自己判断と自由
「確かに夫の後ろの控える妻はしとやかだが、怯えているのは対外的位に良くないですね」
そちらの言い分も理解できるとブレンダ伝えると、彼女はうなずいた。
「そこなのです。ですがエレナ様はうちの殿下の圧にびくともしないどころか、御本人もそれを押し返せる可能性のある強いものをお持ちです。ですから並び立つにふさわしいと」
彼女もエレナを見たのは今回が初めてだった。
見た目が可愛らしい兄妹で、兄の方は圧で制するより冷たい空気で場を制するタイプだと知っていたが、場慣れしていないはずの妹君に皇太子と向かい合うだけのものがあるかは疑わしいと思っていた。
そして実際にお披露目の席で目の当たりにした彼女は、その可愛らしい見た目に似合わず圧の強い、どちらかといえばうちの殿下に近いタイプの女性だった。
何より、正面から堂々と向かってぶつかってくるあたりが、まさにあの殿下の好むところだ。
これは殿下が気に入るのは分かると、彼の事をよく知る者、皆がそう思った理由を目の当たりにすることとなった。
そしてそれならば反対する理由はないと彼女も賛成側に転じ、エレナをこちらに取り込もうと決めたのだ。
「外交とは関係なくということでしょうか」
この国からすればエレナは外交の、対外交渉の大きな切り札の一つだ。
それは彼の国側も分かっているだろう。
それでもなお、エレナを希望してくるというのは、他に何かあるのではないかとブレンダが探ろうと尋ねるが、彼女はそのような意図はないと首を横に振った。
「そうですね。ですが一番は皇太子殿下ご自身がエレナ姫殿下に大変関心を持たれているということです。今まで女性に見向きもしなかったのに、ついに春が来たと我々は舞い上がりたい気持ちでおりました。ですから我々はこの話を進めるべく一致団結をしているのです」
食料事情など、戦時下になれば不便になる部分も多いが、基本的に大国だ。
確かに外交をうまくこなし、戦争なく穏やかに発展を遂げているこの国は魅力的ではあるが、本当に奪い取ることが狙いならば、力で制することのできる国でもある。
それは他国にも同じことが言えるし、彼が必ずしも国王となる保証はない。
力で制圧できる者が、その地位を狙って力で権力を奪うことができる国なのだ。
それに自分がいつ死ぬか分からない。
だから伴侶は、外交や対外的なことで選ぶより、好みで選ぶ。
戦に出るというのはそういうことなのだ。
それならその生を少しでも自分の好ましい相手と過ごしたい。
そう考えるようになるのはごく自然なことで、今回は偶然にも皇太子という立場の男が、王女殿下という、立場の近しい女性を近くにと望んだ。
皆がそれに協力したいと考えた。
実はそれだけのことだと彼女が説明すると、ブレンダは、とりあえずその場は納得したと収めることにしたのだった。
「そうでしたか。事情はわかりました。ですがエレナ様は殿下とご友人として以上の関係は望まれていませんので、その点に関しては協力いたしかねます」
さすがの彼らも二人の関係は知らず、エレナに公式上婚約者はいないのだから、エレナを気に入ったとなればアプローチを掛けてくるのは仕方がない。
しかしやっと、エレナとケインの関係が前進できそうなのだ。
そこに横やりを入れてほしくない。
ブレンダがエレナに他国へ行く気がない事を匂わせると、予想に反して彼女は素直にその意見を受け入れた。
「それは重々承知です。お手紙の返事からそうではないかと本人もお考えのようなので……。ですが、他国の王侯貴族は政略結婚が多いですから、仮にエレナ様がそのような立場に立たされたら、国外に出る事もあり得ると考えております。本人の意思に関係なく第三者のところへ行かれるのなら、その有象無象のところではなく、ぜひうちを第一候補にと考えるのは自然のことでしょう。お二人は話も合うようですし、うちにはそれだけの力が、少なくとも今の段階ではあると自負しております」
自国が他国に劣らない自信がある、エレナが国を出て政略結婚をするだけの価値が自国にはある、彼女は最後にそう言った。
クリスに反対されていることもあるし、エレナに無理を強いるつもりはないが、情報は武器になる。
例え些細なことであっても他国より多くの情報を持っておきたい。
彼らはそう考えている。
「では、エレナ様ご自身を探るつもりはなかったけれど、とりあえず皇太子殿下に言われたからその流れでこちらに来たと」
てっきり自国の皇太子に相応しいかどうかを判断するために彼女が呼ばれていたのかと思っていたブレンダは少し拍子抜けしていた。
彼女の言う情報というのは雑談で得られるもの、例えばエレナの食事の好みとか、嗜好の話ということだ。
もちろんそれを表に出すことはしない。
「そうですね……。おそらく殿下には後から何を話したのかと根掘り葉掘り聞かれると思いますが、実は何をしてこいという命は受けていませんし、こちらに来たのは私の意思ですが……」
彼もクリスと話をしなければならない半面、別室に行くエレナの事が気になっていた。
だからそこに紛れてもいい自分に、会話に混ざってくるよう促したのだ。
実際自分も、後で共有されるであろうクリスとの業務的な会話を他の騎士たちと聞くより、エレナと接して、皇太子が自国に迎えたいというエレナという人物に触れ、もっと深く知る方が有意義だと考えた。
指示や命令がなかったとはいえ、誘導された部分もないとはいわないが、最終判断は自分で行った。
その辺りの融通はおそらくこの国より利く。
自分で判断できなければ命に関わる場面も多いので、一人一人に大きな裁量が与えられているのだ。
「随分と自由なのですね。」
「自由ですよ、本当に……」
彼女はそういうと本当に申し訳ないとうつむきながら大きく息を吐いた。
いくら緊急時、友人のためとはいえ、客として来ている国で、自分たちを保護しようとしてくれている者たちに反発して外に出るなど、さすがに失礼にあたるだろうし、何かあったら面子をつぶしかねないと、あの時周囲が説得にあたったのだがダメだったのだ。
その結果、じゃあ、一人で行くからいいと、子供の我儘のような事を言って、本当にクリスに会いに行ってしまった。
自身の判断で動いて問題ないと判断できるのは強さの裏付けあってのものだが、それが相手の面子をつぶしかねないという部分が判断の対象にならないことがある。
口は立つし頭はいいので相手を言い負かすことはできるが、配慮というものが不足しがちで、それが外交の欠点となっている。
結局、口だろうが剣だろうが、力で抑えたものは、ほころびが出てくれば再び力で封じる必要が出てくるため、小競り合いが絶えない。
そういう意味で、戦をすることなく、かといって立場を弱めるわけでもなく、周辺国と友好関係を結べているこの国は評価できるし、そんな国が自国とも関係を切らずにいてくれるのはありがたいという。
「ご苦労が耐えないようで」
「お恥ずかしながら」
ブレンダはまだ外交にはさほど強くない。
こうして他国の公式行事に参加している彼女に比べたらひよっこくらいの知識しかないのだ。
それに婚約を発表しただけで正式な立場ではないとはいえ、自分が一番皇太子妃に近いのは間違いない。
とりあえずクリスならどうするか、自分の言葉がクリスの足を引っ張らないか、そこに注意しながらブレンダは無難な答えを返すと、彼女もまた数々の非礼を責められず安堵してため息をつくのだった。




