憎まれ役
「わかった。ありがとう。ケインたちは?」
彼からの話を一通り聞き終えたクリスは、馬車に逃げ込んだというケインに話を振った。
馬車の中にいる二人から外の様子を聞きだすことはできないだろうが、中で何があったのかを聞いておく必要があるし、一人にだけ聞いて、もう一人に聞かないというのは周囲の目から見て不自然だからだ。
「私は馬車から馬が外された後、彼がエレナ様も同行していると見せかけるために声を上げてくれたのを聞いて、そのタイミングでエレナ様を馬車に押し込んで、私も覆いかぶさるように乗り込みました。まだ矢は収まっておりませんでしたので、窓から矢が入ってくることは想定できたため、馬車の椅子の板を外して、それを自分に乗せて簡易的な盾として矢を防いでいました。幸い、中を覗かれた際にはすでに多くの矢が中に入り込み、背負っていた板にもたくさん刺さっていたため見つからずにすみました」
ケインがそう淡々と話すと、エレナも内容に相違はないとうなずいた。
「そうね。私は二人の機転のおかげでこうしてここにいられるのだと思っているわ。彼らが馬車を蹴った時、馬車が横転するんじゃないかと思うくらい揺れて怖かったけれど、ケインが押さえてくれたおかげで声を出さずに済んだのよ。でもやっぱり私は守られるだけになってしまった気がするの。私にもっと力があったのなら、それこそ掃討戦にだって参加して、少しでも役に立てたと思うのだけれど……」
今の自分では出て行っただけで足手まといになる。
それが分かっていたからこそ、馬車で甘んじて守られていたのだ。
今回の一件でやはり自分が足手まといになるのは嫌だし、せめて自分の身は自分で守れないといけないと思い知った。
そうしなければ役に立つ所まで進めない。
「エレナ様、馬車でも気になっていたのですが、守られるだけというのはどういうことでしょう?我々がエレナ様をお守りするのは当然のことだと思うのですが」
エレナが何気なく口にした言葉にケインが反応を示すと、クリスが尋ねた。
「ケイン、それはエレナが言ったの?」
「はい」
クリスの問いにケインが即答すると、口元に人差し指を当てて少しうつむいて考える仕草をしたかと思うと、それがまとまったのか顔を上げた。
「ねぇケインはさ、女だからって守られるのが当たり前ではないって言葉に覚えはない?僕は聞いた覚えがあるんだけど」
「え……?」
クリスから記憶にない言葉を投げかけられ、ケインが驚いて言葉を失っていると、クリスはため息をついた。
その反応だけで充分だ。
あの時の言葉はやはりエレナを意識しての言葉ではなかった。
クリスはそうだと思っていたけれど、偶然居合わせたエレナには違った。
そういうことだろう。
「じゃあ、エレナがちゃんと守られてくれるように教育し直してくれる?拗らせちゃった責任、ちゃんと取ってね?」
「それは、きちんと守られてもらうよう説得すればよいということでしょうか?」
ケインはあの時の自分の言葉がこのような事態を招いていることに気がついていない。
当然と言えばそうなのだが、その言葉を否定し説得できるのは、発した本人であるケインしかいない。
しかもケインには自覚がないのだから、どこから話せばいいのか悩ましい限りだ。
とりあえず事情を知らない人がこの場にいないことを確認すると、クリスは口を開いた。
「そうだね。とりあえず誤解を解くのが先だと思うけど……。それからさ、ケインはどこかで、エレナは自分から離れていかないと思ってない?」
「そんなことは……」
「でもね、ケインやエレナがどう考えていても、私の一言で君たちを引き離すのなんて簡単なんだよ。私はいくら相手がケインでも、エレナを傷つけるようなら、君をエレナから引き離すことも厭わない」
二人がお互いを思い合っているのは知っている。
その努力の方向がお互いに少しずつずれていたとしても、いつかは自然と軌道修正されると思っていた。
でもそれを待っても戻れるような状態ではなさそうだ。
だったらせめて、気持ちまで離れてしまう前にどうにかしたい。
今まで放置した自分の責任として恨まれ役を買おう。
クリスはそう決断して続ける。
「エレナは確かに強いと思う。僕よりもはるかに威厳があって、本当なら王にふさわしいのはあの子なのかもしれない。でもね、エレナは私の大事な妹なんだよ。だから誰もエレナを守ってくれないなら、私があの子を守るつもりなんだ。そのためなら恨まれる覚悟くらいはしているつもりだからね。私がエレナにしてあげられるのはそのくらいだから」
なぜクリスが急にそのようなことを言い出したのか分からない。
エレナもケインも会話の意図がつかめず、様子を探るばかりだ。
「こんな状況だけど、いい機会かもしれないな。ここだと報告のために騎士たちが出入りするから、そっちの小部屋を使ってかまわないから、二人で一度きちんと話し合っておいで。別に喧嘩になっても、多少力づくになっても、二人は一度、全力でぶつかった方がいいと思う。まずエレナは、何でケインにそんなことを言ったのかきちんと自分の言葉で説明するんだ。エレナが前にどこで何を聞いてどう思ったのか。思い出したくないかもしれないけど、それをきちんと伝えるんだよ」
「え?ええ、わかったわ」
学校見学での話まで遡れと暗にクリスが言うと、エレナは不思議そうな顔をしながらもうなずいた。
クリスが言うのだから、その中にケインに話す必要のあることが混ざっているのだろう。
それがどれか自分にはわからないから、全部話してケインに拾ってもらうしかない。
あの時、それを聞いて大きなショックを受けたけれど、今なら冷静に話すことができる。
そして話をするために思い起こしてみると、自分は努力を怠っていたのではないかという考えに思い至った。
あの時の決意が揺らいでいる。
クリスはそこを指摘しているのかもしれない。
エレナがそんなことを考えている間に、クリスはケインにも話をする。
「ケインはまず、エレナの話を聞いてどう軌道修正するか考えて。たぶん、聞きたいことがたくさん出てくると思う。それと結論も結果も急がないから、まずは受け止めることに専念してもらえるかな」
「申し訳ありません……」
今まで、エレナの願いはできる限り叶えたいと裏で努力をしてきた。
自分が表に出られなくても、役に立ったと言われなくてもよかった。
しかしそうしてきたはずの自分が、エレナに何かをしてしまったのは間違いないようだ。
そしてエレナは守られない立場になろうと動き始めてしまった。
そのきっかけを作ったのは皮肉にもケインだとクリスは言う。
全てを理解するためにはまず、エレナの話を聞く必要がある。
だからクリスはその時間を作ってくれたのだ。
言いたい事をぶつけ合う場。
エレナに何をぶつけられるか分からないけれど、覚悟はした方がいいだろう。
そうしてお互いの考えは的を外れたまま、とりあえず二人はクリスによって小部屋に押し込められたのだった。




