お茶会と事情聴取
「私も一緒って言ったからね。ここで二人に話を聞きながら軽食をしていればこれは業務だよ。きちんと報告をしてもらっているのだから」
クリスはそう言って立ち上がるとエレナたちと同じテーブルについた。
「クリス様まで……」
ケインがため息をつくと、クリスはそんなケインを見上げて微笑む。
「ケインはいっそう頭が固くなったようだね」
「そうでしょうか」
二人との距離を適切に保つ、そうしなければならないと強くたたき込んできたこともあり、ケインは人前でその距離を縮めることに抵抗感を持つようになっていた。
今は有事で、ここはクリスの執務室。
そして人払いをするどころか多くの人が報告のため出入りを繰り返しているのが現状だ。
その中で和気あいあいといつものようにお茶をするなど落ち着かない。
孤児院なら自分たちの人間関係を気にする必要はないかもしれないが、さすがに王宮内ではよくないと、どうしてもそのような判断が優先されてしまうのだ。
「気持ちはわかるけど、軽食が届いたようだし、とりあえず座ってもらえるかな。給仕ができなくて彼らが困ってしまうからね」
ケインが座るのを躊躇っているうちに、ワゴンにたくさんの軽食と菓子を乗せた使用人たちが来ていた。
しかしケインが立っているので、それを置くこともお茶を出すこともできずに、その場でやり取りを見守っている。
「わかりました。失礼いたします」
ケインが座ると、それに続いて同僚もその隣に腰を下ろした。
するとすぐに彼らは軽食をテーブルの中央に置き、クリスと騎士たちのお茶の準備を始めた。
先ほどからエレナの指示で何度も同じように騎士たちの前にお茶や軽食を出しているため、最初は表情には出さないまでも困惑していた彼らも、さも当たり前のように騎士たちにお茶を提供する。
今回はなぜかクリスもその席にいたので、むしろそのことの方に驚いたが、確かにクリスも報告を受けて指示を出すだけで何も食べていなかったのだから、ここで一緒に食事をするのは不自然ではない。
彼らがここで食事をする騎士たちに嫌悪感を抱かずに済んだのは、料理長が軽食の依頼が多いことでエレナの目的を察して、それを彼らに説明したのも大きいのだが、一番はこの光景を見慣れたことだろう。
騎士の中にはケインと同じように困惑して座るのを躊躇っていた者もいたのだ。
そんな彼らはワゴンに乗せられた軽食を全てテーブルに並べ終え、お茶の準備を終えると一つのワゴンを残してすぐに執務室から退室した。
彼らは次の声掛けに備えなければならないのだ。
そうして給仕の者達が去り、室内が五人と空気のようになっている護衛騎士だけになったところで、クリスは早速話を始めた。
「君は掃討戦をしてくれていたんだったよね。その時、周囲がどんな感じだったか、改めて教えてもらえるかな」
クリスは自分の身を守って逃げるのが精一杯で、エレナの事を気にすることはできなかった。
だからせめて、詳しく状況を教えてもらって、エレナを守ってくれた彼らに報いたいと思っていた。
「はい。幸いにもパレードの分の道が空いていたので、馬車の周りは空いていて、比較的民衆との距離は保たれていました。それは彼らが逃げる時も同様で、パレードに向けられた矢を警戒してのことと思いますが、道を横切って逃げるものはおらず、皆が背にしている建物の方か、左右に逃げていくような感じでした」
「そう……」
彼に言われてクリスは初めてその事に気がついた。
確かに自分が王宮に向かって走っている際、民衆はパニックを起こしていたが、自分たちの進路をふさぐ者はいなかった。
だからこそスムーズに帰還できたのだ。
クリスがその内容に感心していた。
「エレナ様が表に出られて護衛たちにクリス様を優先してお守りするよう命を下した後も、しばらく矢が雨のように降っていましたが、片側からでしたので、実行犯が潜んでいたのは道の片側だったと思われます。ですから私は降りてから馬車を盾に、反対側で矢が止むのを待っていたのです」
「確かに沢山の矢が片側に傾きそうなくらい刺さっていたわね」
エレナは自分が馬車から下ろされた時に見た馬車の光景を思い出しながら思わずそう言った。
けれどそれを気にする様子もなく、状況の説明を続ける。
「矢が止むと、急にガラの悪い者たちが道に出てきましたので、彼らを実行犯と判断して、あとは馬車にそのような者を近づけまいと無我夢中でした」
民衆がそれなりに少なくなると、人目を気にする必要がないと判断したのか、欲を出したのか分からない者達が姿を現した。
主に弓だが武器を持っていたので、彼らが実行犯のメンバーの一部だと判断した。
そうでないものがいたとしても便乗して悪事を働こうとした者であることは間違いないので同じものとして扱うことにした。
しばらく一人だった事もあり、襲撃犯とその他を選別しながら戦うのは無理だったのだ。
だから騎士団長と捕縛したものを引き渡しに行った際、聴取をする騎士には、襲撃犯じゃないものが混ざっているかもしれないと伝えたのだが、同じ騎士である彼らは、一人でこの掃討戦をしていたと聞いて、選別くらいは任せてくれと言ってくれた。
「とりあえず、王女付きの臨時につけた護衛に関しては理解しているよ。エレナはそういう子だから、離れないでいてくれて助かった」
話を聞けば聞くほど彼の功績は大きい。
ケイン一人では誰も守る者のいない馬車は襲撃を受けていたに違いない。
ケインは全力でエレナを守ってくれるだろうけれど、ケインだって無敵な訳ではないし、おそらくエレナは逃げろと言われても逃げたりはしなかっただろう。
「その件に関しては自分が皆を制止できれば良かったのですが……」
エレナの命令を素直に受け入れ、高揚した彼らを思い出して、思わず苦笑いを浮かべながら申し訳ないと口にすると、クリスはため息をついた。
「まあ、それは仕方ないよね。エレナは私より貫禄があるし、みんなパレードでテンション高かっただろうし、君は命令できる立場じゃないしね。あの場にいた者の中に、エレナの命令を上書きできるような要素を持ち合わせた者はいない。だからこそ、冷静に地震の判断で残ってくれたことが大きい、それに彼らについてだけど、それは私の采配ミスだから気にしないでもらってかまわない。謝罪の必要もない」
クリスはそう言って彼を激励した。
そしてこの逸材をこの先どう活かしていくべきか、この件が終わったらきちんと考えなければとクリスは心に留めるのだった。




