クリスの取り調べ
このままここで話を聞いてもこれ以上何も得るものはない。
彼らに無理ならば、自分で引き出すしかない。
「とりあえず貴族のご子息から話を聞いてみようかな。彼もさすがに私のことも知っているはずだし」
クリスが頬に手を当ててため息をつきながらそう申し出ると、確かにクリスの話なら聞くかもしれないと思いながらも、慌てて首を横に振った。
それ以上に、彼とクリスを接触させることで何が起こるか分からなかったからだ。
「お言葉ですが、おやめになったほうがよろしいかと。気分を悪くされると思います」
ちょっとクリスと関わったことがある人間なら、相応しい場所ではないという以外にクリスが気分を害する大きな理由のあることはすぐに理解できる。
けれどそれを直接言うのは、別の意味で地雷だ。
「エレナを害する人間に、私が最初から好感なんて持つわけないでしょ?でも収監する前に引き出せる情報は引き出しておかなきゃ」
そう言って微笑みながらクリスが小首を傾げると、取り調べをしている騎士たちは、この場所にクリスを受け入れるしかない。
そうしてクリスが廊下を進もうとした時、奥のドアの向こうから大声が聞こえてきた。
「あの女が俺に偉そうにしたせいで、貴族社会で生きられなくなったんだ!だから王族にひと泡吹かせてやろうと思ってな」
その言葉を聞いたクリスは、道をあけられたこともあり、その声のするドアの方に迷わず進んでいく。
あれは間違いなくエレナを狙った貴族の声出し、発言もその通りだったからだ。
そしてノックもなしにドアを開けて中を見ると、その貴族を見て微笑んだ。
「ねえ、今話していたあの女って、エレナのことかな?それならますます見逃せないなあ」
突然ドアが開いたことにも驚きだが、そこにいたのがクリスであることはもっと衝撃だった。
そのため声をかけられた貴族の子息だけではなく、取り調べをしていた騎士も固まっている。
そうしてその男から出た第一声は、質問の答えではなく、自分の中に浮かんだ疑問だった。
「あ、ほ、本物……でございますか?」
見間違えるわけがない。
目の前にいるのは、ほどなくして皇太子となる人間だ。
「私の偽物なんているの?」
クリスが小首を傾げて言うと、その言葉を聞いて我に返った騎士は慌てて立ち上がって礼をする。
「ああ、頭を上げて。私は話を聞きに来ただけなんだから」
「あの、自らこのような場所に出向かれなくても、伝言いただければこちらで確認いたしましたが……」
恐る恐る頭を上げた騎士がそう返事をすると、クリスは笑みを絶やすことなく言う。
「そうなんだけど、直接話を聞いてみたいと思ったんだ。何せ私が認識している事実と、今の発言にだって食い違いがあるからね。まだ他にもあるんじゃないかと思うのだけれど」
そんなクリスを開けっぱなしのドアの外から、別の騎士たちが心配そうに様子を伺っている。
「あ、あの、もし彼とお話をされるのでしたら、この椅子をお使いください」
とりあえず高貴な方を立たせたままではいけないと、彼が椅子を勧めると、クリスはそれを素直に受けた。
「そう?ありがとう」
クリスはここに長く居座るらしい。
自ら取り調べをしようとしているのが明らかになった。
もしここでクリスが、すぐに帰るからいいとでも言ったのなら違ったのかもしれないが、クリスはすでに机を挟んで男と向かい合っている。
席を譲った騎士はとりあえずクリスの横に立って、二人を黙って見守ることになった。
彼がクリスに危害を加えるようなことがあっては困るため、待機していなければならない。
どさくさにまぎれて護衛騎士も数名入室して彼を守る体勢をとっているが、だからといって後は任せたとここを離れては取り調べを放棄したと言われかねない。
だからこの気まずい空気の中、外に出ることなく大人しくしているしかないのだ。
「エレナの件で立場がより一層悪くなったのは間違いないだろうけど、元々評判良くなかったよね?それをエレナのせいにして逆恨みされても困るんだけどな」
クリスが彼にそう話しかけると、彼は間近で微笑むクリスの可愛らしさに呆けたが、すぐに頭を振った。
「逆恨みも何もないな。エレナ様は今や英雄ですが、私はどうですか。ついにここまで来ましたよ」
悪評だけではない。
いよいよ事件を起こして、その実行犯として捕まり収監されようとしている。
ここまで転落した人生を送ることになれば、正直もうどうでもいいと、あまり話をする気はない様子だ。
「ねえ。君は父親と客人の会話を聞いていたんだよね?他にその二人は何をお話していたのかな?それを聞いて今回のエレナへの襲撃を考えたんでしょう?」
クリスの質問に対して、彼は先の騎士に答えたのと同じ内容を口にする。
「パレードを弓で攻撃して混乱を起こそうって話だった。ちょうど鬱憤も溜まっていたし、それに乗じてちょっと怖い思いをさせれば、すっきりするかもしれないと思ったわけだ。もうあんな態度はとれなくなるだろうってな」
「そう……」
もう何もかも諦めたということなのか、悪態をついているが、暴れたりする様子はない。
そんな彼の態度にクリスには少し引っ掛かる部分があった。
彼はエレナを殺そうとはしていない。
怖い思いをさせようとしただけだという。
それと同時に思うのは、孤児院の女性たちへの扱いだ。
体に触るなど日頃から紳士的ではない対応をしていたが、彼は力づくで連れていこうとはしなかった。
人を雇うことができて、武力や権力で脅して連れていくことができたはずなのに、そこまでの事はしていない。
いい加減に自分の言う事を聞けと圧力をかけていただけなのだ。
「今まではいくら孤児院の女性でも、最後は説得して連れ出していた君が、こんな強硬手段に出なければならないようなことを彼らは話していたんだよね?」
女性たちは確かに嫌がっていたという。
それに首を縦に振らせるため、言葉巧みに、時には相手が嫌がる事もして追い詰めたりもした。
けれど最後は本人が自分の意思で出ることを選ぶように仕組んだのだ。
そうすることで相手が自ら選んだ道なのだからと納得しようと努力した。
それで自分の後悔が減らせると考えた。
だから誘拐という手段は選ばなかったのだ。
でも父親はそうではなかった。
もっと大掛かりな計画を実行に移したのだ。
その内容は正にだまし討ちだった。
話を聞いた時、そこまでしなければならないのかと正直耳を疑った。
さらにショックを受けたのが、その相手が自分の連れてきた人数では全然足りない、自分を後継ぎにするのは考え直した方がいいと言ったことだった。
その時の父は何も言わなかったが、否定した様子はなかったのできっと首を縦に振ったに違いない。
「そうだよ。どうせこのまま勘当されるんだったら、道連れにしたほうがいい気がするな」
立ち聞きした時の様子を思い出した彼がそうつぶやくと、クリスは穏やかな口調で彼に尋ねる。
「そんなに酷いことを言われていたの?」
クリスの問いに驚いて、うつむいていた彼は顔を上げる。
「心配してくれるのか?」
騎士たちには問いただされ怒鳴られるばかりだったが、クリスは自分の話を聞く姿勢を見せている。
もともとクリスに何かを頼まれて断れる人は少ないが、どちらかといえば今の彼は、自分の話を聞いてくれる人を欲していた。
クリスはそれを察して彼にさらに優しく言葉をかける。
「だって、勘当すると言われて、追い詰められていたのでしょう?」
「そうなんだよ!分かってくれるか!もう後がなかったんだ……」
完全にクリスにほだされた彼は、そう言って少ししてからぽつりぽつりと話し始めたのだった。




