憧れの女性像
お菓子の話題で何とかその場の会話に加わることができるようになったエレナは、ふと思ったことを口にした。
「私、皆様の伺いたいことがあるの?」
「何でしょうか?」
「私あまり流行に詳しくないの。皆さんの周りで流行していることなどがあったら教えてほしいのだけれど……」
市井に出ることもなければ集団生活をすることもないエレナは、噂や流行というものに疎い。
こういうものが流行していたと自分に伝わってきた時には、すでにその流行が終わってしまっていることが多いのだ。
最近はクリスが学校で聞いた出来事を教えてもらうことができるため、入ってくるスピードは少し早くなったが、情報量が少ない。
どうせならば今流行していることを、できれば女性の目線で聞きたいと思ったのだ。
「そうですわね……何かあるかしら?」
彼女たちにとっては当たり前になりすぎているため、逆にどういう話をすればいいのか考えねばならないらしい。
相談している彼女たちの会話に耳を傾けながら、エレナは話が始まるのを待った。
「流行ではないですが、最近何かと話題になる人気の女性ならいらっしゃいますよ?」
周囲が止めるのも聞かず、話題に困った一人がそう口にした。
エレナの向ける視線に催促された形である。
「人気の女性?女性に人気のある女性なら、さぞ素敵な方なのでしょう」
「ええ。それはそれは素敵な方で……」
「まあ、そうなのね。そのお話、私に教えてくれないかしら?」
話し始めてしまった一人に対し、別の人がエレナに申し訳なさそうに言った。
「ですがエレナ様、少々下世話な話ですし、少し思っておられる内容とは異なるかもしれませんが……」
「大丈夫よ。それにそういう雑談をする機会が私にはないの。だから、皆さんのお話の輪の中に入れてもらえたら嬉しいわ。それに、同年代の女性目線からの意見は貴重だわ」
「わかりました……」
こんな話で大丈夫なのかと心配に思いながらも、別の人が口を開いた。
「実は最近、よく噂に上がる女性騎士様がいらっしゃるのです」
「女性の騎士?」
「はい」
「まあ、どなたなのかしら?どこの所属かはおわかりなの?」
噂に上がる女性騎士、ということは本の中の人物ではなく実在する人物に違いない。
彼女たちはその女性騎士を見たことがあるのか、エレナのその質問に困惑したのか顔を見合わせている。
「あ、はい。クリス様の警護を担当されているというお話なのですが……」
「お兄様の……?」
エレナは兄を女性が警備しているところを見たことがなく、首を傾けた。
相手が男性ならば会うことがないことは分かるが、女性ならば紹介されそうなものである。
エレナがそんなことを考えている間にも話は進んだ。
「はい。その方は大変美しくて、とてもお強いのに戦うお姿はとても優美、世の中の男性など目に入らなくなるようなかっこよさと評判なのです」
「いつかあのような方にエスコートされてみたいですわ」
「彼女は私たちの憧れなのです」
彼女はクリスと並ぶと、騎士とお姫様のように見えるらしい。
並び立つ姿が大変美しいため、二人が一緒だとより注目が集まるというのだ。
「……誰のことかしら?私も全員を知っているわけではないけれど、そんな人が身近にいるってわかっただけで嬉しいわ」
エレナは真剣にクリスの護衛の姿を思い出し、その中から該当する人がいないか考えていたが、結局その場で思い浮かべることはできなかった。
そもそもクリスの周囲にいる人は、彼の影響を受けて信者のようになってしまう人が多いため、周囲の人間がコロコロと変わる。
さすがに長く務めている者は顔を合わせる回数が多いためエレナも認識しているが、昔、クリスの周囲の人間を覚えることを放棄してからはあまり意識をしていなかったことも思い出せない原因である。
エレナはその人物を思い出すことを断念し、話が変わりすぎないように次の質問をした。
「皆様の理想の女性像というのはどのようなものなのかしら?」
