は分からないが、とりあえずブレンダがエレナを心配してここまで足を運んでくれたようだ。
自分たちではダメでもブレンダなら、きっと彼女もそう思ってわざわざ来たに違いない。
「お声がけしますか?出てくださるかわかりませんが……」
自分たちでは中の様子は分からないけれど、安否確認として声をかけるくらいはできる。
中にブレンダがきたことを伝えますとルームメイトが気をきかせて申し出ると、ブレンダは首を横に振った。
「私が直接声をかけた方がいいでしょう。顔を見なくとも相手がわかった方が中の者たちも安心できる」
男性の護衛騎士たちが外に出されている状態ということは、中には女性たちしかいない。
それなら同性である自分が声を掛けた方が中の人間も安心できるだろうとブレンダが言うと、彼は納得してすぐに引いた。
「そうですね。外に出された私たちを仲介するよりいいと思います。外部の方なら別ですが、ブレンダ様は、お身内も同然ですし」
きっと彼のこういうところをクリスは買ってエレナにつけているのだろうとブレンダは思う。
さすがに同性でも通常なら許可は出せないとルームメイトが暗に伝えると、ブレンダも彼の心遣いに気が付いて笑みを浮かべた。
「そう言ってもらえると助かるよ」
ブレンダが言うと、そんな恐れ多いとルームメイトは首を横に振った。
そして自分たちも困っていて、むしろ助け舟が来たと思ったのだと伝える。
「いえ、いくら護衛騎士でも身の危険もない王女の居室に、追い出されたにもかかわらず、ただ心配だからという理由で踏み込んで行くわけにはまいりませんし、とりあえず外で待機していたのです。それにこちらには当事者がもう一人いますので……」
「申し訳ありません」
とりあえずルームメイトが事情を説明し、ケインが謝罪をして頭を下げる。
彼らも普通ならエレナのそばを離れる事はしない。
けれどこのうち一人は完全に当事者だ。
ルームメイトだけでも中にという選択肢はあったかもしれないが、彼も結局ケインとの方が関係が深いのだから、エレナから見れば、情報が筒抜けになる可能性があるのだから彼がいるのも気分はよくないはずだ。
だから拒否されて、こうして少し距離を置くしかなかった。
「まあ、仕方がないな。ああ、でも別に悪い事をしているわけではないのだから、何も自分を責めることはないし、謝る必要もない。けれど君たちはもうしばらくここにいてもらうことになるな。護衛対象が見えない所にいるのは、真面目な二人からすれば気が気じゃないだろうが」
自分も護衛騎士をしていたのだから、真面目な彼らの抱える不安はよくわかる。
ブレンダがそれでもここでどうにかしようとしている二人を労うと、彼らは頭を下げた。
「そうですね。ですがここが今私達がいられる一番近い場所になりますし、本来であれば護衛対象であるブレンダ様にこんなことを言うのはこちらの恥かもしれませんが、ブレンダ様がお近くにいてくださるだけで、安心度が上がります」
ルームメイトがブレンダに感謝の意を伝えると、ブレンダはそれを素直に受け取った。
「個人的には騎士としての腕を買われるのは嬉しい。エレナ様の事は任せてくれ」
「はい。お願いいたします」
ブレンダの心遣いを受けて、ふがいないと思いながらも二人の護衛騎士は感謝の意を伝えるため、再び頭を下げたのだった。
「エレナ様、ブレンダです」
ブレンダがそう声をかけると、少しして中から声がした。
「ブレンダ?」
想定外にも、そこで答えた声の主はエレナだった。
外の声を聞いて反応しなかったのは、周囲の音が聞こえないくらい考えることに没頭していたかたかもしれない。
刺繍や読書などで集中しているとあることなので、思い返せばそうだとしても不思議ではない。
もしかしたら侍女がブレンダが来ている事をエレナに伝えて、それに驚いたのかもしれない。
「護衛騎士を外に出してまでお悩みですか?とりあえず中に入っても?」
中でも外でも会話ができる状態なら、ここから声をかければ返事があるだろうとブレンダが声を張ると、中から了解の返事が来た。
「ええ、わかったわ」
エレナからの返事を聞いてケインもルームメイトも安堵した表情を浮かべる。
そしてルームメイトはブレンダが中に入りやすいよう、それとなく自分たちは引き続き外で待つと伝えた。
「我々はこちらにおりますから、いつでも呼んでください」
「わかった。頼む」
そう言ったブレンダは部屋をノックした。
「失礼します」
そう言ってドアを開けると、ブレンダは部屋の中に吸い込まれていくのだった。




