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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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刺繍の使い道

家庭教師から出された宿題はエレナにとって難しいものではなかった。

授業の内容を理解していればスムーズに進められるものであり、誰かに質問をすることもなく、一時間もすると、その日の宿題を見事一人でやり遂げていた。


「一人で黙々と計算に取り組むというのは新しい経験だわ」


ひたすら計算問題と向き合って机にかじりついていたエレナは課題が終わると体を伸ばした。

いつもなら一問一答形式になる計算問題を一人で一度に解くというのは新しいというのだ。

今までは一問解いては答え合わせをするというやり方で授業が進んでいたのだ。


「お疲れさまでした。お茶をご用意いたしましたがお飲みになりますか?」

「ええ」


宿題の終わるタイミングで侍女がすぐにお茶を入れてテーブルに置くと、エレナは勉強机からテーブルの席へと移動した。


「いかがでしたか?初めての宿題は」


侍女がそれとなく尋ねると、エレナは言った。


「そうね、ずっと書いているせいで姿勢が悪くなってしまっていたのか体が凝り固まってしまったみたい……。でも、終わった時、達成感があったわ。それにこうして何かを終えた後にいただくお茶というのはそれだけでおいしく感じてしまうから不思議」


エレナの発言は一仕事終えた大人が酒を飲んで会話しているような内容である。

侍女が苦笑いしていると、エレナはそれに気がついて言った。


「ごめんなさい。あなたのお茶はいつもおいしいわよ?」

「あ、ありがとうございます」


侍女は自分の表情が崩れていることに気がついて、顔を引き締めた。


「あの……」


エレナは自分が失言したがどう言っていいか分からず出てこなくて困惑していた。

その様子を察した侍女が咄嗟に思いついたことを言った。


「エレナ様、私はエレナ様の様子を見ながら試験を思い出してしまったのでございます。私はあまり成績が良くありませんでしたので、試験に良い思い出がなかったのです……」

「試験……?」


エレナが不思議そうにしていると侍女は簡単に試験の説明をした。


「学校では、多くの人が同時に授業受けていますから、理解していない人がいてもそのまま授業は進んでしまうことが多いのです。そのため、生徒がどのくらい理解しているのかを確認するための試験というものありまして、それが成績として反映され、親にも報告されるのです。そして進学にも就職にもその成績が影響しますから、皆、その時は必死に勉強するのですが、できない教科がある私としては苦痛でした」

「でも、私がしていたのは宿題よ?」


話を聞いてもよくわからないと言ったようにエレナが首を傾げていると、侍女は説明を追加した。


「はい。しかし、エレナ様の問題に向き合う姿勢が、試験を受けている緊迫感によく似ておいででした。素晴らしいことだと思います」


集中力の高いエレナを見た侍女が感嘆に似た声でそう言った。


「そう?嫌な思いをさせていないのならよかったわ。それに、お仕事というのは勉強ができるだけではできないということは皆が教えてくれたじゃない。私は皆にお仕事を教えてもらったわ。掃除や洗濯、料理は、机に向かっていてはできるようにならないもの。そういうことを覚えながら勉強もしていたのだから、私たちから見たらあなたたちの方がよっぽどすごいわよ。私は自分の周りのことがどうにかできるようになってきたところだもの。まだまだ、身の回りのことはやってもらっていることも多いし、周囲のことまで気にかけている余裕はないわ」


エレナの思わぬ賛辞に侍女は恐縮しながらも喜んでいた。

そうして話をしているうちにその日はクリスの帰宅時間となったため、エレナは読書に手を付けるのをやめて、いつも通りお迎えに出ていくのだった。



夕食の時間、エレナはふと気になったことを思い出した。

家庭教師が、侍女や使用人が掃除をする時に頭にかぶっている布は白に決まっているという話である。


「お父様、お母様、使用人たちが掃除をする時にかぶっている布はなぜ白と決まっているの?掃除をしているところにお客様は来ないのだし、すれ違うくらいでしょう?」


制服に色を合わせているということならば、客に見られることを心配する必要はない。

色のついているものを使っていると気分も上がるし、種類が豊富なら毎日選ぶ楽しみができて、それだけで楽しい。

皆にもそういう気持ちで仕事をしてほしいと思う。

そこでエレナが尋ねると、母親から答えが返ってきた。


「布に色がついているとその布が汚れているかどうか分かりにくいからよ。汚れていることが分からないと洗った時に汚れが残ってしまうかもしれないでしょう」

「では、白ならば刺繍がしてあっても問題ないのかしら?」

「ええ。皆に同じものを支給しているから、分からなくならないように使用人たちは縛るところの端に自分の目印になるように白い糸でイニシャルなどを入れて区別できるようにしているわ」

「そうだったのね」


掃除の際にかぶる布が白い理由を理解したエレナは、そう言うと食事に戻った。


「それがどうかしたのか?」


国王が不思議そうに聞く。


「先生がこの間侍女とそんな話をしていたから少し気になったのです」


この場では口にできないとエレナはそれ以上何も言わなかった。

そして食事を下げる際に周囲から人がいなくなったのを見計らって、エレナは国王と王妃の側へ行くと、こっそりとお願いをした。


「私に彼らが使っている白い布をたくさんいただきたいのです。私が皆に刺繍をしてプレゼントをしたいの。無理かしら?ちゃんと糸は白にするわ。そうしたら皆に使ってもらえるでしょう?でもできれば皆に知られないように作りたいの。今は時間をつぶすために刺繍をしているけれど、せっかく作るのだから、使ってもらえるものにしたいし、その方が無駄が少なくていいと思うのよ。もちろん使うことを強制はしないわ」


エレナの意外なお願いに戸惑いながらも国宝と王妃はうなずいた。


「じゃあ、少しずつ布と糸を部屋に運ぶように手配するわ。いっぺんに部屋に運んだら皆に知られてしまうものね。これはエレナの趣味の刺繍をするためのものってことで、いいかしら」

「はい。ありがとうございます。お母様」


こうして翌日から少しずつ、怪しまれない程度の布と糸がエレナの部屋に運ばれるようになった。

エレナは男性用と女性用のデザインを考えると、就寝時間にひっそりと内職をするようになるのだった。


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