ブレンダの代行
クリスが応接室に移動していったのを、開いたドアの内側からエレナは様子を見ていた。
そしてその後の様子は再び定位置のようになったお茶の席に座る。
すると廊下から騎士たちの声が聞こえてきた。
「クリス様に信頼してって言われた」
「おべっかじゃないのか?」
「いや、エレナ様のいる場所を手薄にするなんて他には言えないって意味だろう?その報告を頼むって、結構重大案件じゃないのか?」
「そうだな」
エレナはその声を聞きながら、彼らの様子を自分に重ねて微笑ましく思っていたが、クリスに期待をかけられてそわそわした様子を見せる騎士たちにしびれを切らしたのは、ブレンダだった。
ここには話題に上がっているエレナがいるというのにそれを気にする事もせず、他の騎士たちが緊急事態の中働いているのに、彼らからはその緊張感が抜け落ちてしまっている。
先ほど他国の皇太子に気圧されて何もできなかったかと思えば、その直後にこれだ。
最初から緊張感がなかったわけではないだろうし、クリスに声をかけられたことで舞い上がってしまったのは分からなくもないが、このままではいけない。
まずは報告をさせて、その緊張感を取り戻してから現場に戻さなければ、現場の士気に関わる。
ブレンダは呆れたようにため息をついて気を引き締めると、彼らの前につかつかと歩み寄った。
「君たちは立ち話をしに来たのか?報告に来たんじゃないのかな?」
自分が思った以上に冷たい声が出たことに驚きながらも、ブレンダがそう言うと、騎士たちの雑談の声は止んだ。
騎士たちは一旦静まったところで、彼らはその声の主を一度見ると、気まずさで目を泳がせる。
「あ、ブレンダ様……。その通りです」
「私が言うのも変なんだけが、とりあえず全員中に入ってもらえるかい?さすがに賓客がこんなところに来る状態にもかかわらず、ここで報告を聞くわけにはいかないし、私もここを離れるわけにはいかないからね」
まことしやかに囁かれている噂はともかく、先ほどクリスが言い残していったのはブレンダへの指揮権の一時譲渡に等しい。
何よりまず、自分たちはブレンダに報告をするようにとクリスに言われたのだ。
声をかけられたことに舞い上がってしまったが、その唯一指示された報告すらできていない。
我に返った彼らは、とりあえずブレンダの指示に従って執務室の中に入ることにした。
「では失礼いたします……」
彼らが中に入ると、隅に寄せられた一角で優雅にお茶を手にしているエレナが、無言で彼らに微笑みかけた。
彼らはそれを見て、自分たちがエレナの存在すら忘れていたことに、さらに青ざめるのだった。
「話は聞いていたと思うけど、私が君たちの代わりに報告を聞くことになった。誰からでもいいが」
全員が中に入り最後の一人が入ってドアを閉めたのを確認したブレンダが、机の前に立ち、横一列に並んだ彼らに向かって声を張ると、一番エレナの近くにいる一人が一歩前に出た。
「私から報告いたします」
一人がそう申し出たことによって彼らの中で順番は決まったも同然だ。
最初に報告を上げた者を基準に、終わったら隣の者に番が回り、報告を上げていくことになる。
そうして一人目がブレンダへの報告をはじめた。
「以上です。では私はこれで失礼いたします」
そう言って彼が一歩下がって頭を下げ退室しようと振りかえると、いつの間にかその先にエレナが立っていた。
いつ自分の後ろにやってきたのかは分からないが、今彼の目の前にエレナがいることは間違いない。
「え、エレナ様?」
その声に次の報告者も、報告をはじめようと一歩前に出た騎士までも、思わず振り返った。
皆の注目を集めながらもエレナは一人に騎士に尋ねる。
「あなたの報告は終わったかしら?」
「は、はい……」
クリスの次はエレナだ。
本来なら彼らに声をかけられるなど光栄なことだが、先ほどのクリスの件もあるし、何よりそのクリスはエレナをたいそう可愛がっているし、クリスがいつ戻ってくるのか分からない事もあり迂闊に話すのは気が引ける。
過去、エレナに気さくに話しかけていた騎士たちと自分は違う。
けれど相手から声をかけられたのだから無視はできない。
そのため無難な返事をしたのだが、エレナは報告が終わったという事実を確認できただけで満足といったように微笑んだ。
「じゃあ、ちょっとこっちへ来てちょうだい。私もお話が聞きたいわ」
ブレンダへの報告を済ませたところにエレナが話を聞きたいという。
けれど自分が最初に報告を終えたということは、クリスに頼まれた騎士団長への報告を行う立場になるはずだ。
「いえ、ですが報告が……」
「あら、お兄様はああ言ったけれど、信頼できる騎士であるあなた達がいる間、ここは手薄ではないでしょう?」
離れた場所でなされた会話のはずなのにしっかりと聞いていたエレナがそう言うと、彼は判断できかねないと困惑する。
確かにクリスは信頼すると言った。
それはきちんと報告をしてくれるという意味での信頼だろう。
けれどエレナはそれを知ってか知らずか、クリスが信頼している自分たちを護衛してくれる人間としてカウントすれば問題ないという。
この言葉はクリスとは違った意味で自分に向けられた大きな信頼だ。
けれど優先順位はどちらが高いと判断すべきか。
彼がその判断をできかねていると、その様子を見ていたブレンダが彼に向かって言った。
「クリス様の言う報告は、この部屋を最初に出た者がすればいいのではなかったかな?」
ブレンダがそう言うと、エレナの護衛騎士の一人も彼女に同意する。
「ああ、その通りだ」
「お前たちまで……」
指揮権を有するブレンダはともかく、なぜかエレナについている護衛騎士まであっさりと首を縦に振る。
思わず護衛騎士の方を見た彼が顔をひきつらせると、エレナは彼をじっと見て尋ねる。
「私とお話をするのはお嫌?」
「いえ、光栄です」
「そう?」
無理はしなくていいけれど、エレナはそう匂わせているが、周囲が従わないことを認めないといった空気を出している。
「わ、分かりました。ではあの……少し」
断り切れずに彼がそう返事をすると、エレナは先ほどまで自分が奥に座っていた場所を指した。
「ええ。じゃあ、そこに座ってちょうだい。あ、新しいお茶を用意するわね」
「いえ、そのようなお気遣いは……」
自分と話をするためにお茶まで用意するというエレナに、長居をするわけにはいかないと暗に断るが、エレナはそれを無視してワゴンの方へと向かった。
そしてすでにあるお湯と茶葉を使って、お茶を出す準備を始めるのだった。




