隠された要望
ケインに事前確認を行った翌日。
改めてケインと、そしてエレナがクリスの執務室に呼ばれた。
「お兄様、お話って何かしら?パーティのことだと聞いているのだけれど、私もまたお手伝いできるのかしら?」
できることが少なくて退屈なので、何かしたいと思っていたところだとエレナは期待してそう言ったが、クリスはクスクスと笑いながらそれを否定した。
「お手伝いの話ではなくて、当日の話をしたいんだ。座ってくれる」
「そうなのね。わかったわ」
エレナがテーブルを挟んでクリスの向かい側の椅子に腰を下ろすとすぐ、一部を除いて人払いがされた。
「エレナ、今回のパーティのエスコートはケインに頼んでおいたけどいいかな」
そう言われたエレナは思わず立ったまま護衛としての位置を保っているケインを振り返った。
ケインはエレナの視線を受けて少し笑みを浮かべながら小さくうなずく。
それを見て、今の話が本当なのだと理解したエレナは再びクリスに向き直った。
「本当?とても嬉しいわ!お兄様はブレンダのエスコートをすると思っていたから、どうなるか気になっていたのよ。お兄様には考えがあるのだろうけれど、誰になるかは聞いていなかったし、彼の皇太子殿下にでも打診してるのかしらとか色々考えてしまったの」
エレナも今回の自分のエスコートがクリスではないことくらいは分かっていた。
このパーティでは皇太子としてお披露目されるだけではなく、正式にブレンダがクリスの婚約者として発表されるのだ。
だからエスコートなしで入場をすることになるかもしれないし、他に打診しているのかもしれない。
あくまで主役はクリスなのだから、それならそれで別に構わない。
そして連絡が遅いことを考えると、連絡のとりにくい相手に打診しているのではないかという事も考えたのだ。
エレナが思わず皇太子殿下という言葉を発すると、クリスは苦笑いを浮かべた。
この国を離れて彼の国に嫁ぐのは嫌でも、別にエスコートされることを拒む訳ではない所がエレナらしい。
でもそれは悪手なのだ。
「確かに彼なら立場は釣り合うけど、彼と入場したら、憶測を呼んで色々まずいからね。それにケイン相手なら国内の貴族は納得するはずだから」
「そうなの?」
相手がケインなら貴族が納得すると言われたエレナは、不思議そうに聞き返した。
子供の頃のある時を境に慎重に距離を取るよう努めてきたのに、それは必要のないことだったのだろうか。
それともこのタイミングだから許されるようになったのだろうか。
エレナには分からない。
実際はクリスとケインの学校での生活、騎士学校にクリスからケインへの手紙が届いていたことが、ケインとクリスの古くからの仲を広めることになった。
当然クリスと幼馴染みで交流があれば、その妹であるエレナとも幼馴染みであることは、誰もが察せられる。
そうして学生時代の間にクリスとケインの関係が定着したところで、ケインは王宮騎士団に入団し、エレナの近衛騎士にまで上がってきた。
実力は入団試験が公開で行われているので知られているし、その能力を疑われることはないから、コネで入団したと言いがかりをつける者もいない。
本人の能力が高く、家格の見合うクリスの幼馴染み、母校の騎士学校への研修に手本として派遣されるほどの人材、それがケインの外部からの評価だ。
「私達とケインが幼馴染なことも、ケインがエレナの護衛騎士であることも、国内の貴族にとってはもう周知の事実だからね。他に任せたら変に勘ぐられてしまうよ。彼の皇太子殿下なんて伴おうものなら、相手は喜んでエレナを国に迎える手はずを整えるだろうね」
「そうかしら?」
ケインとエレナが並んでも問題ないことは分かった。
けれど皇太子殿下のエスコートを受けただけで、なぜ相手が喜ぶのか。
ましてや相手国が自分を迎える準備までするというのは言い過ぎなのではないか。
エレナは大げさではないかと尋ねるとクリスはため息をついた。
「それに周りも同じように見ると思うよ。全貴族の前で並び立つんだからね?お友達ではなく、婚約間近、もしかしてこの場で発表があるんじゃないかって言われても仕方がないでしょう?」
国内の貴族、国外の要人を集めた大きなパーティでそのような噂が出れば火消しがしにくい。
それを既成事実と捉えて相手がエレナ獲得に動かないとも限らない。
エレナにその気はないようだが、少なくとも相手にはその気があったのだ。
それを自覚してほしいとクリスが言うと、エレナはうなずいた。
「それはその通りだわ」
エレナを納得させたクリスは、これまでの話を聞いていたエレナの護衛騎士の方を見ると、微笑みながら小首を傾げた。
「君も二人のこと、よろしくね」
「は、はっ!……ですがあの、ケインはともかく、なぜ私が呼ばれたのでしょう?そもそも聞いていい話だったかどうか……」
人払いの対象に自分が含まれなかったことにも違和感があったが、こんな話を聞かされるとは思わなかった。
急に自分の方に話を振られて彼が困惑していると、クリスは微笑みながら穏やかな口調で説明する。
「この件、確かに知っている人は少ない方がいい内容だけど、知っておいてもらった方がいい内容だと判断した。君には当日、二人についていてもらいたいんだ。それに、聞いてはいけない話ではって真っ先に気にかけられるってことは、口外する心配もないってことだしね。私の人選に間違いはなかったと安心したよ」
「承知しました」
最終的に護衛騎士だけではなく、パーティで護衛する者、そして当日になればそこにいる全員が知ることなのだから、別に多少広まっても構わなかったのだろう。
だからこの話を聞かせた。
そしてそれとなく試されたのだ。
彼はそれに気がついてため息をついた。
けれどクリスはその様子を気にすることもなくエレナにも同じように口止めをする。
「エレナもわかってるね」
「もちろんよ」
クリスに向かってそう返事をしたエレナは、急に席を立つと、ケインの横にいる護衛騎士の正面に行き、じっと彼の顔を見上げて言った。
「あの……、ケインのことお願いね」
「え、は、えっと、それはどういう……?」
今回の件を黙っておくとか、秘密を共有しているとかそう言う話ではなく、突然ケインを頼むと言われた彼は、思いがけない言葉を受けてさすがに困惑して目を泳がせた。
それでもエレナはじっと彼の顔を見上げたまま続ける。
「私のことはケインが近くにいるから問題ないのだけれど、私はケインを守ることはできないもの。ケインの大事なお友達である、あなたが一緒にいてくれたら心強いわ」
自分ならケインを裏切ることはないし、何かあったらケインにも手を差し伸べてくれるだろう。
エレナからそのような期待の言葉をかけられる。
少し迷った末、彼は無難な答えをエレナに返した。
「はい……。心に留めておきます」
あくまで自分はエレナの護衛騎士だ。
それはケインも同じ。
もちろんケインは何かあれば迷うことなくエレナを守るだろう。
けれど、自分を守ってくれるケインを守る人が、近くにいるのなら安心だとエレナは言う。
ケインも自分の身くらいは守れるだろうと思って彼を盗み見ても無表情だし、クリスはこっちを見て微笑んでいるだけだ。
だからこの答えは正しかったのだろう。
そして自分のやるべきことは、いざとなったらケインではなくエレナを守ること、おそらくそれで間違いない。
彼は周囲の反応を見ながら、どうにか及第点を出せたことに安堵するのだった。




