救出
クリスから命令を受けた騎士団長と精鋭部隊は、パレードの道を逆走していた。
パレードでエレナたちがどこまで進んでいたのか、そしてどこから外れたのかを確認し、そこから足取りを追うことが目的だ。
けれど最悪の事態も考えられる。
すでに矢の雨は止んでいるが、あれだけの矢が降り注いだ上、エレナの護衛の一部がすでにエレナから離れてしまっているのだ。
彼らがいても危険なのに、残っている少ない人数での対応だ。
逃げ遅れていたら命はないかもしれない。
騎士団長がそんなことを考えていると、すぐにエレナの乗っていた馬車をパレードの導線上に見つけた。
馬車は酷いありさまだった
車輪は付いているものの、馬を繋いでいたはずの綱は切れ、馬が見当たらない。
もはやただの箱である。
しかも馬車の片面には大量の矢が刺さっており、窓の部分だけそれがない。
しかしこの様子なら、窓からも相当の数の矢が入り込んだことが容易に想像できる。
馬車に刺さる矢から、上から落ちてきた襲撃が一方の沿道からの攻撃であったことも分かった。
しかしエレナの姿は見当たらない。
そんな馬車の後ろで、一人の騎士が黙々と、逃げられないよう足を切りつけ、動けない人間の塊を築いていた。
矢での攻撃は収まっているが、この騒動に乗じ、強奪を目論む荒くれ者が馬車を狙って攻撃を仕掛けてきているのか、馬車を守ってその場に留まっている。
もしかしたら囲まれて逃げ場を失っていただけかもしれないが、それでも一人、黙々と生かさず殺さずの対応を成し遂げているところに技量を感じる。
そしてこの場にずっと留まっている彼は、エレナの護衛騎士の一人。
絶対に事情を知る者だ。
彼から話を聞ければエレナの所在も分かるだろう。
騎士団長は彼を見つけると指示を飛ばした。
「まずはあの騎士を援護しろ!周囲にまだ敵がいる!警戒を怠るな!」
「はっ!」
騎士団長の呼びかけで、騎士団長の率いてきた騎士たちが彼の援護に入った。
そして彼は騎士団長の元に連れていかれる。
「無事か!」
「騎士団長……」
さすがに長時間一人で多くの敵を相手にしていた疲れと息切れで、うまく言葉が出てこない。
けれど騎士団長が来たことで、ようやく手足を止めることができた。
まずは現状の報告、彼がそう考えて呼吸を整えていると、騎士団長が鬼気迫る勢いで言った。
「エレナ様は!」
騎士団長の勢い押されながらも彼はまだ荒い息のまま報告を始めた。
「ば、馬車の、中です。中でケインが、エレナ様をお守りしています。中にも矢が入っているようなので、エレナ様はおそらく大丈夫でしょうけど、ケインは分かりません。私は見ての通り、周囲の掃討中でした」
騎士団長がここに来てから、馬車の中からは音も声も聞こえていない。
つまり二人は、これらの騒ぎが起きている中でも、攻撃を受けていても、馬車の中で無言を貫いているのだ。
けれど彼も中を確認できてはいなかった。
自分が馬車を気にしていれば、敵も中に誰かがいるなり、大事なものがあるなり勘づいてしまうし、そもそも敵が多すぎて馬車の中を気にする余裕はなかったのだ。
ただ何かあれば異変くらい察知できたと思うし、ケインが何もせず一歩的にやられることはないはずだ。
だから二人は無事である、できる事なら怪我もなく無事であってほしいと落ち着いた今はそう思っている。
「そうか……よくやった。これからも頼む」
「あの……、できればこういうのは、もうやりたくありません……」
エレナが無事だろうという一報を受けて安堵の表情を浮かべた騎士団長が彼をそうねぎらうと、彼は大きく息をついて言ったのだった。
馬車の外が騒がしくなった。
多くの馬、そして足音が近づいてくる。
ケインはこれが味方であればと願いながらも警戒した。
もしもこれらが敵であったなら、自分の命に変えてもエレナを守るつもりだ。
まずは剣となり敵を殲滅できればいい。
でもできなかったなら、危険が迫れば盾となる。
ケインがそう考える一方、ケインと床に挟まれて、じっと仰向けになっているエレナも、外の様子が気になっているようで、少し視線を外に向けている。
視界はほぼ遮られている。
頼れるのは耳だけの状態だ。
そうして二人が黙って様子を伺っていると、やがて外の騒ぎは少し収まった。
そしてご丁寧にもノックしてからカーテンが開かれる。
「ご無事ですか?」
足元側にある馬車のカーテンが開いたため、ケインが少し頭を上げて確認すると、見慣れた同僚と騎士団長の姿がそこにはあった。
「ああ。無事だ」
ケインが先に答えると、エレナも床に転がったまま首を縦に振った。
「そうか、良かった。残った甲斐があったよ」
騎士団長が到着しているし、てっきりここを離れてこの状況を報告に行ってくれたのだとばかり思っていたケインは、驚いて言った。
「残ったって……お前、クリス様の後ろ追わなかったのか?一度周囲が静かになったから、てっきり全員行ったのかと……」
ケインが馬車から離れたとばかり思っていた同僚の姿を見て驚いていると、彼はため息をついた。
「俺か?俺は掃討戦してたんだよ。こんなの元を断たなきゃいつまでも終わんねぇし、クリス様にだって護衛付いてんだから全員で行く必要ないだろ?他の奴が本当にクリス様を追いかけてったから、その状況は利用はさせてもらったけどな。まあ、そのおかげでこっちが相手をする敵の数は想定より少なくて済んだ。奴らも本当に王族が乗ってるんだったら、騎士一人ってのはおかしいと思ったようだったし、俺なんか、こいつは敵に攻撃を受けて反撃しているうちに置いてかれて囲まれちゃったやつ、みたいな目で見られたしな。いい目くらましになったようだぞ」
「そうか……」
彼の説明を、ケインは少し体を起こした状態のまま話を聞いていた。
状況的にケインがエレナを庇ってのことだということは分かるが、いつまでも馬車の床にいると、二人は逢い引きしていると勘違いされかねない。
「それより、いつまでそうしてるつもりだよ……」
普通の会話を始めたケインに彼は呆れたように言った。
「上見ればわかるだろ!」
ケインに言われて同僚はケインの頭上を見た。
確かに彼の頭の上、馬車の中にも多くの矢が刺さっていた。
窓から入ってきた矢であるためか、それらは上部に集中していて、ケインが頭を軽くしか上げられないのはその矢が邪魔だからだということがわかる。
「これはなかなか酷い状況だったな。いや、でもさ、ここからだとどう見てもエレナ様を押し倒してるようにしか……」
「そう思うんだったら反対側開けて、エレナ様を頭側から引き出してやってくれ」
「はいはい」
彼はそう返事をしながらも、二人の無事な姿を確認できたこと、そしてケインに軽口を叩けるくらい余裕があることに密かに安堵したのだった。




