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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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駆け引きと励んでほしいもの

「エレナたちも出ていきましたし、人払いも済ませたので本題と行きたいところですが、せっかくエレナがお菓子を作ったので、召し上がってください。あちらにもきっと同じものを持っていってるはずですし」


三人の情勢たちを見送ったクリスが微笑みいながらそう言うと、その言葉を待っていたと言わんばかりに彼は答えた。


「そうか。早速喜んでいただこうではないか」


そしてさらに乗せられたお菓子の一つに手を付ける。

彼は手に取ったお菓子をじっと観察するように見たり匂いを確かめたりしてから口に入れる。

それからゆっくり咀嚼して味を堪能してから飲み込んだ。


「いかがですか?エレナのお菓子は」


口の中からお菓子がなくなったのを確認したクリスが尋ねると、彼は笑った。


「大変美味だ。エレナ殿下には菓子作りの才能もあるのか。面白いな」

「なかなかの腕でしょう?うちの料理長直伝で、修業の成果といったところですね。私としては、強くなるため訓練に励むより、こちらに励んでもらった方がいいと考えています」


鍛錬や剣の腕を磨くより、料理の腕を磨いてほしい。

エレナの料理にはそれだけの価値があるはずだ。

お気に入りのエレナの作った、しかもおいしいと評価できるだけのものを目の前に出せば、喜ばせるだけではなく、それを主張できる。

形の残る刺繍をしたものを渡すのは後々面倒なことに使われるかもしれないので許可できないが、食べ物なら残ることはない。

いずれは口に入るか腐るかして消えていくものだ。

これを依頼、許可することで、せっかくだから何かしたいというエレナの希望もある程度拾うことができたはずだ。

そして一番の目的はエレナを取られないよう、これを交渉の手札にすること。

ここはクリスの踏ん張りどころといえる。


「まだ剣に才能がないかどうかはわからぬぞ?確かに戦うには体力と筋力が足りないだろうが、素直な者は伸びが良いからな」


こっそり練習をしたり、課題を与えればコツコツ続けていくタイプのエレナなら、本格的に訓練を積めばそれなりの実力を身につけることができるかもしれない。

戦になれば、その場を読むセンスのような物も必要になるが、実力自体はまだまだ底上げ可能だ。

前に会った際、面白半分で技術を一つ教えてみたが、基礎ができているからか、感性が鋭いからなのか、あっという間にそれなりのところまで形にしていた。

時間があればもっと色々教えることもできるし、訓練に付き合うこともできる。

まっすぐに努力するだろうエレナの姿を思い浮かべるだけで、心が沸き立つくらいだ。



彼は数回しか会っていないエレナの事をよく理解している。

だてに大国の皇太子をしているわけではないようだ。

人を見抜く目が鋭い。

クリスは苦戦を覚悟しながら、頬笑みを絶やすことなく続けた。


「ですが、このように料理の才能があるわけです。刺繍の腕もいい。武術を始めてこちらを疎かにするより、すでにある才を活かしてもらいたいと思っているのですよ」


あなたもおいしいと言ったお菓子、もちろん料理も料理長直伝で大変おいしいものを作るとクリスが言うと、彼は少し考えてから言った。


「しかしこの国がエレナ殿下の才を活かせているとは思えないがな」


刺繍のデザインも市井に広がってはいる。

実物を見たが素晴らしいものだと思ったし、工房がそれを継ぎ、アレンジしたものを製作しているのも知っている。

だが流行はあくまで国内だけのものだ。

国外で流通していないから希少価値があるとも言えなくはないが、外から見ればただの刺繍された布にすぎない。

市井の民までが使用するほど流通しているのだから、その使用方法に特徴があるのだろうが、それを前面に押し出しているわけではないし、他国に市場を拡大する様子もない。

それではエレナのデザインは、エレナのネームバリュー付きの作品として国内規模で終わってしまうだろう。

そして料理の腕は分からないが、少なくとも出された菓子は美味だった。

情報収集の段階で、エレナが多くの菓子を他の料理人と共に考え、国内の貴族とのお茶会で提供をしていることは分かっている。

けれどそれを口にできるのは、エレナの参加するお茶会に出席できるごく一部の貴族だけだと聞いている。

