人を使うということ
クリスが学校から帰り、部屋に戻るとすぐにノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたのは、騎士の一人だった。
あまりクリスの前に姿を見せることのない騎士は緊張した面持ちで言った。
「クリス様、この先一週間の警備担当が決まりました」
「ありがとう。確認するよ」
そう言ってクリスが可愛らしい笑みを浮かべて情報を受け取ると、笑顔を向けられた騎士はそのかわいらしさに思わず見とれてしまったが、すぐに我に返ると頭を下げるとすぐに戻っていった。
騎士を見送ったクリスは、早速渡されたメモを広げて警備の予定を確認した。
メモによるとブレンダが夕方まで一緒なのは二日後と七日後らしい。
クリスは先にケインに話しておいてよかったと安堵した。
この日程であればおそらく早い方を選ぶことになるだろう。
日付は未定としていたものの、こういうことが行われることは伝えてある。
それが伝えた翌日だと言われても、おそらく断られることはないはずだ。
それにこういうことは早く終わらせたい。
エレナがブレンダと話したいという要望を、早いうちに叶えておけば、二度目以降の間隔が空いても催促されることはないと考えている。
それに今回わりと直近の日程でブレンダの勤務が二回入っているので、その翌週、彼女が自分の警備につく可能性はあまり高くない。
もしエレナに聞かれてもそう答えれば納得してくれるだろう。
後はエレナにこの話を持ちかけるだけだ。
そんなことを考えているうちに夕食の時間が近くなったため、クリスは食堂に向かうことにするのだった。
その日、家族が揃い、いつも通りの夕食が始まったところで、クリスは早速エレナにブレンダの話を切り出した。
「エレナ、次にブレンダが夕方の護衛につく日が決まったよ」
「まあ、本当?」
エレナは嬉しそうにそう言った。
クリスにはエレナが続きの言葉を待っているのがよくわかる。
「早いと明後日、その後だと一週間後かな。エレナはブレンダのためにお菓子を作りたいんだよね。どっちがいい?」
エレナはクリスにお茶会の日付を確認されて首を傾げた。
自分はどこかに出かける予定がないのでいつでもいいのだが、材料などの手配が必要かもしれない。
自分で作ったことがないので、普段から使っているものだけで作れるのかどうかもわからないのだ。
それに先日、動物の解体中に訪ねたため、料理人たちに気を使わせてしまったことも気になっていた。
「そうね……調理場に確認して、材料のこととか、調理場の使える日を教えてもらった方がいいかしら?」
エレナが言うと、話を聞いていた王妃が間に入った。
「あら、それなら料理長を呼べばいいじゃない。呼んできてくれる?」
王妃の一言ですぐに使いが食堂を出て料理長を呼びに行く。
「こういう確認は早いほうがいいのよ?」
「ありがとうございます」
エレナとクリスがお礼を言うと、そのタイミングで呼び出された料理長が慌てて食堂に現れた。
「お呼びでしょうか……」
夕食のタイミングで呼び出された料理長は恐る恐る尋ねた。
料理に何か不備でもあったのかと不安で仕方がない様子である。
「突然ごめんなさいね。エレナが明後日か一週間後のどちらか都合のいい日に、調理場でたくさんのお菓子を作りたいと言うのよ。都合を教えてあげてくれる?」
その言葉を聞いて、夕食には問題がなかったと安堵した料理長は、慌てて取り繕って答えた。
「あ、ああ、その件でございましたか。すでにエレナ様にはお話を伺っておりまして、材料の準備はできております。また、どちらの日程も大きな行事はございませんので、お好きな日程をご指定いただいて問題ございません」
その答えを聞いた王妃は笑顔でうなずくと、エレナに尋ねた。
「ですって。どうするの?」
エレナはすぐに答えを出せずにいるとクリスが代わりに答えた。
「じゃあ、明後日にしようか。一週間後よりは警備が変更になる可能性は少ないし。エレナはどう?」
クリスに促されてエレナも同意する。
「ええ。私も早くお話したいわ。料理長、明後日でいいかしら?」
「はい。かしこまりました。お待ちしております。それでは失礼いたします」
料理長は要件が終わると、すぐに食堂から下がった。
すると王妃がエレナに言った。
「エレナ、自分でできることも大事だけれど、人を上手に使うことも大切なの。最近のエレナはちょっと自分で色々とやりすぎているわ。それでは貴族として家を守ることはできないわよ?」
「家を守る?」
「そう。貴族として家の切り盛りをするということには、下に仕えているものを上手に使うということが含まれるの。自分ができるからやってしまっていたら、雇われている人はやらなくていいのだから、サボるようになってしまうし、雇っているものから見下されるようになったら、彼らの中から言うことを聞かなくなる者も出てくるわ。それではだめでしょう?」
「はい……」
母親の言葉にそう返事をしながらも、さっき料理長が急な呼び出しに焦っていたのは可愛そうだと思ってしまった。
そして、母親に見つからないようにこっそり謝ろうと考えるのだった。
その日の夕食後、エレナはお茶会のことを考えて気を紛らわせようとしていた。
暗い部屋に一人でいて少し気を抜いた途端、頭の中に先日、調理場に横たわっていた動物のことが思い出されて気分が悪い。
当日、どうにか肉を食べたことで、それ以降、食事の時間に思い出すことはなかったが、またあの調理場に入らなければならないと考えた途端、その光景が頭に浮かんで消えなくなってしまったのだ。
お菓子を作りに行くので目的は違うし、当然そこに動物の姿はないのだが、調理場に行くと考えるとどうしてもその時のことが浮かんでくる。
お茶会はとても楽しみだが、本当は気を紛らわせるために考えたいわけではないので、少し複雑な気分である。
しかし、これを乗り切れば一人前に慣れるのではないかと、どこか前向きな自分もいた。
これで怖いものがひとつなくなれば、自立した女性に近づけるのではないかと心を鬼にして立ち向かったり、途中で気分が優れなくなったり、怖くなったり、そんなことを頭の中で繰り返す。
結局エレナは、夜明け前まで寝付けないまま、一人葛藤を続けることになるのだった。




