隔離の抜け穴と警告
皇太子を応接室から見送った後、クリスは自身の護衛騎士に言った。
「随分と耳が早いな……」
クリスの言葉から彼について知っている情報をと暗に言われた彼は、それについて報告を行う。
「今回も前に後から来た御仁が、街で用を済ませていたとかで遅れてきております。彼からの情報ではないかと」
前に知り合いに会いに行くから別行動をしていて後から来るのがいると言った人物がいた。
その時はあの皇太子にエレナが相応しい人間かどうかを探るためにうろついていたようだったけれど、今回も似たような行動をとっていたらしい。
もしかしたらパレードを見られない皇太子の代わりにそのパレードの様子を見て報告する役割を持っていただけかもしれないが、他にも何か役割があったに違いない。
そして皮肉にもあの襲撃現場に出くわしたのだろう。
けれどその報告はいつなされたのか。
そんな時間は与えていないはずだ。
「なるほどね。この件があって、後から来た人は隔離していたはずだけど、彼らは話す機会があったということ?」
クリスが疑問を投げかけると、護衛騎士も首を傾げた。
「いえ、例外は設けておりません。対面はしていないはずですが……」
少なくとも隔離を解いた訳ではない。
特に後から来た人間の中には、事件の指示役が混ざっている可能性が高いので、彼らはより厳重に監視対象とされている。
もちろんすでに主犯とされる者の見当はついているが、他にどの程度の協力者がいるのか、その全容は分かっていない。
そのため不審な動きをすれば分かるようにと、騎士たちを警護と称して監視強化に充てている。
それはそれなりに信用している相手も例外ではない。
「そうだね。じゃあ彼が来たか、あの皇太子殿下に聞かれたりはした?」
「そういえば、連れが遅れて来る予定だが、来ていないかという質問があったようです」
「その時はどう答えたの?」
「確か、国賓には街で襲撃事件が発生し、後から来た人間は、安全確保のため一旦警備の厳重な部屋へご案内して、一定の人数が集まったところで各部屋にご案内すると……。もちろんまだご案内には至っておりませんし、隔離は続いております」
その答えを聞いて彼は納得し、それ以上何も聞かなかったのだという。
「そのはずだよね。でも彼のしていた襲撃の話が具体的過ぎるんだよ。彼の想像が入っているとはいえ、およそ今まで受けている報告通りだった。なぜその場にいない彼が敵にあたりをつけられたのか、そこが気になったんだけど……」
二人がそんな話をしていると、別の騎士が恐る恐る発言の許可を求めた。
クリスが許可をすると、彼は言いにくそうに後から来た人を隔離していた控室の状況を報告する。
「あ、あの……、実は、そのお連れ様は、内容は見て良いからと、その場で紙を広げ名前と自分は無事だといった内容を書いて、これを届けてほしい、筆跡で偽りのないことは伝わるはずだと申しましたので、お預かりして届けました。他の客人の目もありましたし、複数人が見ている中で書いたものでしたから問題ないかと思いまして……。実はその後、似たような申し出が数件ございましたので、その方々にはこちらで用意した紙とペンをご利用いただきました」
トラブルの影響で、先に到着している客人と合流を許されなかった一人が、せめて自分の無事だけでも知らせたいと申し出ると、他の客もそれに追随したという。
そしてその客人は、このような状況だからこういう対応は仕方がないし、連絡を怪しむ気持ちも分かる。
自分に後ろめたいことなど何もない。
だが、相手に自分がすでに到着していることは知らせたいから、ここで書いた手紙の内容に問題がない事を検閲してもらって構わない、それをそのまま預けるから届けてほしいと申し出たのだという。
「その人たちの手紙の内容は確認したの?」
クリスの質問に彼は首を縦に振った。
「はい。全ての方の内容を確認し、問題がないと判断しております。連絡を希望された皆が、最初の方を手本に、ご自身の無事と名前、そして間違えては困るので届け主の名前を追加していただきお預かりしました」
そしてそれらは遅滞なく相手先に届けたのだという。
「つまり、表面的に書かれている内容は確認したけれど、最初の彼に筆記具は渡していない、書かれた手紙はすでに、すべて相手先の手元に届いてしまっているんだね?」
「はい……」
起きてしまったことは仕方がない。
けれどこの対応が悪手であることは理解してもらわなければ困る。
客人に後ろめたさがあったのかもしれないが、そのくらいのことでイレギュラーな対応をされては困る。
クリスは声を荒げそうになるのを抑えるため、大きくため息をついた。
「わかった。客人に不便をかけているという意識から、融通したくなる気持ちはわかるけど軽率な行動は控えてほしいな。今回のように一人に許せば全員に許可を出さなきゃいけなくなるし、その手紙の中に首謀者同士の手紙が紛れてしまうかもしれないからね。そうなれば中の様子も筒抜けになってしまうでしょう?それが既に発生してしまっている。何のために隔離しているのか考えてほしかったかな」
「申し訳ありません」
受け取ってしばらく渡さず保管しておくという選択肢もあったはずだ。
それをいくら目の前で内容を確認しているとはいえ、馬鹿正直にすぐ配達してしまったのは失態だろう。
でもここで彼だけを責めても仕方がない。
今は同じことが起きないよう注意を促す方が先だ。
「とりあえず、客人に不自由を強いているのはこちらだし、起こってしまったのだから仕方がない部分もある。受け取り手が心配しているのも事実だし、他に問題がなければいい。引き続き落ち着いて行動するように努めてほしい。この後、徹底するよう周知してきてくれるかな。頼りにしてるから、お願いね」
「かしこまりました」
彼はそう言うと、一人伝達のため部屋を出た。
それを見送った護衛騎士はぽつりとつぶやく。
「先ほどの手紙の件ですが、紙に細工がなされていたのでしょうか」
「おそらくね。こんなにあっさり、かい潜られてしまうと、うちの警備が疑われても仕方ないのかもしれない。あちらは常に命がけでやり取りをしているのだしね。そういうところも気になって釘をさしに来たのかもしれない」
「そうですね」
相手の情報が不足していれば渡そう。
それだけではなく、お前たちの隔離が甘く、この程度の監視なら余裕で掻い潜ることができる。
同じ方法をとれば自分以外にも情報のやり取りができている者がいるはずだ。
そしていくら強制ではないとはいえ、ちょっと自分が押せば簡単に出歩けてしまうこの状況はこれでいいのか。
これでは簡単に事を起こせてしまう。
彼はそう警告をしたかったのかもしれない。
その方法がストレートではないのは、それをクリスに自ら気付かせるためか、周囲に匂わせないようにするためか、その両方かは分からない。
ともかく警備の穴に関しては後で検証するとして、まずは目の前のトラブル解決と、お披露目の準備が先だ。
「とりあえず反省は後、目の前の処理を先にするしかないね」
「そうですね」
「今はエレナたちを執務室に残してきているし、ブレンダが受けている報告も確認したい。とりあえず一度戻ることにするよ」
「はっ!」
クリスは立ち上がると、手の空いた使用人にこの場の片付けをするよう伝達させる。
そして片付けの人員が来る前に応接室を出て、執務室に戻るのだった。