そしてそのお茶会のメンバーは王妃によって管理されているため、そこにエレナの意思は反映されていない様子だ。

そして貴重な経験ではあるが、エレナが手作りしたお菓子が自分に出されたのは、本人からすれば友好の証くらいのものだろう。

きっと深い意味はないし、このお菓子を広めてほしいとも考えていないはずだ。

このふたつを考えただけでも、周囲も本人も、エレナの才能を世に広めようとしているとはとても思えない。

あくまで内輪のためにあるものとして、とどまっているように見受けられる。


「そんなことはありません。活かし方はそれぞれです。それにこの先の国の発展にエレナは必要不可欠な存在です」


そもそもエレナは公に有名な刺繍と料理だけが取り柄なわけではない。

他にもきっかけがあればエレナは多くのアイデアを生みだしてくれるだろう。

ここで提示するつもりはないが、孤児院での教育も、絵本をまとめた本の製作も、エレナの功績だ。

孤児院での教育において一定の成果が出せれば、それがエレナの自信につながるし、国の発展にもつながる大きな功績を残すことができる。

何よりエレナ本人が孤児院の事を気にしている。

中途半端な状態で他国に出すことはエレナを大きく傷つけることになる。

結果的にそうなってしまうことはあり得るかもしれないが、そうならないよう話を進めるのが自分のエレナの守り方だ。


「クリス殿下が妹君に固執しているのはよくわかったが、いずれは嫁に出すのだろう。今からそんな状態では、より離れがたくなってしまうのではないか?」

「そうなるでしょうね。ただ、私はエレナの気持ちをできる限り最優先にしたいと思ってる。それだけですよ」


エレナがこの国を出ない理由、鍛錬を始めたりしてしまっている理由、全てそれが一つに繋がるものだということを彼は知らない。

気付かれないに越したことはないのだから、とりあえずこのまま、自分がエレナを手放したくないだけと思わせておくのが得策だろう。

クリスがそんなことを思いめぐらせ、嘘にならないよう言葉を紡ぐと、彼は次の一手に出る。


「エレナ殿下が国を離れたくないのは他国を訪問していないからではないのか?見れば視野も広がるだろう。当然母国が一番という気持ちはよく分かるが……」


エレナは最近まで表に出てくることすらなかった。

ここ最近、ようやく国内での公務に積極的に参加しているが、他国へ赴いたことはないはずだ。

クリスも似たようなものだが、エレナはその上をいく箱入りなのは間違いない。

戦争の件を含め、他国に足を運ぶことの多い自分は、他国もいいが母国が一番落ち着くと結論付けているが、それは他国を見て出した結論だ。

現に自国より他国の方がいいと国を出る者は、どこの国にでもいる。

エレナが我が国を、自国以外の国を見た時、どう感じるかは分からない。

ただ少なくとも、自分の国に来てくれたなら、あまり行動を制限する事もしないし、より多くの国を見せることができる。

外に出ることに不安を抱かせて、国外に出さないというのはいただけない。


「そうですね。ですが今回の件を利用されるのは気に入りません」


クリスにそう返された彼は、思わず苦笑いを浮かべた。

確かに今回の件はこちらが一方的に恩を売ろうとしているだけだ。

むしろ時間を使わせて邪魔をしている可能性もある。

しかもエレナが勘違いするような言い方をして釣り上げようとしているのだから、クリスがそれを阻止したいという気持ちも分からなくはない。


「そうだろうな。まあ、エレナ殿下がどう考えているかは本人に聞くつもりだが、今回は交換条件を出すのは控えるとしよう。食料支援の恩もある」

「それを聞いて安心しました」


とりあえず治安維持を条件に出すのは思いとどまってくれるらしい。

油断はできないけれど、今回に関しては言質が取れた。

クリスがにっこりと微笑むと、彼はクリスの笑みに表情を変えることなく言う。


「私自身、焦っているわけではないからな。だが周囲がうるさい。クリス殿下があれをなんとかしてくれたら、私も助かるのだが、まあ、無理を言っても仕方がない。一旦この話は保留するとしようではないか」


彼は笑いながらそう言うと、先ほどと同じようにお菓子を手に取って口に運ぶ。

お菓子を観察したり、ゆっくり咀嚼をするのは、おそらく毒を警戒してのことだろう。

入っていないことが分かっていても、警戒するのはもはやクセに違いない。

それだけで彼の国の過酷な環境が見て取れる気がする。

クリスは彼の動作の意味をそう捉えると、自分もお菓子とお茶に手を伸ばし、次の話をどう切り出すのか考えるのだった。

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