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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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ふたつの宿題

家庭教師がエレナのために用意した宿題は、束になった計算問題と、読書感想文であった。

一日で用意できるものとして限界はあったが、それでもエレナは違うことができると喜んだ。


「先生、一日でこんなに問題を考えてくれたの?嬉しいわ!」


束になった計算問題をパラパラとめくって、それを大事に抱えながらエレナは言った。


「エレナ様、普通は宿題を出されて喜ぶ人は少ないのですよ……」

「どうして?」

「自由な時間が減ってしまうからですかね……。最初はいいのですが、毎日続くと苦痛になってくるかと思います」


大抵の人間は勉強が嫌いで、課題を出されないとやらないから、こういう強制力のある宿題が出るのだ。

大量の宿題を喜んだり催促したりするような人間はまれである。

学校ならばグループ研究も考えられるが、複数人で作業をするようなものは課題として出すことはできない。

誤って口にしようものなら、エレナの傷をえぐりかねない。


「そうなの?私は新しいことが始められるから、わくわくしているわ!」


そんな事とは知らずにエレナは一人ではしゃいでいる。

このままだとエレナは家事同様に宿題も日常生活の一部として組み込んでしまいそうな勢いだ。

課題を作るのはお茶会まででは済まなそうだと家庭教師は密かに思いながら、スケジュールを優先してこなせる課題だけではなく、もっと時間のかかるような宿題を出してみてもいいかもしれないと考えた。


「エレナ様、宿題は私がいない時に行うものですよ。最後に説明しますから、そちらは置いて、今は普通の授業をいたしましょう」

「ええ、そうね!そうだったわ!」


こうしてその日の授業が開始された。



そして授業の最後。


「エレナ様。まずそちらの計算の束ですが、それは一日の量ではありません。もう一つの教科書だと思ってください。どこまでやるのかを公務の日程を加味して、授業の終わりにお伝えしますから、次回までに終わらせてください」

「そうなのね。この量が毎日あったら他のことが何もできないと思ってしまったわ」


家庭教師にはエレナがやる気に満ちているように見える。


「そしてもう一つ、期間を調節できる課題として読書感想文というのを試してみようと思います」

「読書感想文?」

「はい。課題として本を何冊か指定いたしますから、まずはその本を読んでいただきます。そして、その本についての感想を文章としてかき出していくのです」

「感想を文章にするの?お手紙みたいなものかしら?」

「そうですね。最初はそれでもいいですが、慣れてきたら他の人にその本に書かれている内容が伝わるような文章として組み立てていけるように練習いたしましょう」


これなら添削をして、終了したら本を渡していけばいい。

常に与えておくこともできるし、提出期限を眺めにすれば公務にも差支えない。

エレナの自由時間をコントロールするのに最適な課題だとひねり出されたものである。


「でも、本の感想ならお話をすればいいんじゃないかしら?内容がわかっているかどうかはお話した時にわかるでしょう?」


読書はたまにしている。

その話を家庭教師とすることもある。

会うことができる人にわざわざ文章にして伝えることを不思議そうにしていた。


「そうですね。読んだことはわかります。ですが文字として書き起こすのは、また別の勉強になるのですよ」

「そうなの?」

「はい。この先、公務で書類のお仕事をするようになりますと、それを読む力、読んでどのようにするべきか、自分がどのようなお考えかを伝える力が必要とされるようになるのです。突然お仕事でそのような文章を書くのは難しいですから、まずは本の内容を伝える訓練をしていこうと思います。それにお仕事の場合は、読みたい文章だけを読めるわけではありません」

「確かにお手紙が届いたら、それに返事を書かなければならないけれど、内容を理解している短い文章でも、とても時間がかかってしまうわ。書類だともっとたくさんの報告を読まなければならないのですものね。相手が何を言ってくるか分からないのも確かだわ」


