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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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幼き殿下の憂鬱

公の場に出るようになってから、機嫌を悪くすることの多くなったクリスは、ため息ばかりつくようになっていた。

これからもずっと、かわいいという言葉を言われ続けるのかと、意識がそちらに向くだけで、勉強も手につかなくなっていた。

その様子は恋煩いをしている乙女のようで、大変可愛らしいのだが、本人はそんな風に思われているとは露知らず、今日も机に肘をついてアゴを支え、大きく息をついていた。



元が穏やかな性格の持ち主のため、不機嫌そうにしていても、あまり本気で捉えてもらえず、あまり相手にしてもらえなかった。

普通の子供ならとっくに当日行きたくないと駄々をこねたり、隠れて行方を眩ませたりするのだろうが、彼の周りには常に人がいるためそれも叶わない。

駄々をこねようにも、年齢と性格上、手足をばたつかせてイヤイヤとすることはできず、他の子供のように柱にしがみついて動かないと言っても、国のトップレベルの騎士が軽々とクリスを柱から引き離してしまう。

それがだめならばと隠れようとしても、席を立つだけで後をついてくるものがいるのだ。



クリスを可愛いというのは接触している貴族ばかりではない。


「殿下は見ているだけで母性を刺激されます」

「本当に。こう、頼まれたら断るなんてできないし、頼まれなくてもなにかして差し上げたくなってしまうのよ」

「そうなのよねぇ。つい先回りして手を回してしまいたくなってしまうのよ」


侍女たちから見ると、クリスは過保護に可愛がりたい対象ということらしい。

やはりここでもかわいい、かわいらしいという言葉が飛び交っている。


「ありがとう」


クリスが彼らを見上げてお礼を言うたびに、キャッとはしゃいだり、頬を赤らめてりする使用人も多い。

聞けば彼らはクリスの身の回りの世話をしているだけで幸せだと言うから不思議だとクリス自身は思っている。

ちなみに見た目を飾るだけならば、楽しく着せ替え人形になってくれるエレナがいいそうである。

次から次に服を出しても喜んで着替えてくれるし、長い髪も嫌がることなく触らせてくれるからだというが、男のクリスがそれを喜ぶわけがない。

本当は二人を着飾って並べてみたいという野望が侍女たちの中にはあるようだが、そんなものを叶える必要はないとクリスは考えている。

そういうのは公式の場だけで充分なのだ。



そしてクリスの周囲にいる男性たちはというと、完全に彼の雰囲気に毒気を抜かれていた。

こちらも見ているだけで幸せになれるらしい。


「王子の護衛なのに、なんかこう、姫を護衛している気分になれるんだよな」

「殿下の護衛という名誉と、殿下という癒やしを受けられる最高の職務だよ」

「しかもわがままを言ったりしないすごくいい子なんだよなぁ」

「非の打ちどころのないかわいらしい殿下。このままお側に置いてほしい」


そんな話が聞かれるくらい、大変好評である。

このような状態で本当に警護できるのかと心配になるほどだが、彼らからすればかわいらしい殿下に危害を加えようとする者が周囲に現れると感覚で分かるそうで、それらの者を敵と判断するのだと言う。

彼らは悪いことは何もしていない。

そのため当然、罰することはできない。

彼らの自分を見る目が、他の王族の護衛と明らかに違うことは解るが、それが気持ち悪いだけで、彼らは仕事を過剰なまでに全うしている。

むしろ周囲をうろつく不審者を捕まえて報償を与えられるものが増加しているくらいである。

どうすることもできないまま、不快な思いを抱えつつ、クリスはそんな話が耳に入る度に頭を抱えている。



やがて彼に直接接触をする立場である家庭教師も、彼の空気に飲まれて授業ペースが落ちるようになり、学習までもが思うように進まなくなっていった。

クリス自身が優秀なため成績が落ちることはなかったが、問題に正解するたびに大袈裟なまでに褒めるだけで、何かを教わるという状態ではなくなっていたのだ。

そして勉強は深夜にクリス自身が予習をすることでカバーしていた。

本人の努力あってのものなのだが、これでは家庭教師など意味がない。

その時間を自分で勉強する時間に充てた方がはるかに有意義に使えると考えられるほどである。



そんな日々を過ごしていると、いつの間にかクリスの周りにつく人間の選考基準のトップに、彼の空気に飲まれず職務を全うできる人物という条件が付けられるようになった。

それでも多くの者たちが挑戦しては敗れる事を繰り返していた。

この基準を設けてから、クリスの周りは人の入れ替わりが増えてさらに落ち着かなくなっていた。

幸いにも記憶力がよく、一度会った人間の顔と名前は忘れないという特技を持ち合わせていたため、クリスの周囲ではあまり問題にはならなかったが、変更が多すぎるため、知らない人が中に入れてしまうような環境ができつつあった。

実は一歩間違えれば、誘拐事件を引き起こしかねないレベルである。

この事態に、先に音を上げたのはエレナで、ついにこう宣言したのだ。


「お兄様の周囲にいる方を覚えることは諦めるわ。お兄様の護衛や侍女を名乗る人は、お兄様と一緒にいない限り信用しないと決めたの。元護衛でしたという方が仕事を求めて私のところにも来たり、侍女を名乗る方が伝言に来たりするけれど、本物と偽物がいると私の護衛が言っているの。もうわけがわからないのよ」


この事態に便乗して誘拐されそうになっているのは、クリスだけではなくエレナであった。

クリスの周囲には幸い彼の信者のようになっている人が常におり、変なものがまぎれていると彼らがクリスを守るために立ちあがる一方、エレナの周囲は手薄になっていた。

本気で誘拐をもくろんでいる者は、クリスよりエレナの方が狙いやすいと気がついて行動に移すので、よりやっかいなのである。

辛うじてエレナの周囲にいる優秀な護衛や侍女、執事たちがそれを阻止できているが、一人になってしまったところに声をかけられることもたびたびあるのだ。

周囲はクリスが無事なら何とかなると考えているようだが、もし誘拐されればエレナがキズモノとして扱われる可能性がある。

それはエレナの将来に影を落とすことになるのだから、本当は真剣に考えてもらいたいとクリスは常に妹を心配していた。



そんな中、クリスについた家庭教師で、一人だけ長く彼に付くことになるものが現れた。

クリスとの相性もよく、頭の切れる男であった。

その男がくると、いつの間にか騒ぎが鎮静化し、人の入れ替えも少なくなった。

そうしてようやく、クリスの周辺が落ち着きを取り戻すことになるのだった。

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