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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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孤児院の特別な一日

子どもたちは、エレナが自分たちの方に手を振り返したことに気がついて大喜びしていた。

その時、視線はパレードに向いていたが、あとは最後の一団、殿のグループが通過したらパレードは終了だった。


「姫様って呼んだらこっち向いて手を振ってくれた!」

「すごくきれいだったね!」

「うん!」


その列を追いかける市民もいるが、一通り見たため、街の中に散り散りになる人も多い。

実際のパレードは王宮の門をくぐるまで続くし、お披露目としてバルコニーに並び立つ予定があるようだが、だからといってこのパレードを追いかけていくのは危険だ。

解散して周囲に人が少なくなった今、市民がパレードを見送って街で酒を酌み交わしたりするまえに戻った方がいいだろう。

そう判断した院長は、皆に言った。


「さあ、これで終わりですよ。孤児院へ帰りましょう」

「はーい」


パレードの後ろを見送った彼らはそれに満足したのか、素直に院長の提案を聞き入れた。

周囲の市民が散っていくので、パレードが終わったと素直に理解できたのだろう。


「まだ街にはたくさん人が残っていますから、手はつないだままですよ」


院長がそう言うと、皆がうなずく。

そして大人が孤児院に向かって歩き出せば、皆がそれについていった。

興奮した状態だからか、帰りの足取りも軽い。

そのため子どもたちも含め、疲れたとごねる子どもを出すことなく、無事皆が孤児院まで歩いて帰ることができたのだった。




孤児院に戻ると、各々が自分でコップに水を入れて持ってきたりして自然と食堂に集まっていた。

すぐに食事をする訳ではないけれど、ここなら皆が座ってゆっくりと話ができるからだ。


「それにしても、姫様って、本当にこの国のお姫様だったんだね!びっくりしたよ!」

「ほんとに」

「姫様、いつもよりキラキラしてたね」


無事孤児院に戻った彼らは、興奮冷めやらぬ状態で盛り上がっていた。

仕事が休みの少年たちだけではなく、いつも孤児院の中で仕事をしている女性たちもその会話に加わっていて、とても彼女たちだけに仕事をしてほしいと頼める状態ではない。

もちろん、子どもたちも大騒ぎだ。

街の中で姫様のことを口にしないという約束を守った彼らは、早く自分たちの感想を声に出して誰かに伝えたかったのだ。


「騎士様もかっこよかった!」

「いつもと違う服装だったね」


いつも来ている騎士たちは同じ服を着ていて、それが制服であることは知っていた。

しかし今回は公式行事のパレードなので騎士たちは正装だったのだ。

衣装の区別はできないが、同じ騎士服を着て列を成し、乱れることなく進む姿は、誰が見てもすばらしいものだった。

彼らを見た子どもたちが、より一層、騎士への憧れを強くしたのは言うまでもない。

そして次の機会にはお兄ちゃん達があそこにいるかもしれない、もし自分が騎士になれたら、あの中の一人として参加できるかもしれない。

子どもたちの中にはそんな夢を抱く者もいた。



結局その会話は夕方近く、夕食の時間まで続いた。

朝に出かけて、昼前にパレードを見て、昼を過ぎた頃に戻ったのだが、皆、昼食すらとっていない。

そのくらい話に夢中になっていたということだ。

けれどさすがに日が暮れてくればお腹もすく。


「やだ!もうこんな時間よ」


薄暗くなってきたことに気がついた女性の一人がそう言うと、小さい子が別の女性を見上げて言った。


「おなかすいたー」


その一言に同調するように、子どもたちからは自分もという声が上がった。

女性たちは顔を見合わせる。


「そういえば昼食、食べなかったわね」

「だったらスープがそのままのはずよ」

「じゃあ、温め直して野菜ちぎったら出せるわね」


こうなってしまったら作るから待っていてと言わなければ収まらないだろう。

女性たちは準備のために立ちあがった。


「もう夕食でもいいかな。一応院長にも確認してくるけど、準備しちゃいましょう。食べてないって気がついたら、私もお腹すいちゃった」


そう言って一人が院長室に向かう。

同時に別の女性は子どもたちにここで待っているように言った。


「すぐに出せるようにするから、ちょっと待っててくれる?」


邪魔をしなければすぐに出てくるというと、子どもたちは素直に座った。


「俺達も手伝うよ!」


珍しくこの時間に孤児院にいる少年がそう申し出てくれたので、女性はできたものを運ぶのを手伝ってほしいと彼らを調理場へと呼んだのだった。



スープは昼食用にとあらかじめ作ってから出かけていたので、温め直すだけでよく、女性たちはスープを火にかけながら野菜をちぎってわける作業に専念するだけでよかった。

これで昼食を食べてしまっていたら夕食を抜くか、作り直しで遅くなってしまうところだった。

さらに少年たちが手伝ってくれたこともあり、準備はあっという間に整った。

そして夕食時の話題もやはりパレードで持ちきりだ。

女性から声を掛けられて院長が食堂に行くと、皆がとても楽しそうにしていた。

今日はもともと暇を出された少年たちだけではなく、女性たちも収入源となる刺繍などの販売物を作ることはできなかった。

孤児院の皆がまる一日休暇を取った状態だ。

もちろんその影響は、後々の生活に少し出てしまうだろう。

けれど今日のことは何事にも代えがたい経験になったはずだ。

孤児院での生活は、休むこともなく、生きるために毎日同じことを繰り返すものになってしまう。

その中でバザーの日が特別なくらいだった。

そのバザーですら、全員での参加はできていない。

だからこんなに全員が共通の話題で盛り上がることはなかった。

バザーの話は参加できていない子に配慮するよう、参加して楽しかったと自慢したりしないようにと注意しているからだ。

それにバザーは特別なイベントだがよいことばかりではない。

あくまで店を出しに行っているので仕事の一環でもある。

前のように絡まれることも多いのだ。

けれど今回の目的はパレードを見に行くというのが目的で仕事ではなかった。

皆が同じように楽しむことのできるものだったのだ。

院長だけではなく、子どもを気にかけるように言われた大人は少し気を使ったかもしれないが、それでも全員を連れていったのは正解だった。

全員があの国民的行事に参加できたからこそ、ここにこの笑顔があるのだ。

院長は皆に一生残る良い思い出を持たせることができたことを嬉しく思うのだった。

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