「理想の女性、でございますか?」
「ええ。どのような女性を目標にしたら、素敵なレディになれるのかしらってずっと悩んでいるのよ。もしかしたら学校でそういうお勉強もあるのかしらって気になったものだから……」
クリスの話では男性と女性が別々に集められて授業をすることがあるという。
男性が訓練場で訓練をしている間、女性は別の授業を受けているというのだ。
さすがのクリスも女性だけが集められて行われている授業の内容までは知らないため、そういう授業があってもおかしくないと思ったのだ。
「授業ではそういうことは話しませんが、雑談の中ではそういうお話をすることはありますわ。先ほどの女性騎士さまだけではなくて、夜会で目立つ美しい女性を見て、あのようになりたいわとか、そういう軽いお話ではありますが……」
「夜会のエレナ様とクリス様も素敵だと思っているのですが、なかなかお近づきになれなかったのでこうしてお話ができて嬉しいです」
「ええ、私もですわ。エレナ様は私たちから見たら充分素敵なレディなのですわ」
「でも、私はその女性騎士のように優雅に戦うことはできないわ。できるようになった方がいいのかしら?」
エレナの言葉に、それぞれがエレナの戦う姿を想像していた。
女性騎士の二番手として甲冑を来て戦う姿を想像する者、ふわふわとしたドレスを着たまま剣を振りかざす姿を想像する者、騎士となったエレナがクリスを守っている姿など、その思考はそれぞれであったが、口に出した言葉は一致していた。
「それは、想像しただけで素敵です!」
「まさに憧れですわ!」
「そうなのね。それならば私はもっと頑張らなければいけないわ」
「エレナ様が頑張るというのならば、お役に立てないかもしれませんが応援させていただきます!」
クリスよりもエレナの方が女性憧れの騎士になれるに違いないと彼らは思っていた。
しかし、それは想像の世界の話で本物のエレナに期待した言葉ではない。
「そうね。私があなたたちを守れるくらいにならなければだめよね」
エレナの返事はかわいらしさの中にある威厳のようなものを彼女たちに感じさせた。
笑顔の中にエレナの意志の強さが表れたためだろう。
そんなエレナはというと、やはり騎士団長のところに談判に行く必要があると真剣に考えていた。
「本当にそうなったら素敵ですわ」
「クリス様を守るために、強くなったエレナ様が敵と対峙する姿なんて、さぞ可憐で素敵に違いありません」
だんだん妄想が止まらなくなった数名がどんどんエレナを持ち上げていく。
これが彼女たちにとっての日常会話なのだが、エレナにとってこのような会話は初めてである。
そこに出てきた言葉、今までは自分のために強くなろうとしていたが、要人である兄を守るために強くなるという考えがあることに気がついた。
「そうね。私がお兄様をお守りできるようになるのは大事だわ」
そのつぶやきを聞いた女性たちは、勝手に盛り上がっていたが、エレナの思考はすでにその席にはなかった。
クリスを守っている女性騎士、それが彼女たちの憧れで、エレナがクリスを守る姿はきっと素敵だという。
それならば自分はそこを目指せばいいのではないか。
護衛騎士は護衛対象だけではなく、自分の身も同時に守らなければならないのだと家庭教師から聞いていた。
今学んでいる護身術では自分の身しか守れない。
エレナの中で途切れていた線が繋がった。
「ずいぶんと盛り上がっていたようね」
「お母様」
母親に声をかけられてエレナは我に返った。
「そろそろ皆、帰らなければならないわ」
「はい」
母親たちが向かってきていることに気がついていた女性たちは、話をしながら、いつの間にか帰り支度を始めていた。
エレナはお見送りのために立ちあがると、慌てて母親のもとに駆け寄った。
こうして不安要素であったお菓子の力を借りて、どうにかその場を乗り切ったエレナは、母親と共に客人を見送って無事にお茶会を終えたのだった。




