ブレンダからの助け舟
客人が退室するのを見送りながらも、クリスは担当の護衛に、それとなく彼らの後に続くよう指示した。
彼らはあまりのことに動けずにいたが、クリスに言われて我に返って、慌ててその後を追って出ていく。
彼にはこちらからも護衛と称して監視役を付けているが、あの様子ではうちの騎士が置いてかれた部下のように見えてしまう。
実際彼には相手にされてもいないだろうが、彼らから見たら滑稽に映っているかもしれない。
しかしそうであっても、形の上でも最大限彼らに礼をつくしたことにしておきたいので、誰かを付けるしかないのだ。
そうして人が減って静かになった部屋で、今度は残ったメンバーを振り返って見ながら、クリスはため息をついた。
「話が終わったらエレナをこっちに呼び戻すつもりだったのに、あの方は突然エレナにお礼を言いに行くってここに押しかけて行っちゃったんだよ。驚いたでしょう?本当に自由な方だから、驚いてしまうよね」
「ええ。前触れもなくドアが開いたから驚いてしまったけれど、その姿を見たら納得できたし、もういつもあのような形で登場される方ってことにしておくわ」
ため息をついたクリスに、エレナは微笑みながら答えた。
彼の国の皇太子は、いつもそのオーラを引っ提げて颯爽と現れる。
彼が歩いていれば、周囲の者が端に避けて皆が道を開ける。
だからドアも、同じように彼を通さなければと思って、勝手に大きく開いたのだと思えばいい。
きっとこれからも彼が来るたび同じようなことが起こるに違いない。
彼はどこにいても誰の拘束も受けず、自由に行動できる人間なのだ。
隙に外出もできない自分とは違う彼を少し羨ましく思いながら、エレナは微笑みの中に複雑な感情を隠した。
「エレナが大丈夫ならいいんだけど……、ブレンダは?」
クリスがその隣にいるブレンダにも確認をすると、ブレンダは苦笑いを浮かべながら答えた。
「私も特に問題ありません。エレナ様同様、あの方はそういうお方と心得ております」
「そう……」
とりあえずブレンダにも動揺した様子は見られない。
あとは騎士たちにも話を聞きたいところだとクリスが考えていたところに、エレナが言った。
「ねぇ、先程の話はどういうことなの?私を外して話していたのは、彼の先ほど言ったことと関係があるのかしら?」
さすがに鈍いエレナでも、前の事を考えれば、彼がどういう意味で使ったのかは察せられた。
しかも彼は、迷うことなくクリスの前で堂々と、名実ともに姫となれると言ったのだ。
だとすれば彼は、きっと事前にその発言に関する何かしらの許可を求めたに違いない。
そこにどのような話し合いが行われたかは分からない。
けれど自分の話をするのに蚊帳の外にされるのは気分が悪い。
あの皇太子の自由な行動を見てしまった後だから、なおさらだ。
エレナが少しきつめの口調になりながらそう尋ねると、クリスは微笑みながら答えた。
「まぁ、そうだね。申し出のようなものはあったけど、とりあえず親交を深めるところからってことにして収めているよ。もしエレナにあの国へ嫁ぐ意思があるのなら前向きに検討するけれど、そのつもりはないって知っているからね。それに、その話はちょっと出たくらいで、実際は例の襲撃事件の話がメインだよ。相手国に対処するのに力を、軍事力を貸そうかと言われたんだ」
その条件の一つにエレナをと言われたようなものだが、エレナを外に出すことにはならなかったのだから、とりあえずそこは伏せておこうとクリスが話をまとめると、今度はブレンダがため息をついた。
「なるほど。そういうことですか。それでクリス様はその話をお断りになったのですね」
「さすがブレンダ、よくわかったね」
これ以上エレナに突っ込まれてはクリスが困るに違いない。
話を逸らせる必要がある。
クリスが話しにくい内容を察したブレンダがクリスにそう言うと、その助け船をクリスは素直に受け入れる。
「この国が、彼の国の力を借りて戦争を起こすなんてことは、国民総出で願い下げです。その辺の感覚が少し彼らとこちらでは違うように思っております。すでに攻め込まれている状態であれば助けを要請するかもしれませんが、今回の件を引き金にこちらから攻め込めばいい。そして制圧するほうがいいとあちらは考えたのでしょう」
ブレンダの説明を聞いてクリスは感心してにうなずいた。
「ブレンダはあの場で話を聞いていたかのように当ててくるね」
「これが全てではないでしょうけれど、概要くらいならさすがに察しがつきます。クリス様の護衛として何度か目にはしておりましたし」
「ああ、そうだよね……」
ブレンダは彼が訪問してきた時に護衛としてついてもらっていたことがあるので、その言動を見ている。
もちろん、その時に会話をしたわけではない。
今回、婚約者として隣にいて初めて挨拶を交わした相手である。
そして客観的に見ることのできた過去の言動から察せる範囲であっても、彼が持つのは武力の強さだけではないことが容易に理解できた。
そんな彼のターゲットがエレナなら、当然先ほどの軍事力の引き換えにエレナとの関係進展を要求したはずだ。
でもエレナにその話を知られたくない。
だから濁して話を始めたのだろう。
それならば、クリスの希望通りになるよう話を持っていってあげるのがいい。
けれど状況は知っておく必要がある。
彼はまだこの建物の中にいるのだ。
どこで出くわすか分からない。
そう考えれば全く触れないわけにはいかないので、ブレンダは慎重に言葉を選ぶ。
「とりあえず丸く収まったと考えていいのですか?」
ブレンダが尋ねると、クリスは首を横に振ろうとしたのを止めてまっすぐにブレンダを見た。
「彼らがいる間は気が抜けないけど……、彼としては急いでも焦ってもいないし、何かあれば手を貸してくれるという感じだね。一応食糧の件では恩があるからこちらの考えを尊重するって。そういうところは義理堅いし信用してもいい相手なんだけどね。時々変なタイミングで仕掛けてくるから気が気じゃないんだよ」
「それは、そうですね……」
直前に仕掛けられたばかりだ。
そしてクリスの話では、特に焦っているわけではないということなので、時間をかけて落としにくるつもりなのだろう。
エレナの様子を見る限り難攻不落だと思われるが、彼はそういうやりとりも楽しんでいるに違いない。
そんなことを察したブレンダは、ちらっとケインを見てから、クリスの方に視線を戻すと、小さく息をついたのだった。