時には好きではない文章も読まなければならないし、仕事の書類を通常の読書のように途中で投げ出すことはできない。

エレナはそう考えて納得した。


「あとはですね、宿題にはもう一つ大切なことがあるのです」

「何かしら?」

「期限を守るということです」

「期限?」

「はい。例えば計算の問題はこの範囲を明日まで、読書感想文を一月後までとします。明日までのものはすぐに手を付けるかもしれません。そして、その翌日も計算の課題が出たり、別の日は公務があるとしましょう。そうなりますと、同時にやらなければならないことがたくさんできますね。そのすべてを期限内に終わらせるために自分で考えて行動するということが大切なのです」


エレナの予定は上層部が管理している。

大きくは公務とそれ以外となっており、公務に関する予定は先に言われるため、残りの時間がエレナの自由時間である。

エレナはその時間に基礎訓練や、掃除、洗濯をしたり、調理場に足を運んだりしている。

傍から見れば忙しそうだが、単に家の中で好きなことをしているだけなので。何かを決められているのではなく、場当たり的に行っているのである。


「毎日出ている課題はその日のうちに終わらせるけど、読書感想文は本も読まなければならないし、日数がかなりあるから後にしてしまいそうだわ」


エレナはそう言ってその時間をどこに入れようか考え始めた。


「はい。ですがお仕事というのはそういうことを日々考えて行っていく必要があります。お急ぎのものばかり優先して、急がないものは後回しにしてしまうというのはよろしくありませんし、ご連絡があった以上、先方は返事を待っているはずですね」

「何だか難しそうだわ……」


説明だけでは難しく聞こえるが、要は締め切りまでにすべてを終わらせればいいのである。

しかし、家庭教師はあえてその説明は行わない。

自分で考えることが大切ということもあるが、もし話してしまったら、エレナは課題を先に終わらせてしまうタイプだということが分かっているからである。


「今まで、エレナ様は与えられたものをすべて終わらせることだけを考えておいででした。そして優先順位に関しては、ご理解はあっても自分で決定する機会は与えられておりませんでした。ですが、一人でお仕事をするようになれば、そういうことも要求されるようになります」

「優先順位……。そうね、私は公務以外に優先順位の高いものはないから好きな時に好きな作業をしているわ。それに期限もないし」


エレナは授業が終わってから、残り時間でできることを考えて仕事をしていたが、その仕事には優先順位がない。

どれを選んでも、どれをしなくても、例えやりかけになってしまっても、生活に影響のないものばかりである。


「お仕事で失敗しますと多くの方に迷惑をかけてしまいますが、宿題で練習しているうちは大丈夫ですから、あまり無理はなさらないでくださいね。無理かどうか判断して、お仕事であってもできない時はできないと言わなければいけませんから」


そして最後にエレナに釘をさす。


「それから……。時間があるからと、計算問題を指定したところより先に進めてはいけませんよ。仕事を早く終わらせておくことはいいことですが、こちらの計算問題は、毎日やってくる急なお仕事だとお考えいただいて、開始の時間から終了の時間が与えられた期限だとお考えくださいね」

「わかったわ。計算問題が終わったら読書をして、読み終わった感想を先生に文章で提出すればいいのね」


順番を確認しようとしたエレナを、家庭教師は肯定も否定もしなかった。


「ご自身でそう決めたのならそれを試してみてください。そうして、自分がどうしたらよりよくお仕事を勧められるのかを考えるのもこの宿題というものの持つ大事な課題です。それでは本もお渡ししておきますね」

「はい」


エレナは家庭教師から嬉しそうに本を受け取ると、しっかりと胸に抱えた。


「これで家事をしなくてもしばらくはやることがありますね。慣れるまでは大変ですが、ゆっくりやっていただいてもエレナ様ならこなせる量ですよ。ですから夜ふかしなどはしないように健康面も考えてやってみてください」

「わかったわ。何だか急にやることが増えたけれど、何だか自分にできることが増えるのって嬉しいわ」

「それでは今日の計算課題の宿題はここまでにしましょう」

家庭教師が持ち込んだ計算問題の束から範囲を指定してエレナに伝え、その日の授業は終わった。

「はい」


こうしてその日の授業は終了した。

エレナは嬉しそうに本と計算問題の束を机の上に置くと、さっそく宿題を始めるのだった。

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