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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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皇太子殿下とエレナのお菓子

事前に調整しておいたこともあり、面会当日の準備はスムーズに進んだ。

調理場もエレナの手際の良さをよく知っているので、あえてそちらには手を出さず、王宮内に残っている客人たちに提供する食事作りに専念していた。

そして、調理場の動きをよく理解しているエレナも、彼らの邪魔にならないよう、うまく立ち回りながら自分の作業を進めていく。

そんなエレナと料理人たちの阿吽の呼吸を見ながら、料理長もまた指示を出していた。

そうしてエレナのお菓子がほぼ完成に近づいた頃、料理長は尋ねた。


「エレナ様、こちらはご自身で運ばれますか?」

「どうしようかしら?お茶はきちんと入れてお出ししたいから、後からの方がいいけれど、お菓子はそうではないから先に運んでおきたいわ。ここまで取りに来ると時間がかかってしまうもの。だからといってお客様のお迎えをしないのも良くないと思うのよ。お兄様の客人とはいえ、私も同席することになっているから……」


自分で作ったことをアピールするためには到着後にお茶とお菓子を自分で運んだ方がいいかもしれないが、そうなると同席してほしいと言われているのに、出迎えができないことになる。

だからといってお茶まで先に用意するのは違う。

そうなると分けて運ぶことになるのだが、まだ客室に人が残っている以上、あまり余計な手間をかけさせたくはない。

自分たちが面会している間に、客人から要望が出るかもしれないのだ。

けれど料理長は問題ないという。


「わかりました。では、お菓子はエレナ様が入室される際に一緒にお持ちください。お茶は後で誰かにもたせましょう。そうすればお菓子をエレナ様が、お茶を侍女か使用人が用意できます。そもそもお客様の一組が移動なさっただけですから、双方から同時に注文が入ったのと変わりません」


料理長がそう説明するとエレナは素直にうなずいた。


「言われてみればそうね。それなら別々のタイミングで運ぼうと思うわ。ワゴンを二台使ってしまうことになるし、手間をかけて申し訳ないけれど」

「もう客人もほとんどお帰りになっておりますから、ワゴンは足りるはずです。ご安心ください」


急きょ個別に部屋での食事に切り替えた襲撃のあった日の夜は、夕食の際、使用人たちが絶えずワゴンで食事を運んでいた。

使用している客室の数に対してワゴンの数が足りなかったためだ。

それもあって、調理場から近い部屋に運ぶ場合はトレイで運んでいたらしい。

自分たちはその時、食堂に集まって話し合いをしながら食事をしていたけれど、裏ではそのような事が起こっていた。

それを後から知って、エレナはますます、騎士たちの軽食を運ばせたことを申し訳ないと思ってしまったのだ。

けれど今なら、確かにピークは過ぎているし、客人が残っているので人員は多めに配置されているはずだ。

つまり、今なら手の空いている人もいるということになる。


「じゃあ、それで準備を進めようと思うわ」

「かしこまりました」


そうしてエレナは、話しているうちに焼きあがったお菓子をすでに準備されていたワゴンに乗せると、それを押しながら調理場から出発した。

皇太子殿下たちは応接室に案内するという手筈になっているため、エレナはお菓子を乗せたワゴンを、楽しそうに押しながら応接室に向かった。

その姿で応接室についた時、幸い中には出迎えのために待機しているクリスとブレンダと護衛騎士たちしかいなかったが、クリスにはもし廊下で鉢合わせしたらどうするのだと注意を受けることになるのだった。



幸いにもワゴンを押しているエレナと客人が、すれ違ったり鉢合わせしたりする事もなく、エレナたちは応接室にて、揃って客人を迎えることができた。


「これはこれは。揃ってお出迎えとは仰々しい。エレナ殿下も来てくださったとは光栄だ」

「お久しぶりね」


名指しされたエレナが皇太子を見上げてそう声をかけると、彼は笑いながらエレナに近付き見下ろして言った。


「エレナ殿下。こうして話すことができてよかった。それにしても相変わらず可愛らしいな」


彼から見たエレナは、威厳があるため存在感は大きいけれど、身長は見下ろすくらい小さいし、ご令嬢らしく華奢で、正に可愛らしいという印象である。

エレナも近くで見下ろされながら言われた事もあり、さすがにその意味を理解していた。

本当ならその意味が伝われば失礼に当たる言葉だが、エレナはそれを気に留める様子もなく話を続ける。


「ありがとう。それより今日はお兄様に用があってきたのでしょう?」


クリスに面会を申し込んだと聞いていたエレナが、彼の本当の目的を察する様子もなくそう言うと、それにめげることなく彼はストレートな言葉を投げた。


「それだけではないぞ。ついエレナ殿下の姿を見かけて舞い上がって、こうしてクリス殿下を差し置いて声をかけてしまっているのだ」


クリスに面会を申し込んだのも話があるのも間違いない。

けれど一番はエレナだ。

エレナと面会をするためにクリスの許可が必要で、そのためにこうして出向いてきたし、その場にエレナがいたから、挨拶をして真っ先にエレナに声をかけた。

けれどエレナは、それは先に自分との挨拶を済ませておけば、後はクリスとゆっくり話ができると考えているからだろうと解釈した。


「まあ、そう言ってもらえるとお世辞でも嬉しいわ。それで今日いらっしゃると聞いてお菓子を作ったの。前に私は趣味で料理をすると話したでしょう?さすがに昼食と夕食の間だから食事ではないけれど、お兄様とのお話中のお茶受けにしてもらえたら嬉しいわ。お口に合えばいいのだけれど」


ワゴンに乗せられているお菓子は、見た限り店などで売られているものと遜色ないレベルのものだった。


「こちらを殿下が?」

「ええ」


彼はお菓子の完成度の高さに思わずそう口にするが、エレナは肯定するだけだった。

それでも信じられないという表情をしている彼を見たクリスが、驚いた彼を見て満足そうに微笑みながら言う。


「エレナはね、孤児院に定期的に手伝いをしに行っていて、そこでも用意された材料だけで作れる料理をその場で考えてふるまっているんだ。お茶会で出すお菓子を作ることも多いし、腕は確かだよ」

「なるほどな。それは楽しみだ」


謙遜していたが、刺繍の腕も一流だった。

それならばこちらを極めていてもおかしくはないだろう。

彼はそう思い直して、ワゴンの皿に乗ったお菓子とエレナを交互に見て笑うのだった。

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