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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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司法取引と達成条件

エレナといったん話を終えたクリスは、すぐさま自分の決意を実行に移すことにした。

早速向かったのは、すでに拘束されている取り引きのできそうな男のいるところだった。


「ちょっといいかな」


見張りのいる牢に監禁されている彼にクリスが声をかけると、黙って座ってうつむいて身動きをしなかった男は驚いて顔を上げた。

そして檻を挟んだ外にいる人物を認めてさらに驚き、思わず立ち上がると、思わず壁が背に着くまで後ろに下がった。


「ク、クリス様ではございませんか……何でしょう?」


彼がここに来るなど、いよいよ処刑なのか。

前触れもないのか。

それとも、何か違う話があるのか。

クリスとはこの前話をしたばかりだし、もう自分に出せる情報はない。

もしかしたら自分は用済みになったということかもしれない。

でもクリスは、息子のことは考慮してくれると言っていた。

けれど自分の発言が真実であることは立証できていないし、きっと裏も取れていない。

それが終わるまで息子は解放されないはずだ。

つまりここで自分が失敗したら、願った息子の命に関わるかもしれない。

そんな恐怖が、自然とそのような行動を彼に取らせたのだが、クリスは頬笑みを浮かべたまま小首を傾げた。


「ちょっと相談があるんだ。取調室まで来てもらっていいかな。前に少し話したあなたに追加される不名誉なことなんだけど、ここでは話しにくいからね」


そう言われて男は我に返った。

そう言えば自分がどんな不名誉を追加されるのか説明されていなかった。

それを背負い、かぶることを条件に伝言を伝えてもらえることになっている。

やり取りはまだ続いていると言えるのだ。

全てを吐きだして終わったわけではなかった事を思い出した男はクリスに頭を下げた。


「か、かしこまりました。お供させていただきます」


すると牢が開けられ、騎士に量脇を固められる。

もちろん逃げることはしないけれど、自分は罪人なので、これは当然の扱いだ。

そうして牢を出た男は、前を歩くクリスの後ろを距離を開けてついていき、以前にも入ったことのある取り調べ室へと再び足を踏み入れたのだった。




男が取調室の中に入ると、騎士がドアを閉め、両側が解放された。

監視の目が緩んだ訳ではないけれど、騎士との距離ができたことで少し窮屈さがなくなったため思わず小さく息を吐く。

けれど入口のドアの中、少し進んだところに立ったままの男は恐る恐る口にした。


「あの、相談とは……」


平民上がりとはいえこれでも一応貴族となった男だ。

先に入ったクリスがすでに聴取をする側の席に座っているからといって、自分も黙ってその向かいに座ればいいというわけではないことくらいは理解している。

この場面では声をかけられるまで座ってはならない。

どうせすでに罪を犯しているのだし、近々処刑されるのだからと思えば気にすることはないが、息子の事を思えばまだ自暴自棄な行動は控えるべきだ。

彼はそう判断し、クリスに用件を聞こうと口を開きながらも目を泳がせ、その度に視界に入る騎士とクリスを確認する。

もちろん口を開いて指示を出したのはこの場における最高権力者のクリスだ。


「まあ、長くなるからとりあえず座ってよ」


クリスの様子がほとんど変わらない。

平時であればいつもにこにこと穏やかに微笑みを浮かべているクリスを可愛らしく思い呆けてしまうところだろうが、こういう場面ですらいつもと変わらないというのは恐怖でしかない。

これを見てしまうと、普段も機嫌がよさそうに見えて、実は腹には常に何か抱えているのではないかと思ってしまう。

表情で感情を悟らせないというのは、こういうことを言うのだろう。

成り上がりであるから生粋の貴族ほどのプライドはなく、相手の機嫌を取るためにこびへつらうことはできても、ここまで感情を相手に悟らせないことはできない。

同時に読み取ることもできないのだから、自分の未熟さを痛感する。

ここに来て、本物の貴族、そして王族の怖さのようなものを目の当たりにすることになるとは思わなかった。



とりあえず座るよう促されたのに動かず相手を待たせる行為は失礼にあたる。


「かしこまりました。では失礼いたします……。それで……、その……」


言われるがままクリスの向かいに座ったものの、落ち着かない男は、底知れない恐怖から思わず余計な言葉を口から滑らせる。

それをクリスは早く話してほしいと促されているのだろうと感じたのか、ごめんねとでも言わんとするかのように微笑むと、早速内容を話し始めた。


「ああ、そうだね。ちょっと、とあるところから広めてほしい噂があるんだけど、協力してくれないかな」

「噂ですか?」

「そう」


とあるところ、そう言うのだからその場所が危険ということだろう。

そもそも自分がその場所にたどり着けるのか、足を踏み入れられるような場所なのかという懸念がある。


「私に行ける場所、できること、でしょうか」


そもそも行くことが不可能な場所であれば達成は叶わないし、噂の内容も相手によっては伝わりにくい事もある。

都合の悪いことは、どの場所においても隠ぺいされる傾向があるからだ。

それにその噂の内容と場所の組み合わせが悪ければ、自分が流したと判断された時点で命の危険もある。

詳細を聞いてしまったら、やらないという選択肢がなくなるので、知りすぎない程度に、引き受けなければならない仕事に対して探りを入れる。

クリスは男のその慎重な様子に感心しながら、少し良い条件を話の中に織り交ぜる。


「あなたにならできなくはないことかもしれないことかな。商人として培ってきた交渉力を活かしてもらいたいんだ。でもね、命がけだよ。情報戦が苦手、とかだったら今回の話は、なしになるんだけど、私はあなたにもチャンスを与えたいと思っているんだ。どうだろう?」


クリスは男にもチャンスを与えるという。

つまりもし成功したら男の首もつながるということだろう。


「それは、私と息子が処刑されないようにする代わりに、命がけとなる命令に従えということでお間違いないでしょうか」


彼が直球で確認すると、クリスはやはり微笑んで、それからうなずいた。


「さすがだね、理解が早くて助かるよ。でも、噂を広める必要があるからそういう根回しや情報戦はやりたくないってことだったら無理にとは言わないよ。だって失敗したら命を失うかもしれないんだから」


命がけで情報を広めてこい。

内容によってはそれを口にした初回で命を失うかもしれない。

しかしここで首を縦に振らなければ、きっとその内容を教えてもらうことはできないだろう。

それと同時に、自分はクリスが与えようとしている最後のチャンスを棒に振ることになる。

これで自分の命が潰えたとしても、息子が生きるのに寄りよい条件が与えられるのなら受けるべきだろう。

それにもしかしたら、その行動をしている間に、自分にも生きる道を与えてもらえるかもしれない。

一度捨てかけた命だけれど、生きることが叶うのなら。

戦争に参加してこいという話ではなさそうなので、命を無駄に散らすのではなく、本当に自分の命運を自分で握るだけなのだ。

それが先に分かっただけで条件を受け入れる価値はある。

彼は覚悟を決めてクリスから持ちかけられた取り引きを、前向きに引き受けることを決めたのだった。

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