警邏報告
その様子を見回りをしていた騎士たちは孤児院の女性たちの話を黙って外から聞いていた。
「襲撃から一夜明けて、どれだけ怯えて暮らしているかと思ったら、皆たくましいですね」
孤児院の様子を伺い、彼女たちの会話を聞きながら一人が話しかけると、彼もそれに同意した。
「あの時、騎士団が族は抑えているからな。残党がいるかもしれないとはいえ、生活がかかってるんだから、怖いとか言ってられないんだろう」
「まあ、そうだな」
市井の民からすれば生活がかかっている。
恐怖で外に出られない、働けないとなれば、すぐに生活が破たんしてしまうのだ。
そういった生活を当たり前にしてきたのだから、このようなことがあっても、よほどの事がなければ、日常に戻らなくてはならない。
それにいつも危険と隣り合わせの彼らからすれば、少し大きな事件が起こった程度で、それに巻き込まれなくてよかった、無事に帰って来られて良かったというのが全てのようだ。
「俺たちも怖いとか言ってたら仕事にならないしなあ」
騎士も敵がいれば向かっていかなければならないし、時には護衛対象の盾にならなければいけない立場だ。
そこで躊躇するようでは仕事にならない。
今は国の威信のために厳重警戒をしているが、自分たちも客人たちが帰ってしまえばいつも通りの生活を送ることになる。
「まあ、いつも通り店が開いてるならこれからの巡回でも飯には困らないな」
「それが救いだな」
彼らが恐れて店を閉めていたら見回りの時に食事を取れる場所が減ってしまう。
数少ない外回りの楽しみがなくなるのは嫌だ。
まだ事件が完全に解決したわけではないが、実行犯を抑えている事もあり、騎士たちにもそれくらいの事を考える余裕が生まれていた。
「孤児院も被害にあった子どもはいないようだし、偵察は終わりでいいだろう。声をかけるまでもなさそうだな」
自分たちに課せられたのは、彼らの無事と状況を確認することであって、注意を促したり、説明をすることではない。
それに自分たちがわざわざ訪ねて声をかけると、彼らの恐怖を必要以上に煽ることになるかもしれない。
何より自分たちの気遣いが結果的に彼らの生活に支障が出ては意味がない。
だから孤児院へ立ち寄ることはせず、そのまま帰ろうとお互いの意見を確認する。
「孤児院の件はエレナ様にお伝えしたら安堵されるだろう。クリス様経由にはなるが」
孤児院に被害者はいない。
そしていつも通り運営されていて、次にエレナがいつ来るのかと心待ちにしている。
こっそりと様子を伺っていた騎士たちは話している女性たちの会話から確認できた内容を早く持ち帰ろうと、彼らは孤児院を静かに離れたのだった。
彼らは自分たちより厳しい環境で生きているからか、本当にたくましい。
大きな事件が起こった程度で、それに巻き込れなくてよかった、無事に帰って来られて良かったというのが、市井の民達にとって全てのようだ。
そもそも事件を未然に防ぐことができなかったのか、という意見はまだ出ていないけれど、そのような声も、今の話題が落ち着けば出てくるだろう。
身を呈して彼らを守った自分たちが、彼らにそういうことを言われるかもしれないというのは、考えるだけで憂鬱になるが、それも含めての騎士業だと騎士団に入ってから散々言われているので少し諦めている。
「彼らだけじゃなくて、俺たちも怖いとか言ってたら仕事にならないしなあ」
騎士も敵がいれば向かっていかなければならないし、時には護衛対象の盾にならなければいけない立場だ。
そこで躊躇するようでは仕事にならない。
そして自分たちも客人たちが帰って行けばいつも通りの生活を送ることになる。
「まあ、店が空いてるなら昼飯には困らないな」
「それが救いだな」
彼らが恐れて店を閉めていたら見回りの時に食事を取れる場所が減ってしまう。
数少ない外回りの楽しみがなくなるのは嫌だ。
大きな被害が確認できなかった事もあり、騎士たちはよい報告ができると安堵しながら、巡回を終えたのだった。
「そう。街も孤児院も問題なかったんだね」
「はい」
クリスは上がってきた報告を聞いて微笑んだ。
他の騎士からも街の様子に大きな変化はないと聞いていたので、問題ないだろうとは思っていたものの、やはり気になったのは孤児院の事だった。
もし彼らが、エレナが守った相手を逆恨みしていたとしたら、孤児院、もしくは見に来ていた女性や子供たちが狙われたかもしれない。
少なくとも実行犯の中に、孤児院に足を運んでいて、孤児院で生活している彼らの顔が判別できる者がいたのは確認できている。
報告者の話によれば、幸いにも彼らは院長の判断で早く孤児院に戻り、その後襲撃を受ける事もなく、普段と変わらない生活を送ったらしい。
そして襲撃の事を知ったのも、朝の買い出しに出た女性たちがその話で持ちきりになっていて、その話を聞いたからということだ。
「それならあとは、事件を解決するだけかな。まだ終わっていないし、ここからが正念場になると思うんだ」
「そうですね」
街の様子がいつも通りになっているとはいえ、まだ終わったわけではない。
そしてこの件は有耶無耶にしてしまえば、首謀者にも周辺国にも侮られることになりかねない。
もしこれが各国の要人が集まるようなタイミングでなければ多少のことに目をつぶる事もできたのかもしれないが、残念なことに多くの国にこの件は知られ、皇太子となった自分の手腕に注目が集まってしまっている。
だから、国の威信をかけて首謀者を抑え、対抗策を講じる必要があるし、この先の事を考えるなら、何としてもきれいに幕引きをしなければならない。
「それから、まだ何カ国かの賓客が滞在しているから、もうしばらく警戒は続けてもらうことになる。最後まで気を抜かないようにね」
「はっ!」
王宮内にもまだ客人が残っているのだから、身内しかいないと油断しないようにと、クリスが釘をさすと、彼らは気を引き締めて返事をする。
一見、街も王宮も日常を取り戻したように見えるけれど、本当はまだ厳戒態勢なのだ。
そうして報告を終えた騎士たちはクリスの執務室を後にする。
クリスはそうして何組かの警邏報告を聞き終えて、ようやく落ち着くと、次は厄介な賓客の相手をしなければならないのかとため息をつくのだった。




