名実ともに姫として
「それにしても、彼の国でも皇太子殿下の護衛に女性騎士がいるのね。殿下はかなりの実力があるのでしょう?その中でこうして選ばれるなんて、あなたも相当の実力があると言うことよね。素敵だわ」
エレナがそう切り出すと、彼女は首を横に振った。
「いえ、あくまで護衛とは名ばかりです。もちろんその覚悟はありますが、基本的にエレナ殿下のおっしゃる通りご本人で何とかしてしまわれるので……。ですが女性に会いに行くのに男ばかりで押しかけるわけにはいきませんからね。こういう時は女性騎士に護衛という名の付き添いを頼むのですよ。他国に配慮してのことです」
自国であれば問題ない。
女性と男性が二人になることなど、戦場ではままあることだし、それで女性の名誉に傷がつくことはない。
男性の中に不届きものがいないわけではないが、それから身を守る術は、戦いの中で学んでいる。
仮に戦場で捕虜になればもっとひどい仕打ちを受ける可能性があるのだから、そもそも捕まらないようにする基本的な技術は幼いころから叩き込まれている。
けれど他国ではそうではないらしい。
男性と二人になったという事実だけで、一方的に女性は不名誉な噂を流され、尊厳を傷つけられる。
こちらとしても、悪意があるわけではないし、女性を同行させるだけで円滑に話が進められるのなら、その配慮をすればいいだけのことだ。
そう考えた皇太子殿下は、今回、エレナと面会できることを前提として彼女をこの場に同行させた。
女性の目線からエレナの印象を聞いてみたいということも言われていたので、エレナを女性目線から見定めるという役割も担っている。
ブレンダはどちらかというと彼女の役割は後者だと思ったらしいが、人を見る目も戦場で数多の人間を見てきた皇太子殿下には敵わない。
「女性の騎士は、かっこよくて、強くて、憧れるわ。私は剣すら思うように使えていないし、いざという時に役に立つどころか足手まといになってしまうくらいなの。本当はお兄様たちを守れるくらいになりたいのだけれど、そこまでの道のりは長そうだと思っているわ」
エレナの言葉を聞いた女性騎士は思わず疑問を口にした。
「エレナ様は騎士になりたいのですか?」
エレナはその質問を受けてすぐに首を横に振る。
「そうではないけれど、自分の身は自分で守れなければと思っているの。先日もうちの護衛騎士に挑んで負けてしまったのよ」
「エレナ様……」
ケインが言葉を遮ろうとした時にはすでに遅かった。
「エレナ様が護衛騎士と……。この国の護衛騎士はそんなに弱いのですか?それとも護衛対象より強いことを誇示しなければならないような何かがあるのでしょうか?」
護衛騎士よりも皇太子が強い、強いものに従うことを是とする自国なら分かる。
しかしこの国を始め多くの国では権力のある力の弱いものが、金銭やその他の報酬と引き換えに強いものを護衛として雇っているはずだ。
そしてエレナは、威圧感は十二分に備えているが、武力を持ち合わせていない。
誰の目から見ても弱いことが分かる。
むしろか弱い部類に属するだろう。
しかも本人が剣すらうまく振れないと口にしている。
それなのにそんな彼女を守るべき騎士は、彼女に本気で挑まれる程度なのか。
彼女はそれを確認すべく声を上げた騎士、ケインの方を見る。
彼を見る限り、騎士としては問題なさそうに思われるので、普通に考えればエレナが勝てるわけがない。
ではエレナが無謀な人物という判断をすべきなのか。
話している限りそれも違う気がする。
彼女が少し混乱しながらも状況を整理しようとするとエレナが言った。
「そうではないわ。私が強ければ、護衛騎士も安心して戦えるでしょう?だって、私に目を掛けながらでは戦うことに集中できないし、彼らも能力を発揮することができないじゃない。それに先の戦で戦った武将は自ら先陣を切ったというわ。だからそういうものに憧れているというだけの話よ」
そこまでエレナが言った時、突然ノックもなく大きくドアが開いた。
返事を聞かないどころか、許可を待つ事もなく部屋に入ってきたのは彼の国の皇太子だった。
後ろには苦笑いを浮かべているクリスの姿がある。
