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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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重圧

国王はじめ、クリスたち一同が会場に入ると、歓談の声が感嘆に代わり、歓迎ムード一色となった。

特に本日の主役であるクリスが足を踏み入れると、拍手やため息までもが追加され、皆が食事の手を止め、中央の道を開けた。

その道を堂々と歩いて壇上へと向かう。

王族の皆は普段からしていることで慣れているが、今まで見ているだけだったブレンダとケインは、周囲からの視線と重圧に怯みかける。

しかしここで足を止めればかえって注目を浴びてしまう。

パートナーとのつながりが辛うじて自分を動かしてくれている状態ではあるが、それでもどうにか表面上繕うことはできているはずだと信じて、とにかく堂々とすることに専念した。



見ているのとやってみるのではこんなに違うのか、王妃が言ったのはこういうことだったのかと、二人は身をもって知ることになった。

王族のメンバーの中で、唯一、外からこの環境に上がったのが王妃だ。

だからこそ、二人に過剰と思えるほどのアドバイスを繰り返したのだろう。

しかしそれが過剰でも大げさでもない、事実に即したものであるということが、この場に出てきて分かる。

時折クリスやエレナに目を向けるが、正にいつも通りだった。

生まれながら置かれている環境であるとはいえ、幼いころからこのような視線を浴び、想像以上の重圧に耐え、今の姿を身に付けたことが想像に難くない。

外に出れば聴衆や市民、客人など視線を一身に浴び、品定めをされる。

しかも必ずしも今回のように歓迎される場面とは限らない。

しかも歓迎されなかった時だろうが、自国でなかろうが、その品位を落とすわけにはいかないので、常にこの姿勢が求められる。

これが王族の隣に並び立つということか。

普通に歩けば数秒、訓練場よりはるかに狭い空間を歩いているのに、挨拶をしながらゆっくり歩いているとはいえ、ドアから壇上までの距離が長く感じられる。

会話はせずとも二人は同じように思うのだった。



慣れない二人がそんなことを思いながら歩いていると、ようやく壇上についた。

壇上についてクリスを中心にして横一列に並び立つと、皆で一礼する。

礼をして顔を上げると、その視線が一斉に自分たちに向いているのを目の当たりにすることになり、顔が引きつりそうになる。

自分たちが壇上の下にいる時、確かに今、目の前にいる者たちのように壇上の人間を見ていたが、多くの視線というのは恐ろしいものなのだと痛感する。



しかしそんなことを気に留める様子を見せることなく国王陛下が会を進行した。


「この度はお忙しい中、我が息子クリスの立太子の義にお集まりいただき感謝いたします。同時に、この場で正式に婚約者が決まったこともご報告します。二人、前へ」


指名されたクリスが、ブレンダの手を引いて一歩前に出た。

そしてその手を離すと、元々壇上の中心にいたため、その場で揃えて頭を下げる。

顔を上げたクリスがにっこりと微笑むと、会場内からはため息が漏れた。

そして頬を染める者も多い。

ブレンダは、クリスという人間は笑み一つで一度にこれだけの人間を魅了できるのかと思いながら客席を見回した。

同時に、その様子を見て自分が注目されていないと理解して頭が冷える。

王妃は忘れるよう言っていたが、周囲の視線など怖がっている場合ではない事態であることを思い出し、不審な人物がいないかどうか周囲を観察した。


「昨日は近隣で大きな事件があり、ご不便をおかけして申し訳ありませんでした。今日、多くの方がこうして予定を調整し、この時まで残ってくださったことに感謝いたします。これからも皆さまとの友好な関係が継続できれば、私も嬉しく思います。そして良縁があり、この度、隣りにいるブレンダと正式に婚約をする運びとなりました。このようにお披露目ができたことを誇りに思います。どうぞよろしくお願いいたします」


そう挨拶をしたクリスが頭を下げるタイミングで、ブレンダも頭を下げることを忘れない。

ブレンダは周囲の状況を冷静に見られるまでの状態に自分を戻すことができたのだ。

一度目に顔を上げた時は集まる視線が怖いと思ったが、二回目は何も感じなかった。

ただ、会場にはクリスに見とれて放心している者や、頬を染めている者、ため息をついている者がいて、場内は静まり返っている。

普通ならばすぐに拍手などが起こる場面だがそれがない。

ブレンダは自分が歓迎されていないためではないかという考えが頭をよぎったが、そのような表情をしている者は見当たらないので、おそらくクリスに魅了されているだけだろうと思い直した。

この程度の事は想定内だったのか、クリスは動じる様子もなく、静まり返った場内に向かって再び声をかける。


「お時間のない中、残ってくださった方が多くいると聞いています。お時間のない方は遠慮なくお申し出ください。優先的にご挨拶させていただきたく思います。その間、お食事、引き続きのご歓談も、どうぞお楽しみください」


クリスはそう言い切ると、楽隊に合図を送った。

すると手はず通り準備をしていた楽隊が演奏を始める。

その音で我に返ったのか、その音楽と共に会場内に拍手が響いた。

夜会であれば二人がダンスを見せるところだろうが、今は朝食のビュッフェを兼ねているので踊ることはしない。

そのため音楽も爽やかな朝に合わせ、歓談の邪魔にならないような音楽が選ばれている。



全員が並んで中央の壇上に立ったのは、クリスが挨拶を終えるまでのわずかな時間だった。

すぐに出なければならないと客人の一人が申し出たため、ブレンダを伴ったクリスを先頭に、その両親と妹たちが群となってついていく。

両親はフォローに回るし、エレナは不慣れな部分が多いので離れないように動くことになった結果、このような団体行動が最適ということになったのだ。

何より護衛対象が一箇所に固まっているので、護衛をしている騎士たちも周囲にも目を配りやすい。

何事もなかったかのように壇上に上がって挨拶を終わらせたが、実際のところ事件は未解決なのだ。

挨拶回りが始まれば、周囲を気にしている余裕はない。

ブレンダも賓客たちから祝辞をもらうたび、丁寧にお礼を伝えていかなければならなかった。

会場内は騎士団長をはじめ多くの騎士たちが控えているし、貴族の客人として参加している見知った仲間もいる。

油断をするつもりはないけれど、彼らを信頼し、自分はクリスに恥をかかせないよう接客に専念する方がいい。

周囲を気にしながら動けば緊張はしなくてすむが、行動や言動が女性らしくなくなってしまってはいけない。

それにこれまで所作を教えてくれた王妃が近くにいる。

ここで失敗すれば彼女にも恥をかかせることになってしまうだろう。

ブレンダはそう割り切って会場内での挨拶に挑むのだった。

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