二人が中に入ってきたので三人は立ち上がろうとするが、それは先に入ってきた彼の国の皇太子殿下に制止された。
そして先に口を開いたのは、後に入ってきたクリスだった。
「お話中に邪魔をしてしまってごめんね」
ドアを開けて侵入したのは客人だけれど、抑えることができなかったのは自分だとクリスが謝罪すると、彼女は思わず立ち上がって、自国の皇太子とクリスを見た。
「クリス様。改めてこうして見ると相変わらずお美しいですね。それから謝罪の必要はございません。うちの者が我儘を言って押しかけてくる事になったのでしょう?」
彼女は自国の皇太子の性格をよく把握しているようだ。
クリスは安堵して微笑んだ。
そして、エレナの話を少しドアの向こうで聞いていたクリスが続けて話を進める。
「あと、先ほどの話だけれど、エレナは私が頼りないから、私の分も頑張ろうとしてくれているだけなんだ。だから騎士たちが弱いというわけではないよ。もちろん、貴国の騎士とは経験が違うから、競ったら勝てないと思うけれどね」
相手国を立てながらも自国の騎士の能力も否定しないよう言葉を選ぶと、彼女はクリスについてきた護衛騎士たちにも視線を向けてからうなずいた。
そして彼らの忠誠心の高さを見て疑問をぶつける。
「クリス殿下、エレナ殿下は本当に鍛えなければならないのですか?」
おそらく彼らは身を呈して殿下たちを守るだろう。
仕事だからというだけではなく、何となく彼らにはそうさせるものがあるように感じられた。
自分の命を守り通してくれる者がいるというのに、率先して護衛対象が前に出るべきなのだろうか。
その疑問にクリスは苦笑いを浮かべながら答えた。
「そんなことはないんだけど……、何というか、本人の思い込みでこうなってしまってね。私たちが強くなることは悪いことではないからと否定しないでいたら、少し拗らせてしまったというか、深入りしすぎてしまったんだよ。国民の前ではちゃんと姫をしているから、強くなることを否定する理由もなくて」
「なるほど。そうでしたか。ではエレナ様は女性として生きることに疑問があるとか、そういうことではないのですね」
守ってもらえる立場でありながら、無謀にも騎士に挑んだり、戦をしなくていい国なのに、自分の身を自分で守らなければと訓練に励んだりするのには、別の理由があるのではないか。
まさか目の前にいる護衛騎士に昔言われた言葉を気にしてそのような思考になっているなど想像もできない女性騎士が、エレナの考えを探ろうとそう口二にすると、エレナは小首を傾げた。
「私は有事の際、お兄様の盾になれればと思っているだけよ。その気持ちは変わらないわ。確かに絵本の騎士に守られるお姫様に憧れてはいた時期はあるけれど、それは物語の中だけの話で、実際に許されるものではないと、今はよく理解しているつもりだもの」
エレナがそう言い切ると、ずっと黙って話の成り行きを見守っていた彼の国の皇太子は、すぐにその言葉を拾った。
「私ならあなたを本物のお姫様にすることができるがな」
「本物のお姫様?」
エレナが自分の横に立った彼に聞き返すと、彼はエレナを見下ろしてはっきりと言った。
「そうだ。名実ともに」
「……」
さすがにうかつに答えていい質問ではない事に気が付いたエレナが、言葉に詰まって黙り込むと、彼は笑いながら言った。
「少し焦りすぎたか。また改めよう。このような場ではなく、もう少し落ち着いて話せる時に。ああ、先ほどの菓子、美味だった。本当はそれを伝えに来たのだったが、エレナ殿下を混乱させてしまったようだから、礼も改めるとしよう。それでは失礼」
彼はそう言うと、入ってきたときと同じように自分でドアを開けて出て行った。
「あの、では私も……」
慌てて女性騎士がそう言うと、クリスはそれを後押しした。
「そうだね。彼と一緒に行ったほうがいいと思う」
「申し訳ありません」
彼女はそう言いながら勢いよく頭を下げると、自由奔放な護衛対象の後を追いかけていった。
そうして部屋に残ったクリスたちは彼らを見送ってから、お互いの顔を見合わせると思いは同じだったのか、一同苦笑いを浮かべるのだった。




